壮絶なお産でも、食べれば回復することを実感し、やはりお産は病気ではないのだとよくわかりました

お祝い膳も夫婦で美味しくいただき、可愛いわが子を授かって、この頃の夫婦としては円満だったと思います

育休取得の予定も母子共に無事なおかげで変更なく確定して話を進めます

産まれて早々に、私の親からは出産祝いをいただきました

義理親からは音沙汰ないまま、お祝いの気配が皆無でした

初産のため6泊の入院がもう終盤

退院の日、オットは一時的に別居宅に戻ることになっていました

解決するタイミングは以外に限られているものですが、一向にオチはつかず、むしろ、孫の誕生を無視したという新たな地雷が起爆することになるのでした。

つづく
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長時間のお産で満身創痍となったものの、一晩寝て、しっかり美味しく食事をいただくうちに回復していきました。

翌晩には這うようにして、新生児室のわが子に会いに行き、そのまま、食堂での食事デビューを果たしました

余裕の経産婦さんのテーブルに混ぜてもらって、ママ仲間入りを果たします

義理親から何もないことも気になりません

産後対応ということで、1週間ほど仕事を休みにしていたオットは、毎日通ってくれながら、退院日に備えてグッズをそろえるように過ごしていました

母にドギツク叱られたことはおくびにも見せません

母子同室になってお世話も始まりました

何も言ってこないのも不穏ではあるものの、目の前の日々は言うこともなくハッピーがあふれていました

それだけ、息子が無事に産まれたことは喜ばしいことでした

つづく




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出産直前にいろいろあったけども、無事に産まれさえすれば、おめでとうムードの中、落ち着くものだとぼんやり期待していました。

自分の中でもいろいろ引っかかる部分も受け流せるかな、と。

入院のタイミングからお産に立ち会ったオットも大興奮で誕生を喜んでいたし、親に報告したもよう。

「おめでとう」と形式的に答えただけのようで、他人事。このタイミングの機転こそ挽回のチャンスだったはずなのに、愚かにも、みすみすそのチャンスも自ら手放していってしまうのです。

産後なので、あっそう、とこちらもお構い無く、放っておきます。きちんとしないと、初孫には会えないぞ、とこちらは強気です。

まずは体の回復の時期でした。

無事に産まれてくれたことがただただ嬉しく、その他がどうでもよい気がしたというのもあります。

あとから知ったのですが、私の知らないところで、私の親の方が、我慢の限界だったようです。

同じように、無事に産まれることで全てのオチがつくものと期待していたようですが、何の進展もなく、産んだ私への労いも祝福もない姿勢に、娘の母として逆鱗に触れたというのです。

私は入院していましたが、狭い私のアパートに、私の両親とオットが一晩過ごしました。

祝福モードかと思いきや、どうも説教な夜だったようです。

しっかりしないと大変なことになるよ、と叱責したみたいです。

娘思ってのことなのでしょうが。。。

つづく


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