息子が生まれて百日
自分たちらしいお祝いをして、バスを乗り継いでスタジオアリスの撮影をしに行ったり
一見穏やかに平和に円満に家族3人の暮らし
を楽しんでいた
勾留中の親族の話は進展はないし、もう完全によそ事としていた
育休は3ヶ月もないので、別居婚に戻る日までカウントダウンの頃、わざわざ関わらない
それでも、勾留満期で、ついに釈放という頃、その親族のために義両親が遠路迎えに行くらしいという話題が耳に入る
生後百日経っても初孫には会いに来なかったのに?
違和感は拭えないものの、それは小さなこと
まあいい
遠路移動するついでだ。何百キロという距離を前にしたら、初孫のいる場所は中間地点
ちょっと寄って会いに来て、このどんよりと気が沈む衝撃的事態の気分転換になったらいいんじゃないか
いろいろなことをひっくるめて飲み込んだ上での最大の寛大さだと思う
会いに来たら、全部水に流せたんだろうねえ
どうせ出る出費をケチっている場合ではない
いろいろと泥まみれな展開に陥ったけども、赤子のスマイルで癒されればいいじゃないか、と。
正直、上から目線だったかもしれない。それでも、ここ数ヶ月の怒涛のあれこれをオチつける格好の機運だったはずだ
しかし、そんなチャンスを逃してしまう
会わせる顔がない、と。
まさに逃げるように、通りすぎて帰っていった。
つづく