昨日は仕事が忙しく、イレギュラーなことばかりだったのと、

明日がイベント、明後日が私用と連日予定が入っていて、

昨日で終わらせないといけないことが多々あった。


昨日は私【K】と【LAN】が交代で出ていた。

途中お金の件で揉めたことを【P】から言われたが、

私【K】は忙しいことを理由に相手にしなかった。


【LAN】には申し訳なかったが、イベントの準備、

特に文章を書く部分ではかなり負担をかけてしまった。

最近文章が書けない。特にビジネス文章は苦手になった。

私【K】は前は毎日スゴイ量の文章を書いていたが、

今は全く書けないに近い。


【LAN】は私【K】のパートナー【su】と一緒に仕事していました。

ちょっと妬いてしまうのですが、

また私【K】が出てこられなかったら大変だと思い、

出現するのを我慢をしました。


夜には【LAN】に交代して、現在の【LAN】のパートナーである【yu】と電話をして、

さらに【P】に交代して、【P】のパートナーである【ik】のところに1時間かけて行きました。


仕事ははかどりましたが、何となく腑に落ちない一日でした。

人格の交代が激しく、慌ただしい一日でした。


【LAN】と【P】が喧嘩をした。お金で揉めたらしい。

私【K】が出なかったときに私【K】が払うべきお金を

【LAN】が払ったことが発端だ。


私【K】は月に15,000円の小遣い。

【LAN】と【P】で月に19,000円の小遣い。

【You】は月に15,000円の小遣い。

(【You】は携帯所有が許されていて、もう一台分と貯金1万円分)

