少し話が遡ります

 

コメが送られてきたときに同封されていた手紙をそもそもなぜ開封したか

 

それは、オットの中で、息子に会いに来ようとしてくれたし、全て親との対決は解決しているものと信じていたからです

 

悪びれがないから当然ですが、嫁が異常だと思っている義母とその息子たるオットとの関係はまだ悪いものではなく、普通の会話ができていたのです

 

普通にコメも送ってきた

 

で、添えていた手紙は、嫁全否定

 

最初、それを読んだオットは、「レトリックの問題にすぎない、気持ちの面で問題はないはずだ」と説明していました。それ自体意味がわかりませんが、要は、母親の本音にも向き合っていなかったのでしょう

 

なぜ、若い夫婦の間に亀裂を生じさせるような愚かな行為をするのかもわかりまさんが、それが姑根性と言えばそうなのかもしれません。無意識かもしれません。

 

息子(オット)には本音で接し、ひたすら息子びいき。孫はその次。嫁なんて、もっと下。

 

だって自分もそうやって扱われてきたのだから、嫁たるもの我慢するもの、という本能の働きかけかもしれません。

 

いろいろ取り繕うとしたけども、妻と仲良くできない母親の実態を受け止めて、オットは静かに涙をこぼすのでした。

 

ある土曜日の昼下がり。

 

涙の粒は太陽の光に反射して眩しかったです(ホント!)

 

首もすわらない赤子を抱き締めながら抱くオット

 

オットも苦しい立場にあるのだと思うと、まだこの頃は離婚を考えていませんでした。

 

つづく

週4日は、登校して、週休3日で家族の時間を味わい楽しむ

 

焼け野はらのようなバトルの跡地でも、ほっこり楽しい時間はありました

 

バスを乗り継いで児童館のようなところのイベントにデビューしてみたり

 

たった生後2ヶ月でも、いろいろお出かけしていました

 

折り合いつけて穏やかな日々優先でごまかしながら過ごしていたのですが、あるときモヤモヤが募って、もういい!!どうなっとるんじゃ~とキレスイッチが入ったときもありました。

 

嵐が去るのを待つだけで根本的には何も解決していないではないか!!どうするのだ!!とオットに問い詰めてみたり。

 

親に電話してオチをつけてこい、と攻めあげたり。

 

でも、親だから切り捨てられないという。

 

でも、だからといって解決策も示さない。

 

自分の中で、文章にしてみたりして心の整理をする。

 

自分は当然二度と会いたくないが、息子も会わせたくない。はて、その結論でいいのか?自問自答が苦しい。

 

生後百日もない息子には何も判断できない。だからといって、私の結論を押し付けることが正解だろうか。

 

息子自身に判断しよう。今は無理でも大きくなったときに正しく判断できるように育てることを決めた。

 

私からは絶たない。近づかない。子育てを楽しむ。大事な家族の時間を大切にしていく。

 

そうやって割り切って生き抜くことを決めて穏やかな日々を取り戻し、愚かな者たちとは無関係に穏やかに幸せに生きようと、そうやって5月の暖かい日曜日にお出かけしようかというそのときに。。。

 

また、複雑な絡まりが続いていくのだった

 

つづく

激しい母同士の対決は、全てを燃え尽くす勢いで大炎上し、最後は、義母の「また、電話していいですか?」に対し、母が「いいですよ」と返して終わるものの、結局はそれが最後の電話になるという決定的な出来事であり、母にはつらつらと報告を受けた。

 

私は娘です!なる名言(迷言)は、しばらくブームにはなって、笑えてくるくらいだったけども、溝は深まるばかり、いつオチがつくのかますますわからないまま、一体どうなることやら全くわからなくなっていった

 

最初の失態なんか、すでにどうでもよいとも言えて、解決が見えないことがモヤモヤを募らせていた

 

しかし、ゴールデンウィークが明ければ、授業も本格的に忙しくなり、産後の脳みそは働きが鈍くなっている実感はあったし、元々勉強不足の科目をこなすのにも苦労していた

 

レポートや小テストに追われるのも大変だったけども気が紛れたかもしれない

 

でも、同級生との交流は最小限で、授業に拘束される時間以外は家族と過ごしていた

 

息子は順調に育っていたけどミルク寄り

 

母乳育児はあまりうまくいってなかった

 

ストレスのせいでお乳の出が悪くなることもあるなんて、あとから知った

 

まだまだ波乱は終わらない

 

つづく