”心の課題”を抱える人が所属する環境。

代表的な例を挙げれば、
「”仕事ができない社員”ではなく、”自分のせいで部下がやめていることに、まったく気づかない上司”と”そのいう人を評価する人事”」

”仕事ができない社員”は、
「発信ができない」
「積極的になれない」
「なにをすればいいのかわからない」
「人間関係が辛い」 等など

所属した環境で壊れてしまう人も少なくない。
”心の課題”は社会問題と言ってもいい。

頭では「正しいこと」が理解できているのに、
”心の課題”によって「間違い」を選んでしまう。

”ひとり”を選ぶことで社会から離れられるが、
”ひとり”では社会で生きてはいけない。

”心の課題”を抱えている人は、
周りから見れば「異常者」。

憶測や思い込みで陰口をたたかれたり、
思い通りにならない自分を否定される。

”自分のせいで部下がやめていることにまったく気づかない上司”は
「だからキミはダメなんだ」
「なんで言われた通りにできないの」
「もっと頑張れよ」
「メンタルが弱い」
なんて冷たい言葉を浴びせたり、
不機嫌な態度や感情で攻撃する。

”そういう人を評価する人事”は、
「無関心」

寄り添う人であふれる環境があれば、
”心の課題”から抜け出せる人も多い。

人や環境の「成長」があって、
成功と成果がある。

人や環境は「成長」することで、
現状維持ではなく「成長」を選ぶ。

新しい刺激がやる気のエネルギーとなって、
人の「脳」を活性化させる。
環境でいえば脳は「集団」だ。

大切なのは、ひとりひとりの「人」、
「個人」であるということ。

「個人」を大切にしている環境は、
”心の課題”に寄り添うことができる
努力をしている。

「個人」が持つ才能に気づき成長させられる。
それは、
「環境」が持つ才能でもある。

 



魂の老化を促進する呪文があるとすれば、

「わたしの頃は」

これしかありません。


「わたし(おれ)の頃はさ」

このフレーズで若い世代を叱責したり、

不要なアドバイスをする上司や先輩。。。


もしくは、子供に対して過去の自分を語る周りの大人たち。。。


その言葉には、

「昔はこれが当たり前だった」

「自分はそれを乗り越えてきた」

「だから今のあなたもできるはず」

という圧が入りやすい。


勘違いしているかもしれませんが、

時代が違えば環境も違います。


令和時代は平成や昭和を従わなければいけない時代ではありません。


働き方も、求められる能力も、情報量も、

人間関係の難しさも変わっています。


昔うまくいったやり方が、

今そのまま通用するとは限りません。


また、魂の老化が起こると今通用しないことが不満になり不安になり愚痴や文句に変わります。


言った側、言われた側がお互いに未来に向かって進めず、成長することができない効果を生み出します。


それでは、教える力も寄り添う力も更新されません。


生み出すものは、

①「生存バイアス」の押し付け

②「苦労の強制」による思考停止

③心理的距離の拡大(心のシャッター)

尊敬や信頼は消え去り、残るのは「説教への耐性」だけ。


結果として、教える側も「新しい価値観」を学ぶチャンスを失うという共倒れの状態を招きます。


経験はたしかに財産です。しかし過去の成功が未来の正解とは限らない。


本当に相手の成長を願うなら、

「わたしの頃は?あの頃は?」ではなく、

「昔はどんな状況なの?今はどんな状況なの?」

「どこが難しい?」

「昔と今の違う点は何だろう?」

お互いの時代への理解が大切です。


理解することで、お互いに今の時代に適した生き方ができる!


その姿勢が、お互いの”脳力”や”徳”を磨き、成長できる関係をつくります。



自分自身を”特別視”している人はね、

自分の話にしか興味がありません、


「この件がうまくいかないんですが」

『わたしの場合はさ…』


「マックに新商品が出たんですね」

『おれの場合はビックマックしかたべないけど』


「わたしは(おれは)」

「自分は」

他人の話(発信)を自分の話(発信)に切り替える。


これだけで話(発信)は終わってしまいます。


ビジネスで言えば商談が終わってしまいますし、

家庭内であれば不満が溜まりケンカが勃発するでしょう。


発信があるということは受信がなければいけません。


しかし、自分自身を”特別視”している人

✓自分の話を聞いて欲しい

✓他人の話に興味がない

✓自己中心的

✓自分勝手

✓自尊心が高い

✓承認欲求が強い

自己制御できない人の典型的な傾向です。


会話が終わるということは成長も止まるということです。


相手は、

「自分の話を聞いてもらえていない」

「結局、自分とは違う話をされている」

というように感じやすくなります。


自分の課題を自分の状況に合った形で

理解できたときに人は成長します。


そこに他人の成功例や体験談が入ると、

かえって混乱します。


もっと最悪なケースは「わたしの場合は」を

正解であるとか正しい、良い方法のように話されること。


環境も、性格も、立場も、抱えている問題も違うのに、

同じ答えが通用するとは限りません。


そして、言った側も成長を止めます。

なぜなら「わたしの場合は」で話を済ませると、

相手を深く理解しようとする思考が止まりやすいからです。


本来なら、

「この人は何に困っているのか」

「何が障害になっているのか」

「この人に合う進み方は何か」

を考えることで”脳力”が磨かれるはずなのに、

自分の体験を語るだけで満足してしまいます。


まとめると、「わたしの場合は」という言葉は、

①相手の「試行錯誤」を奪う

②「過去の成功」に縛られる

③会話の主役をすり替える(エナジー・ドレイン)