お小遣いだけでも5万近くになる。

収入が少ない【私】にとってかなりの痛い出費だが、

人格間の出費のことを考えると仕方ない。


一つの人格で買ったものは、他の人格では買ったことにならない。

都合良いが、欲しいCDやDVDは私【K】や【P】【LAN】が折半するのではなく、

たいてい私【K】が買うか、事業の必要経費として買う。


事業の経費や慰謝料と養育費、

そして月に数回のカウンセリングを入れると収入は余らない。

カウンセリングだけは辞められないので、

小遣いを減らしたり、必要経費を減らそうとはしているが、

根本的解決にはなっていない。


お金は人格間でも厄介な存在だ。

昔はお金を稼げる人格が一番偉かった。

今は稼げる稼げないは別として分配をしているのだが、

人格の時間を使って仕事して金を稼ぐ、私【K】や【LAN】の人格は

人格の時間を使わないのに金を使う人格【P】【You】に対してやはり不満がある。


どうすれば金のことで解決するのか、

何回も、何時間も人格会議をして、試行錯誤しているが、

人格間ではどうしてもうまくいかないことである。


まして人が他の人とお金のことでうまくいくはずがない、と思っている。

それには長い話し合いが必要だと思っている。

【旧MO】【WR】と付き合う人格
【旧KY】【mf】と付き合う人格
-
大学のときは2つの記憶があります。
一つは【旧MO】として同級生【WR】と付き合っている記憶。
もう一つ【旧KY】として遠距離恋愛をする【mf】と付き合う記憶です。
両方とも共通していることは、記憶の欠落で悩んでいたことです。
-
【旧MO】
大学に入り、ひとり暮らしが始まります。
母からの存在が薄らぎ、また付き合いする人【WR】があらわれ、
高校の時のような記憶の欠落は感じられなかったので、
安定していると自分では思っていました。
その安定も大学2年後半までで、
2年生後半には、【WR】から浮気を疑われます。
私【旧MO】には全く記憶がありません。
記憶がない旨を話をしました。
-
しかしとうとう動かぬ証拠を突きだされ、
【WR】に激怒され、泣かれても、
私【旧MO】は謝罪するしかなかったです。
浮気していたという感覚や実感はなく、
小説を読むような変な感覚でした。
それも心がこもっていなかったため、余計に【WR】を苦しめます。
もう浮気相手と会わないと約束し、収束しましたが、
【WR】の心に深い傷を与えてしまいました。
-
大学3年生の頃、【WR】が「やはり何かおかしい」と
【WR】の勧めで精神病院に行きました。
記憶の欠落のことを少し話しました。
「詳しい検査をしたいから後日改めて」と医者からは言われました。
母の言葉を思い出し、精神病に対して偏見があり、
病院に行くことを辞めてしまいました。
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就職が決まり、就職地で、【WR】と同棲することを決意。
両親に、【WR】の両親を紹介。
結婚を前提に同棲することが決まりました。
私【旧MO】は決意を胸に大学を【WR】と共にしました。
-
-
【旧KY】
大学1年の後半に【mf】とはポケベルを通じて知り合いました。
私【旧KY】と【mf】が会ったのはその1年後、
会ってすぐに告白し、付き合い始めました。
【mf】は明るくて元気で、
流行りに敏感な当時は「今時の高校生」でした。
【mf】のところに行くまでに車で2時間ほどかかりました。
【mf】の両親と仲良くなり、遠いので【mf】の家によく泊めてもらいました。
そんな【mf】両親の公認を受けたのもつかの間。
【mf】は大学に女がいるのではないかと疑われます。
証拠品も突きだされましたが、私【旧KY】は記憶がないと言い張りました。
しかし【mf】に新しく好きな人ができ、
私【旧KY】は【mf】が幸せならと別れました。
-
大学4年秋でした。就職先が決まった頃です。
当時【mf】は進学し、高速で1時間の距離の寮に引っ越ししました。
どうしても【mf】を忘れられなかった私【旧KY】は、
【mf】に会いに行きました。
【mf】には付き合っている人がいること。
しかし忙しく1ヶ月に1回程度しか会えないこと。
それでも彼氏が好きなことを聞かされました。
私【旧KY】は悔しくて、私【旧KY】ならもっと幸せにできると、
【mf】に会いに行く回数を増やします。
大学4生冬のとき、【mf】は妊娠します。
当時は【mf】彼氏とはほとんど会っていないので、
多分私の子どもです。
就職先も決まっていたので、【mf】にプロポーズをします。
-
【mf】から返ってきた返事は、彼氏とおろした旨を伝えられました。
すぐに【mf】に会いに行きました。
【mf】はフラフラしていました。
次の日、【mf】はあるテーマパークに行きたいと言ったので、
【mf】とあるテーマパークに行きました。
【mf】と私【旧KY】はベンチに座り、
テーマパークを愉しむ人たちを眺めていました。
夢の国であるテーマパークがあんなに閑散として、
そして空虚に感じたことはありませんでした。
私【旧KY】はこれが【mf】に会うのは最後だと感じていました。
-
しかしその後も【mf】とは会い続けました。
それでも【mf】を好きだったから、
何か理由を付けて、【mf】と会っていました。
私【旧KY】はどういう感じで【mf】が会っているのか分かりませんでした。
でも好きだったから、ただその理由だけで【mf】と会っていました。
-
私は大学を卒業しました。

私【K】は、昨日は9時から19時までの記憶があるが、

それ以降は記憶がない。


昨日はあちこち店を回って疲れたらしい。

朝から耳が痛かったが、

夕方15時頃、激痛に変わり、耳鼻科へ。

診断は外耳炎。

家に帰ってきてから記憶なし。

【LAN】に変わったらしい。


動き回ったのは仕方ないことだが、

急にストンと記憶がなくなるのは耳の痛さよりも痛い。


今日の午前中も【LAN】が出ていて、仕事をしてくれたらしい。

【LAN】が協力してくれるのは嬉しいが、複雑だ。

【K】現在書いている
【LAN】コントローラーという人格のスケジュールを管理する人格
【R】一時休止中の人格
【P】息子のための人格
【You】主人格
【私】解離性同一障害になる前の私
-
小学校6年生の後半、
中学校から自分が変わるような気がしていました。
渡辺美里さんの「My Revolution」を聞きながら、
いわゆる中学生デビューをもくろんでいました。
-
中学生デビューし、目立ち、入学のときに目を付けられ、
入学して数日後、女番長から学校の木工室で『悪戯』されました。
その後、生活は荒れ、夜は家を抜け出し、暴走族として暴れ、
昼夜逆転した生活を送りました。
中学校2年の後半のときに更生し、
その後は楽しい中学生生活を送りました。
先生や警察の方には多大なる迷惑をかけたかもしれませんが、
友だちにも恵まれ、中学生が人生において何も考えず、
一番楽しかった時期かもしれません。
-
高校生になると一転しました。
記憶の欠落に悩んでいました。
普通に学校に行って、帰っているつもりでしたが、
いつの間に多額の金、違法な薬物、女性物の衣類、
オムツ、ナプキンを持っていたことが多々ありました。
メモが増え、人からは見えにくいノートに記憶を書いていました。
しかし知らない記憶は溢れるばかりです。


どのように対処して良いものかと、何かに怯える毎日でした。
同級生や友だちから
「大通りで泥酔していなかった??」
「派手な格好をしていなかった??」
「女装していなかった??」と目撃証言が上がり、
自分の行動をどうしたら押さえられるか考える毎日でした。


