振り返ると懇談での発言をミスったと後悔


頑張り屋のゆんだから、「◯◯ちゃんはこれ出来るのに私はできない」「なんで私わかんないのー」と自分を責めていたり苛々して可哀想だったので、先生の言ったことが直ぐに理解できたり、できる子とは同じクラスにしてほしくないと言ったことがあります。




ゆんが入るクラスはお話できないクラスなので、上手く話せなくても発音が悪くても何となく分かっていただけて、友達同士でも通じている。一方通行のと時もあります。

時間割もゆる〜く1時間目は朝の会だったりして、マイペースなゆんには良い部分もある。



だけど、中学部の終わりになってから幼い頃のゆんの方が発音が良かったという事に気がついた!

段々歯切れの悪さと吃り。

はっきりした言葉でもなかったけれど今よりは、ずーっと張りのある声で、歌でも聞きやすかった。



小学部の頃はじいちゃんとも良く遊んでいたので、吃ってしまい会う頻度を控えたら、吃りが消えたので良かった!と思った時期もありました。



お友達も頑張ってお話しているのは理解しているつもりだけど、ゆんの発音が酷くなったのは事実。普通にお話できる子と同じにしたら、ここまで酷くなることはなかったのかな。

特別支援学校のクラスは知能別なので3つ下の子もいれば、年上の子もおられ中学部の時にこのクラスはお話できないクラスと聞いていましたが、、と新任に言われた事がありました。



元々綺麗な発音ができていたなら別かと思いますがSTをしているのならずっと続けた方が良いと思う。


耳から聞こえる言葉が吃っていたら発音も変わる。
実父が失語症から少しずつ話せるようになったときに呂律が回らず、その言葉を聞いて過ごしていると私自身の言葉がおかしくなってきて環境でそうなる事もあるのだと感じました。

折角話せるようになってもK式検査の判定もダウン



介護されている職員さんは、上記に書いたような事はないですよねうーん