になるということ。


聞く力がなければ、伝える力も育たず、

相手を支える力も育ちません。


結局のところ自分中心の視野や思考になり、

”脳力”や”徳”も磨かれない。


健全な精神とは遠い人格を成長させてしまいます。



”普通がストレス”


「わたしって普通なんだ」より

「わたしって特別なんだ」と思いたい。


それが人です。


だから、この言葉に弱い。

「普通だろ、それくらい」

「そんなこともわからないの?」


職場で言われれば傷つき、怒り、悲しくなる。

家庭で言われれば子供は泣くばかりで、

さらに大人は怒る。


”あたりまえ”を教えるなんて

だれでもできますよ。


その”あたりまえ”を知らない、気づかない、

疑問に感じる【成長の芽】を摘む社会。


社会とは国、企業、会社、家庭、教室、

全てのコミュニティにおける環境のこと。


「普通は...」

この言葉は”すべての人間”にとって、

成長を止め、衰退させる麻薬です。


「普通...」

相手の可能性を狭める言葉です。


人には個性があります。

✓育った環境

✓得意不得意

✓考え方

✓進むペース

✓容姿

✓体型

✓趣味趣向

✓歩くスピード

✓理解できるスピード

✓感受性

✓時間の使い方 etc.


「普通はこうする」

「普通それくらい分かる」

これは全て“他人の基準”であり、

これは全て”いまの基準”です。


ここから先はないんですか?


【イマスグやめてください3つの行動】

①「自分の常識」を「世界の正解」と勘違いさせる

②思考のプロセスを省略してしまう

③多様性(イノベーション)の芽を摘む


言われた側、特に変化の著しい子供にとっては、

最悪の教育です。


「自分はダメなんだ」

「分からないと言いにくい」

「挑戦するのが怖い」


社会人になっても同じです。

本来なら質問できたはずのことも聞けなくなり、

成長のチャンスを失います。


可能性を潰された社会人は自己管理ができないとか、

メンタルが弱い、適職じゃなかったなんて分析され、

社会不適合者なんて扱いをされ、、、


可能性を潰した犯人がいても社会は犯罪者とは認めない、

すべて”自己責任”です。


それなら、”自己責任”で成長の道を選びましょう。

それなら、”普通は...”を突破しましょう。


「なぜこの人はそう感じるのか」

「どこでつまずいているのか」

「どう伝えれば伝わるのか」


相手を理解しようする姿勢を育てる努力が大切です。


成長する人は、

「普通」を振りかざす人ではなく、

「違い」を観察できる人です。


「普通」で人を縛るより、

「違い」から学べる人であること。


本当の自分とか自分の在り方とか、

【自己価値】

ここにぶつかっているのであれば、

まずやってみましょう。


「普通は...」


この牢獄から脱獄してください。

成長しない会社には成長しない人が残る。

もし、あなたが不要なストレスから解放され、
成長を望むのであれば気をつけるべきこと。

当時、会社の代表や幹部に登用される人間の
クチグセになっていた、

「あなたのためを思って」

という一言。

人材の成長ではなく人間関係の悪化を招き、
顧客の信用を失い損失につながる。

この一言に潜んでいるのは親切ではなく、
“自分の価値観”を押しつける身勝手さにある。

①「善意」を盾にすることで反論や拒絶を封じる
②尊重ではなくコントロールしようとする欲求の裏返し
③「信頼関係」ではなく「上下関係」の誇示

相手に寄り添えない、自分を中心にした言葉は、
人間だけでなく環境も汚染する。

成長しない会社には成長しない人が残る理由。

本当に相手のためになる言葉は、
相手に力を与えるもの。

相手が欲しいのは、
“支配”ではなく“理解”
“正論”ではなく“尊重”

これを理解していない傲慢な人は、
相手の気持ちや事情を見るよりも、
「自分は正しいことを言っている」
で思考が止まる。

つまり、自分自身を変えることができない、
成長できない魅力のない人になっているということ。

「私はこう感じたよ」
「力になれることある?」
「どうしたいと思ってる?」

相手の心に入る言い方を選べる人は、
”善意”を持ちつつも”善意”をかざさないし、
武器にしたりしない。

本当に相手のことを思うのであれば、
言葉で変えようとするのではなく、
心を聴いて変わるきっかけになること。

それが相手のためになるということは、
自分のためにもなるということ。