自分の行動が自制できないので母に「精神科に行きたい」と言うと、
精神科に偏見を持つ母は
「(病院に)行ったら後ろ指を指される。なぜ??」と聞き返され、
それ以上は話しませんでした。

【K】現在書いている
【LAN】コントローラーという人格のスケジュールを管理する人格
【R】一時休止中の人格
【P】息子のための人格
【You】主人格
【私】解離性同一障害になる前の私


幼少期から23歳までの私の記憶は
これを書いている【K】にはありません。
記憶の記録として思い出すことはできます。
人格によって思い出すところが違うそうです。
あくまでも【私】を知ってもらうための年表です。


学校1年生まで
躾として母親から顔にアザができるほど殴られていたそうです。
当時はほとんど記憶がないそうです。
小さい頃は母は怖かった存在でした。
母曰く「私が何気なく手を挙げると、反射的に頭を押さえていた」と。
母曰く「小児科の先生に『今これだけ怒れるお母さんは珍しいですよ』
と褒められたそうです」
父は仕事一筋の職人でした。


今になって思い返すと、母もまた病んでいたのかもしれません。
密集した団地生活、良いことも悪いことも筒抜けの生活。
潔癖症で、完璧主義の母。

育児や家事を助けるべき父も仕事が忙しく、
【私】の妹が父を怖がるぐらい、父は家に居ませんでした。

母は完璧にすることだけを考えていたようです。
育児も家事も全力投球。
そんな母は月に一度程度、嘔吐し、寝込んでいました。
父は困り果て、当時コンビニなどなかったので、
父と弁当屋に行って、弁当を父と【私】と妹で食べたことを思い出します。


【私】は小学校1年生のときに、登校拒否をしました。
母は「なぜ学校に行かないのか??」と叩きながら泣いていました。
準備室に「死んでも良いんだ」と立てこもり事件を起こします。
母親は児童相談所に行き、
そこの所長さんから話を聞いて「ダメな親の典型だった」と自省。
母親は改心して、その後殴ることはなくなりました。
母の改心から【私】はすぐに学校に登校できるようになりました。


カウンセリングをして解離性同一障害になった根本的な原因に
一つの説が生まれました。

実は母から怒られたり、殴られることで
【私】は母から愛情をもらっていました。
母の改心することで怒られること、殴られることは激減します。
つまり愛情不足になってしまったのです。
その不足が、解離性同一障害の原因になった、と言う説です。

もちろん原因は分かりませんが、
小学校1年生の登校拒否、今で言うと不登校から
【私】の心に変化があったことは確実です。

【K】現在書いている
【LAN】コントローラーという人格のスケジュールを管理する人格
【R】一時休止中の人格
【P】息子のための人格
【You】主人格


一週間以上出られませんでした。
原因は「Power不足」
現在人格は「Power」の残数で、優先順位が変わります。
「Power」はヌシである【You】から支給されます。
【K】>【LAN】>【P】
【R】については訳があり、私【K】から支給しています。


私【K】は週に4,5回外(脳内ではなく外で活動すること)に出て
活動している人格なので、「Power」の減りは激しいです。
その分大量に「Power」を支給されています。
また【R】にわずかながら「Power」を支給しています。


逆に「LAN」は週に1回しか出ません。
ただ社会的な仕事を私【K】と行っていること、
また嫌な私的な仕事を私【K】の代わりに行っているので
Powerは多めです。
私【K】がこの一週間出られなかったときも
【LAN】が出て、私【K】の代わりを公私に渡り、
対応してくれました。


【P】は息子に会うための人格なので、週2回です。
私的部分が多く、「Power」はあまり必要ないですが、
現在「Power」残量が一番多いので、一番権力がある人です。


【R】は一時休止をしているので、【R】からは支給されていません。
しかしそのままだと【記憶の果て】と言う
人格の墓場みたいなところに落ちてしまうので、
私【K】は【R】に支給しています。
【R】は今から2009年11月にある女性に裏切られ
【記憶の果て】に落ちていく私【K】を助けてくれました。
その恩返しと言うか、
【R】こそ一つの人格に統合していく上で、
ふさわしいと思う人なので、
【R】が2010年10月に活動を休止してしまってから、
【R】に「Power」を分配しています。


この「Power」と言う制度は2010年3月に導入されました。
それまでは前回お話をした通り、
女性との関係と女性からのお金を貢がせた金の金額、
社会的に仕事ができるかで優先順位が決定していました。
それからだと、この制度が導入されて、
女性と金の問題から解き放たれて、樂になりました。

