うるう年だったので、陣痛で過ごした一日はスキップするけど、長く辛いお産を乗り越え、元気に産まれてきたのだった息子。

帝王切開を回避するものの、全身筋肉痛で立ち上がることもできず、車椅子で個室に移動して、壮絶であった

消耗しているのに眠れなくて、妙に興奮状態。無理しなくていいのに、無理やりトイレまで移動してみたり、起き上がることも一苦労

そんな夜だったけど、無事に産まれたことで感無量

まさか、入院して休養している私の知らないところで、オットがどんな目にあっているかも知らなかった。

いよいよ、離婚体験談ネタをふんだんにつづっていく


今日までは10歳の息子の誕生を祝う思いで

産まれてきてくれたことは、本当に本当に嬉しかったのだ

それはパパもママも間違いないことなのだ

大変な運命を背負わせることになってしまったけど、その分パパもママも全力で愛しているのだから(ただし、各々で。)


つづく
10年前の朝、出産予定日でも産まれる気配はなく健診でとまだまだだね、と。

進級に必要な科目数は無事終えたので、ひとまず安心

残る科目も追試にならないよう、受けてしまえればいいなと願い、健診での内診は刺激弱めでということで、初産だし、予定日を過ぎるものとも考えて過ごしていました。

のんびりしながらゆっくり休みつつ、苦手な科目だし、準備しようかなと夜な夜な勉強を始めてみようとしたり。

しかし、まだ先のこととして予兆すらなかったのに、不意におしるしが。

気にしないこととして、やりすごすものの、何となく張る感じが続き、40分間隔位で定期的に張りが押し寄せてくる気もする。

でも、期末試験対策をしようかな、と気をとりなおし、でも、やっぱりこれは本物の陣痛かも、と揺れる思いですが初産だからわからないのです

いよいよお産に専念で、さすがに義理家族との確執ネタも頭からなくなり、それどころではなくなる。

無事に産めば何でも解決するのだと期待してたんだけどな

つづく

ちょうど10年前の今頃陣痛が始まったなぁと振り返るとしみじみします。

元々、嫁や家制度に疑問をもっていて、学生時代からの付き合いのオットと結婚することになったとはいえ、旧いものにとらわれないよう、手探りで新しい形の結婚に挑んでいました

例えば、戸籍に関わらず、旧姓を名乗り続けるとか

別居婚とか

父親の育休取得も挑戦の1つ

不安がないことはないけども、都度考えて挑んでいく

新しい結婚という冒険です

どんな支障があるかもわからなくてもやってみるっきゃない。そんな心づもりではいたけど、まさか早々に難関に直面するとは驚きです。

結婚自体反対されたわけではなく、むしろ、お気に入りのお嫁さんなところもあったのが油断だったのでしょう。

十分な対話もなく、親の気に入るようにするよう嫁にも根回しするのです。

嫁は言いなりになるもの、と期待していたのでしょうか?

親の言い分をおとなしく受け入れるものだと思い込みがあったのかもしれません。

結果、新時代の嫁は、不服申立書をよこすくらいに噛みついてくるほど狂暴だったのです。
義両親には娘がいなかったからそこが理解できていなかったのも残念です。

いよいよ初孫が誕生です。

つづく