今回は、精神的に不安定な少女ナオミが主人公の日記体小説『ナオミ』の第9章(最終回)です。
第1章と、前回の第8章はコチラ↓
二千二十四年三月三十一日
今日をもって、日記をつけるのは終わりにする。理由は二つある。といっても、二つの理由は繋がってるようなものなんだけど。
まず一つ目は、気持ちを切り替えたいから。明日から高校三年生になるんだもの。これまでとまったく同じ生活じゃダメだし、勉強に打ち込まなきゃいけないから、日記をつけてる暇はない。
二つ目は、もうこれ以上、大切な人を傷つけないため。過去のことを思い出して日記をつけるのは、もうやめた方がいい気がする。私は「過去の自分(日記やエッセイ)」や「過去の誰か(小説や伝記)」じゃなくて、「今の自分(現実世界)」を生きなきゃいけない。誰かの小説や伝記なら途中で読むのをやめることもできるけど、自分のことだと書き出したらもう止まらない。自分の今を、現実世界を、生きられなくなる。それすなわち、現実世界で死んでいる状態になるのと同じことだ。私が死ぬと、私の大切な人(特に家族)がすごく悲しがる。それで今までみんなを傷つけてきたんだと、最近ようやく分かった。私は「自分の今」を生きてみたい。現実世界に生きてみたい。それは大人になるっていうことで、すごく怖いことだけど、今まで立派に子供をやってこられたんだから、そんな私ならたぶん大丈夫。私はなんでもできるし、なんにでもなれるから。
それにしても、今まで色々わけの分からないことをやったり、変に突っ張ったり、目立とうとしたり、親に迷惑かけたり、怒ったり泣いたり笑ったりして、それから落ち込んで、たまにすごく嬉しい気持ちになったりしてきたなあ。でもほんとは、私が求めてたものは、たぶんたった一つだった。
それは、幸せ。私は幸せが欲しかった。
自分がもともと恵まれてて、充分幸せなのは分かってた。幸せは求めちゃいけないことも分かってた。でもどうしても、手を伸ばさずにはいられなかったの。もっと上、もっと上。もっといいところへ行きたい。自分の理想を叶えたい。もっと幸せになりたい。もっと、もっと。そんなふうに考えずにはいられなかった。
でもね、これって悪いことじゃないと思う。わがままではあるけど、もっと上を求めることは、人間としておかしいことじゃないと思うの。私はときどき、めちゃくちゃに自分のことが嫌いになるけど、上を求める私は嫌いじゃない。嫌いじゃないっていうか、大好き! そんな私だから、ちょっとクレイジーな私だから、クレイジーな場所でもちっちゃい幸せを見つけられるんだもの。だから今の私はもう大丈夫、ちゃんと満たされてる。まあ、そのせいでずいぶんつらい思いをしたし、周りの人にもたくさん迷惑をかけたけどね。
でもね、これじゃ満足しないの。私は周りの人たちのおかげで充分満たされたから、今度は大切な誰かの心を満たしたい。例えば、メグとジョージ。ポール。お姉ちゃん、お兄ちゃん、お母さん、お父さん、アンナ、トム(ほんとはもっといっぱいいるんだけど、キリがないから)。それから、この先の人生で心が満たされない人を見つけたら、私がその人の心を満たしたい。だけど、自分が上に立つなんて嫌。対等な関係になりたいの。同じ場所にいたいのよ。そして、何もしない。ただその人のそばにいて、その人の話を聞く。暗いことは言わない。でも、無理して明るいことも言わない。嘘もつかない。そう、あなたのような人になりたいのよ、日記帳。私はいつも、なるべくあなたのようにしていようと思ってるの。あなたは私の理想。私の天使よ。心から感謝してる。名前でもつけてあげれば良かった。今からでもつけようかな。
あなたに名前をつけるなら、これしかないわね。「エンゼル(天使)」!
あなたは二千二十三年の四月三日に、金のラッパを吹きながら私のもとへ舞い降りてきた天使。舞い降りてきたのよ。堕天使なんかじゃなくて、自分で羽を休めて降りてきた天使ね。
私も堕天使なんかじゃなくて、天使になりたい。あなたのような天使に。そして「なりたい」を捨てて、今から「なる」の。この日記を書き終えたとき、その瞬間から、私は本当に「今」を、「今の自分」を生きられるから。