私の自己紹介から【K】と申します。


年齢23歳のときに誕生したらしいです。


コントローラーという人格とお金の管理をする人格を4年前までしていました。


人格の管理というと、ピンと来ないと思うかもしれませんが、


シフトと同じでタイムスケジュールがあって、


どの人格をどのタイミングで外に出して、中に戻すかを決める役割です。


もちろん外に出るときにはお金がかかりますから、その管理もしていました。


コントローラーは絶対的な権力を持っていました。


ただ一つ難点はコントローラーは一時的しか外に出ることが許されません。



人格が外に出られる優先順位は


女性との関係と女性からのお金を貢がせた金で決まっていました。


現在もわずかに残るこの制度を何とかしたいと思っています。


今の課題の一つです。



4年前に私がコントローラーとして行ってきたことです。


女の人と付き合いそうになるときに


【M】という人格から新しい人格は生まれてきました。


その彼女と付き合っていければ人格は生きられますが、


もし彼女と上手く行かなかった場合は、人格として生きられません。


その生きられない人格をコントローラーの権限で、


私は半ば強引に合併していきました。



【M】と言う人格は本当に女の人に声を掛け、


よく付き合うところまで持っていったと感心しました。


その数、30人近く。


私の容姿は背は低く、ぽっちゃりとしていて残念な感じです。


お世辞にも容姿がよいとは言えません。


その男がよく30人も付き合いかけたと今でも信じられません。


その能力は【M】しか持っていなかった能力(??)で、


今は人格が増えることはなさそうです。


【M】はその後、壊れていなくなってしまうのですが、


それまで声を掛けた女の子は100名以上でした。



私は4年前までコントローラーとして栄華を極めます。


どの人格からもあがめ奉られ、人格の間では『神』と呼ばれていました。


しかしコントローラーのために外に出られないのが、一番の苦しみ。


私はコントローラーの地位を突然捨て、


【ゆ】という女性に突き進みます。



今日はここまです。

私は解離性同一障害です。


高校の時にはもうその症状が起きていました。


自分の気付かないところで何かが起こっていて、


それは記憶がないけど自らやっちゃったことだは何となく気付いていました。


ただそれは怖くて、だれにも相談できませんでした。


どう相談したら良いのか、分かりませんでした。



大学になって当時付き合っていた彼女に


病院に行くことを勧められました。


病院には行ったのですが、自分は正常だと思いたいために、


通院は辞めてしまいました。



社会人になって、散々逃げ回ったあげく、追いつめられてしまって、


周りに説得されて、やっと専門的な病院へ。


病名はやはり「解離性同一障害」でした。



今の人格は5人。


私は【K】という人格です。


その他に【LAN】【R】【P】【You】の5人で脳内共存生活しています。



【LAN】はコントローラーという人格のスケジュールを管理する人です。


私には息子がいて、【P】は彼に対応するための人格です。


私【K】は主に仕事を担当しています。


【R】は一時休止中の人格です。


【You】は主人格と言われている今のところ「ヌシ」です。



病院を紹介され、3つ通院しましたが、


どれも結果は一緒で、社会に一応適応しているということで、


病院でのカウンセリングはあきらめることになりました。


今は自己負担が多いですが、一つの人格になるために


個人のカウンセリングを受けて、治療、完治に向かっています。



解離性同一障害は好奇な目で見られることが多く、


さらに「なんちゃって解離性」や「自称解離性」という方が良く見かけます。


はっきり言って不愉快です。


病院に行けないなら名乗らないで下さい。


もしここで交流することがあれば、


ここではきちんと病院で「解離性同一障害」と診断された人を対象としています。



ここに書き込む趣旨は、誰にも言えないことが辛くて、


文章化して冷静に客観化したいという旨で書いています。


「王様の耳はロバの耳」で出てくる井戸のような存在です。



聞き苦しい点があることは十分に承知です。


上記の自己紹介だけもむかつく人はたくさんいるでしょう。


是非読み進めないで欲しいと思います。



好奇心で見ているときには声を掛けないようにお願いします。



解離性同一障害の関係者の方はあたたかい目で見て下さい。


排他的にはしたくないですが、


治療法はそれぞれがそれぞれに違います。


「私の関係者はこうだった」というコメントは必要ないです。



長くなりましたが、これが自己紹介です。

迷惑メールが多い。

携帯に受信されると、いつもがっかりする(T_T)

迷惑メールのなくして下さいm(__)m


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