10年前のことを綴っていると、だいたいは割りきれているつもりが、不意に息子の失態に直面すると、父親の失態と重ねてしまう。

 

良くないことと理性では分析できても、正しいことができなくなる。

 

休憩

 

トータルで父子が同じ屋根の下で過ごした時間なんて、半年もないのに、DNA とは、本当に恐ろしい。

 

外見だけじゃなく、嫌な性格的癖までがそっくり。

 

いいところも似ているんだろうけど。許せないラインに触れるのは息子だけ。

 

こんな思いをしないように離婚したのに呪縛から逃れられない。

 

しかし、この苦しさは不思議だけども、父子間の交流があることで慰められるところがある気がする。

 

全く断絶してしまっていたら、この不愉快の謎

解消する手段もなくて、もっと苦しかったと思う

 

私と合わない部分を持つ息子は、国交のない異国の人のよう

 

私といる限り、失態が許されず苦しみから逃れられないかもしれない。

 

たまに父と会うから、たぶん同じ文化、感覚の人との交流によって、人生の余白を得る気がする。

 

離婚して別居しているけども、子育てを分担していると言えるかもしれない。

 

こういう感覚というのは、共同養育という文化もなく支援もない日本では理解されがたいのだろうけど、この言葉にしにくい部分を理解されてドンピシャな支援があれば、離婚後子育ては楽になる気がする。

 

子育ての辛さ(特に離婚後の、単独子育て)の何が辛いのか現場の当事者自身わかっていないこともあるから、支援するにも難しい

 

オットは私の寛大さに?理解を示していたし、両親の器の小ささにあきれ果てて諦めの境地にいた

 

そもそも親族が刑事事件沙汰になった時点で、離婚を切り出されても不思議ではないことだし、現に、その影響ど思いがけず、育休中の一緒育児を一時的にも中断せねばならず、負担わかけた。そのオトシマエもつけぬまま逃げるように隠れてしまった。

 

もうムリだと思う、と悟ったようだ

 

結婚をして、子どもが産まれ、目の前のことのために、前進しなければならないことがある

 

親の失態続きのペースに付き合い続けるわけにはいかない

 

自分の新しい家族を守って生きなければならない

 

そんな覚悟みたいなものが伝わってきて、好印象であった

 

その頃は。

 

そんな感じで、元々短いとわかっていた育休期間は、瞬く間に終わり、別居生活となった

 

何にも解決しないまま

 

つづく