15:19
震災の遺構として、
残されていた大川小学校。
何十人もの小学生が犠牲となった。

ここに足を踏み入れた途端、止めどなく
涙が溢れ出た。
大川小学校の悲劇を、
色んな書物やニュースで見てきた。
津波が迫る中、
この校庭に子供達は待機させられた。
裏山に逃げよう、
と言った子もいたらしい。

責任問題は置いとくとして、
痛ましかったのは、
裏山。
右手の斜面に人が見えるが、
あそこに避難できていればと思ってしまう。
写真ほどには急ではなく、
協力すれば低学年の子供でも
登れたと思われる。
たった少しの距離なのに。。。

屋根を覆い尽くした津波。
こうして見ていても、とても現実とは思えない。

本当に痛ましい。
天国に誘われますよう、
祈るばかり。

大川小学校を離れ、川沿いを南三陸町へ向かう。
走っていて、ゾッとした。
海はこの川の、ずっとずっと先。
そうなんです、大川小学校から数キロ離れてる。
こんなに離れているのにと、
恐怖を感じた。

15:45
ここは南三陸町に向かう途中の港。
映像で何度も見た場所で、
この道の上まで津波は来た。
あんな下にある水面が、
どうしたらここまで来る?
見ていながらとても実感が涌かない。

この道(当時は橋)を乗り越えた。
橋の右下にあった集落は全滅。
今は盛り土の下になってる。
そう言えば、どこの沿岸にも膨大な盛り土が溢れている。
海岸線がなくなり、海を見る事も出来なくなってる。
その光景に、人々の津波への強烈な恐怖心を見た。

そして
16:00
南三陸町。
ここも膨大な盛り土が町を消していた。
ただ遺構が残されていた。
高野会館。
車のはるか上に見える青いマーク(建物の壁、屋上近く)、
ここまで津波が来たんだって。

3階部分まで丸々呑み込んだ?
本当に?
現実離れしてるが、事実。
凄まじい。。。

案内板によると、当時、
津波を予想し従業員達を外に出さずに待機。
結果、全員屋上に上がり難を逃れたという。
ただこの事も結果論で、
たまたまそれ以上、津波が上がらなかったというだけかも知れない。
難しい。。。

破壊力も凄まじい。

そしてここは有名な映像が撮られた場所。
高台にある志津川高校。
海など見えないほどの所なのに、
この下まで津波が来た。

右手奥に、わずかに海が見える。
正面の高くなってる道路を、津波が乗り越え迫る映像には恐怖を感じてた。
本当にこんな所まで来たんだ。
道路の向こうにあった町は、全滅でした。
今は盛り土だけ。
町が消える衝撃。

下に降りて、改めて津波が来た方向を見る。
ゾワッと鳥肌が立ちました。

今回の旅の目的のひとつが、
津波の痕跡を見る事でした。
実際に起きた事を、肌で感じておきたかった。

東北巡り、続けます。。。