あるドキュメンタリー番組を観た。
長崎で被爆した方が、核燃料を管理する
アメリカの某研究所を訪問。
原爆炸裂時地上にいた人たちが一体どうなったのかを、
記録映像や体験談を通して伝えていた。
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とてもじゃないけど信じられなかったのは・・・
自分の職場で扱ってるあのえげつなく恐ろしいモノが
人体にどんな影響を及ぼすのか、あそこの人たち、
この時の話を聞かされるまで全く知らなかったんだって!!
そ―――んなバカなことってある!?
これが真実なら、この人たち普段なに考えながら生きて来たん?
これこそ核兵器保有国の住人ってこと?
自分が立ってる足元全然見ようともしてないやん。
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もしかしたら天下り状態で
研究所に名前だけ連ねてる人たちな可能性もある。
いつまでも原爆投下の正当性バナシにしがみついて、
あくまでもそこを起点にした自己中な未来の話しかできない
政府にとって都合のいいコントロールができるし、
お互いwin-winてことなんだろか。
・・・あまりの恐ろしさに私の妄想も突っ走る。
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『今までは知らなかった』
って言葉を、じゃあ信じるとしよう。
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知ったからにはこれからどうするの?
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映像や体験談に涙を流す人もいたけど、正直、
『自分たちには決して降り注がない恐怖』と信じてたものが
(そうではないのかも?)と、自分のための疑問が
生まれた程度なのではないのかなとしか思えない。
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核に深く関わる施設…
いやそもそもそこって大元は、
核兵器開発のための施設やんか?
今はどうなのか真実は知らんけど!
しかも人間を狙って原爆を落とした唯一の国だと言うのに、
その恐ろしいほどの意識の低さは一体なんなん!?
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素晴らしかったのは、ここで体験談を語られた方。
長い間どんなに悲しかったろうどんなに悔しかったろう
最初は、なにがなんでも自分を苦しみ続けた敵国に謝らせてやる!
という様子でアメリカへ渡ったのに、
道中でたくさんのアメリカの人たちと交流する内に、
大切なのは自分個人の恨みを晴らすことじゃなく、
これからの世界を、誰もこんな思いを
しなくてもいいものにして行くことだ!
という気持ちに変わって行ったのです。
その気持ちの変わりようから、
最後は表情までもが全く違うものになってた。
ほんとになんてすごい方だろう。
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原爆で直接苦しめられた方でさえ歩み寄れるのだ。
核兵器反対を、被爆国で国内でいくら訴えたとて…
そんな気持ちになってしまうことだってあるけど、
まさかの、当たり前のことを
もしかしたら核保有国の住人こそ知らないのかもしれない。
(もちろん全ての人がそうではないとわかってる。わかってるよ。)
そしてあの頑ななまでの“正当化”も、
そうでもしないと自分たちの犯してしまったものの重さから
罪悪感に潰されてしまいそうになるからなのかもしれない。
そんな人間の心理からのものなら、
まだ、話し合う余地はあるのでは。
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凱旋なんたら~とか
勝利を象徴するモニュメント~とかそんなものよりも、
一国に一施設、
広島平和記念資料館と長崎原爆資料館を建てた方がいい。
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世界中に
広島平和記念資料館と長崎原爆資料館をつくりたい。
