将来的な選択肢として否定しない程度の意味での「それもいいねー」という返事をすると、
返ってきたのは驚くべき展開であった。
「そう?じゃあ、生まれたら1年くらい〇〇で過ごすのってどうかな?」と。
「親が提案してきたんだ。○○で育ててやってもいいよ、って」と。
それまでの文脈と異次元の斜め上から降ってきた提案に言葉を失う。
〇〇地方(当時の居所から何百キロと離れ、新幹線を駆使してでも乗り換え回数多く、移動時間からしても半日は覚悟する場所)での暮らしが、将来の選択肢という文脈ではなく、間もなく生まれる初めての子どもだけが、誕生後間もなく母とも父とも離れて暮らすことのご提案であることが判明すると、ツッコミどころがあふれすぎて、会話が止まる。
まだ生まれていない。初産。どんなお産になるかもわからない。どんな産褥期になるかも想像できない。いつ生まれるのか、予定日どおりなのか、予定日より早いのか遅いのか、どうなるかもわからないことだらけで、ただ無事にその日を迎えようというときに、どうしてそういう話が出てくるのか、とにかくわからなかった。
?マークが頭にあふれていく。
まじめに扱うのもむしろ滑稽な話をどうオチつけるべきか、モヤモヤが募っていく。
ひたすら一日一日を無事に過ごし、元気な出産を待つほかない日常を過ごす中で、突然の激震がじわりじわりと響いていく。
初孫に会うことを楽しみにしすぎているのかしら?と無理やり肯定的に解釈してみる。
とりあえず、お断りで!ってことで、スルーすることにした。
無事に出産すること、期末試験を終えて進級すること、私にはやるべきことが目の前にある。
深入りはしないという選択でやり過ごすことにした。
それで済めばよかったのにね。
つづく