下4桁0110からの着信は、警察署からの電話であった。

 

留守にしているオットの家のあるところの警察署だ。

 

育休の間、家を空けるので、親族に一時的に使用することになっていた

 

どうも、その親族が警察沙汰になったという

 

被害者ではなく加害者として。。。

 

つづく

 

 

 

ロースクールの2年生

 

会社法や、民事訴訟法、刑事訴訟法の科目を修得していく中、赤子を抱え、週4日しか授業に出ず、レポートと小テストを最低限こなす日々に、想定外の義理家族との紛争が解決しない育休オットとの同居生活。

 

勉強面に焦るものはあったし、旧司の短答突破経験はあっても、いわゆる下科目は未修同然なので、小手先ではうまくいかない

 

その点上3科目の憲法民法刑法については、妊婦でもこなせたことと訳が違う負担だったけども

 

だからこそ、家族との楽しい時間を大事にしたい思いもあり、2ヶ月になった息子を連れてバスでお出かけを試み、はりきったりしたのでした

 

子ありか子なしかでは、出かけるイベントも別世界に変わっていく

 

世界は同じなのに見え方は明らかに違う

 

そういうとき、はりきって出かけようというときに、オットの電話に末尾110番からの着信が続けてあったのでした

 

つづく

親が子を思う余り、嫁を受け入れない現象。ある意味自然なこととして、歴史上繰り返されていたかもしれない。

 

親が思っている子はその嫁と生きることを決めたのだと理解すれば、子を思って選ぶ行動はまた違っていたかもしれない。

 

10年前のウチの義母は、異常な嫁のために息子が犠牲になって、子育てという負担を背負わされていて、「こんなに不幸にされている」。そういう視点でいっぱいだったように見えます。

 

孫になんて、別に会いたいわけではない。会ってあけてもいいけど、お願いされるまでわざわざ会いにいくものか。。。

 

そこまでの明確な決意かはともかく、無意識的にでも選んでしまった行動が、お祝いも遅れ、会いに行っていない現実。

 

オットにとって、両親への願いは可愛いわが子に会いに来て欲しい、愛して欲しい、父親になった自分を認めて欲しいという想いは自然なことでしょう。難しいこともないはずです。誰もが無事に生まれた子にはおめでとうという祝福の文化があるのにそれが叶わない。

 

妻の理屈は通りすぎる位に通っている。不服申立書を出すことも同意した。妻を責める立場にはない。

 

両親にわかってもらいたい。

 

オット自身両親への不満や反抗する想いを長年持っていたとはいえ、割り切ることもできない。

 

なぜ、うまく前進しないのか。争いを好んでいるわけではない。

 

ただ会いに来てくれれば。。。

 

そんな静かな願いも叶わない。

 

ただ、涙の滴がこぼれていく。

 

ま、その1ヶ月後くらいに、それどころじゃなくなる事態がまた起こっていくのだけど。

 

つづく