先日
電車に乗って出かけ 改札を出ようとしたら-
10近く並んだ自動改札機の内のたった3台しかない『切符用』改札機が
ピコーンピコーンとけたたましい音をたててた。
しかも、たった3台内の2つも!
(多分切符がつまったか何かだったろう。)
あの、“ピッ!”とかざすだけの電子なんたらは使ったコトがなく
いまだに切符使用者な私。
せめて1台は無事で良かった…と
何の問題もない『切符用』改札機から改札を出た。
何だかいよいよ、
『切符利用者』の肩身が狭くなって来たのだろうか。
今ほとんどの改札機が『かざすだけ』用ではないか?
【切符がなくなる日】だけは来ないと思っていたけど
こうも改札機を減らしているということは
そんな日がいつかやって来てしまうのだろうか・・・
改札機が“全自動”になって
切符を“パチン!”としてもらえなくなったことだけでも寂しいのに。
小学生の頃、私は愛媛に住んでいて
学校へは徒歩orチャリ通学だった。
(小さい頃はスクールバスを使ってたこともアリ。)
お出かけするにも、松山市内への用事はみ-んなバスで済んでたから
「電車に乗る」ということがまずなかった。
中学生の頃福岡へ引っ越して
電車通学が始まった。
人生初の定期券にわくわくどきどき♡
通学だから切符を毎日買う、ということはなかったけど
改札を通る時駅員さんに定期券を見せて通る。
自動改札機がない当時は、そんな毎日。
そんな毎日を送ってると、
駅の改札にいる駅員さんの顔はもちろん覚えるようになる。
毎日毎日使う自宅最寄り駅の改札駅員さんが
私の同級生に似ていて、りゃん・妹と勝手に
『〇〇(その同級生の名前)おじさん』と命名。
そのおじさんがしばらく改札にいない時は
「『〇〇おじさん』どうしたんかな?」
と心配したり。
その後福岡から引っ越して他の地方へ行っても、
それどころかいまだに、
その駅の『〇〇おじさん』のことは決して忘れてない。
人と人とが関わり合うって、
そんな小さな小さなたわいもない出来事からも生まれるんだよね。
(いや、勝手にご縁を感じられて『〇〇おじさん』ご迷惑?(≧▽≦) )
これは“関わり合い”というよりも私たちの勝手な想い出、と言うベキか。
それが・・・今や駅改札はほとんどが全自動!
人と関わり合うことなく電車に乗れてしまう。
ましてや切符を“パチン”されることなんて
もう2度とないんだろうな~
いくら時代は繰り返される、と言ったって
そういうトコロは復活しないんだろうな~
あの、“パチン”とする姿がカッコよくて
“電車で働く人になりたい!!!”と
一時期将来の夢を思い描いたりもしたもんだけど・・・
(あ、決して鉄子ではございません。)
便利さってどこか
寂しさを伴うこともあるよね・・・
