息子が生まれて百日

 

自分たちらしいお祝いをして、バスを乗り継いでスタジオアリスの撮影をしに行ったり

 

一見穏やかに平和に円満に家族3人の暮らし

を楽しんでいた

 

勾留中の親族の話は進展はないし、もう完全によそ事としていた

 

育休は3ヶ月もないので、別居婚に戻る日までカウントダウンの頃、わざわざ関わらない

 

それでも、勾留満期で、ついに釈放という頃、その親族のために義両親が遠路迎えに行くらしいという話題が耳に入る

 

生後百日経っても初孫には会いに来なかったのに?

 

違和感は拭えないものの、それは小さなこと

 

まあいい

 

遠路移動するついでだ。何百キロという距離を前にしたら、初孫のいる場所は中間地点

 

ちょっと寄って会いに来て、このどんよりと気が沈む衝撃的事態の気分転換になったらいいんじゃないか

 

いろいろなことをひっくるめて飲み込んだ上での最大の寛大さだと思う

 

会いに来たら、全部水に流せたんだろうねえ

 

どうせ出る出費をケチっている場合ではない

 

いろいろと泥まみれな展開に陥ったけども、赤子のスマイルで癒されればいいじゃないか、と。

 

正直、上から目線だったかもしれない。それでも、ここ数ヶ月の怒涛のあれこれをオチつける格好の機運だったはずだ

 

しかし、そんなチャンスを逃してしまう

 

会わせる顔がない、と。

 

まさに逃げるように、通りすぎて帰っていった。

 

つづく

 

不意に訪れたワンオペ育児の夜

 

私もかわいいもので、極力赤子と二人きりの孤独な時間を短くすべく、ロースクールの友達に来てもらったり

 

結果生後2ヶ月の子と過ごす夜は何てことなかったのだけど

 

所用を済ましてオットが戻ってきた

 

被害者には不謹慎でも、冤罪であって欲しいと願ってしまうことを率直に述べていた

 

受け止めなければならない現実

 

親族が犯した過ちが重い

 

親族を庇う想いも親族だからこそ、自然なことだろう

 

世間の厳しい目からすると許されるものではない

 

とはいえ、私は、被害者側の人間でもないから、完全なる他人事として、特にそれ自体がどうということは思わなかった

 

絡むのをやめる決意をしたオット側家族との関わりだけども、不意に絡むことになり、そして、同情もしてしまう

 

その情がまた、ややこしくさせていく

 

つづく

警察からの電話は脱力するしかなかった

 

しかも、接見すらできない事態

 

何が起きたかその、親族本人から聞きたくてもできない。

 

警察からの連絡の内容は、事件に関してどうのこうのではなく、ただ、その、親族が留守を預かる家に布団が干しっぱなしだから、というものであった

 

放っておくわけにはいかない

 

育休期間中は、ベッタリ過ごす予定だったのに、一時的に帰ることに

 

想定外の、赤子と二人っきりで過ごす一晩を早くも迎えることになった

 

今となっては我ながら可愛い弱気だが、10年前の当時ワンオペ育児は徹底して避けるよう努めていたのだ

 

しかし、オット側親族のまさかの刑事事件により、ワンオペ育児の晩を迎えるのだった

 

つづく