例年より早い梅雨入りとなった土曜日、
西宮市の阪急夙川駅から苦楽園口まで、紫陽花を眺めながら散歩してきた。

紫陽花と阪急電車、絵になるなあ。
自分的には会心の一枚!

ピークには少し早かった?遅かった?
それでも十分。

青い紫陽花が一番、紫陽花らしいのかな。
白、青、紫、どれも素晴らしい。

遠くに見えるは、甲(かぶと)山。

この紫の紫陽花も、色鮮やかで素敵だ。

毎年ながらこの紫陽花 ロード、なかなか。

ここから桜を眺めていたのは、ついこの間の事だったのに、時の経つのは何て早いんだろう。

手術からの回復待ちもあり、サッカー封印中。
かといって何故か、旅に出る気力もないし。
走り続けてきた私に、休みが必要な時期かも知れない。とは言っても、仕事では平日あちらこちらバタバタとしてるけど。

しばらくは梅雨のしとしと感を、味わいたい。
映画「いま、会いにいきます」を見て、
今年もまた涙・・・















久しぶりに津波の夢を見た。

災害の夢を見ると何かしら起きるけれど、今の日本は毎週のように大きな地震が起きてるので、あまり意味は無いかも知れない。

でも、備えあれば憂い無し、で。



大き目のマイクロバスで社員旅行をしていた。場所は地方の運河のある町で、バスの窓から見た風景は、運河に沿って並ぶ江戸か明治時代?の橋や倉庫、建物で、青空の元、息を飲むほどの美しさだった。

その運河を超え風情ある田舎町に入ったところで、前方の道の先から胸が浸かるほどの濁流が押し寄せた。全員あっという間にバスから流され散り散りになった。私は濁流に逆らい、必死になって左側の垣根の岩にしがみつく。体を水から引き上げ見ると、水かさがぐっと膨らんできた。

「このままでは流される!」



石垣の上に住居があり、そこから老婆と男女子供二人が心配そうに下を覗いてた。何とかそこまで這い上がり、老婆たちに言った。

「ここも水が来るかもしれない。もっと上に上がろう!」

登れる所ないかと探していると老婆が言った。

「そこの祠からなら上がれるんじゃないかい」

その言葉を頼りに一歩進むと、崖の木々から不思議な感じで私を見てる男の子(小学校5-6年?)に気が付いた。この子、なんで逃げないんだろ?と思ったところで夢は終わった。



夢は、いつも不思議。

何も起こりませんように・・・


「追記  5/14  20:30」


早速、こんな地震。地震、多いなあ。

これで済みますように・・・




「追記  5/21  15:00」


地震続いてる。




追記  6/9  16:00

小さな津波





6/16  20:25  追記












5/7  木曜日の午後、手術は無事終わり。
大変なのはここからだった。

5/8 金曜日、手術明けの西宮市

鼻の手術だったので、両鼻の穴はガーゼで塞がれてる。なので、口呼吸しか出来ないため、直ぐに口中が渇き、ヒリヒリと痛む。
唾を飲む度にドクンと耳が軋む。

5/9 土曜日、街を望む

喉は渇きで痛むし鼻血は止まらないし、緊張からか首が固まって痛くて夜が眠れない。
手術終わったら、あとは楽で旅行気分かなと、思っていたが甘かった。

5/10 日曜日、我が町に思いを馳せる

鼻の状態は徐々に回復。
また眠れぬ夜が来るのかと、少々重たい気分。
5/11月曜日 に、鼻ガーゼが取れる予定。やっと楽になれそう。

5/11 月曜日
鼻ガーゼが取れると、かなり楽になった。
手術後で一番辛かったのは、手術中に通した尿道カテーテルの影響。しばらくトイレに行く度に、痛みで自然と涙が出た。
やっと落ち着いてきたのに、もう明日5/12は退院。

過ぎてみれば、あっという間で、
また変わらない日常が、
待っている。


「追記」
  5/12  火曜日7:40

退院の朝

鼻はまだヒリヒリしてるが、いよいよ退院。
過ぎてみればあっという間。
ところで、
この窓から見る風景は、もう誰も見れなくなる。
この病院は間もなく閉鎖され、7月からは新しい場所、建物に移転するから。
ほぼラストに近い入院患者となったのも、何かの縁なんだろうか。
長い間、数え切れない多くの患者たちのために、存在してくれた事、また従事してくれた方々に、

心より、感謝!!