敵は、義母と義父がそれぞれ足並みがそろっていないのが問題のようでした。

 

振り返ると、発端は義父の失態でした。

加えて、「飲酒してみたいでごめんなさいね~」という誠意のない言い訳で逃れようと諮った義母の失言が、決定的に私の逆鱗に触れました。

2人合わせて不服申立書をぶつけて、2人ともおかんむり

 

これが生まれる前

 

初孫への会いたさあってのことですかねー?と落としどころを探ってみたことに対するリアクションは、「別に孫に興味はない。息子夫婦に子が生まれることは喜ばしいことだが、それ以上のものはない」とクールを装う。

 

そうですかー、会いたいわけではないんですねー、じゃあなおさら余計な口出ししないでくださいー、となって溝が深まっていく産後。

 

たぶん、この強がりは義父の方。義母は常に後先考えない直感的な行動しかないため、深い考えもなく、衝動的に行動する。

 

生まれて一カ月会いたくないわけではないような気分になってきて、会いに来ようかな、という姿勢が見え隠れし始めたのだった。

 

しかし、ここでまた失礼な話。

 

私だって、土下座してくれるまで会わせない、とかそういう感情一色だったというわけではない。

 

会いに来るなら歓迎し、無事生まれて嬉しいねっていう言葉でもあれば、それまでの経緯は水に流していこうという余裕もあった。まだ。

 

それにもかかわらず、実態は、ストレートに会いに来るのではなくて、別用で会いに行けそうだから、ついでに会いに行くという打診で止まっていた。

 

追試程度でいくらでも日程の調整が効いたころはとっくに過ぎて、新学年の準備をしようという慌ただしいとき。何をおいても会いに来るというのならともかく、まさかの日程指定で、都合がつかない。また、オットと一緒のタイミングになるように努力すればともかくその機会も失った。

 

結局、不合理なやりとりの結果、会うことは叶わなかった。

 

まさか、後に「会わせなかった」みたいに被害意識をもたれるとは思いもしなかったけど。。。

 

会いたいのか何なのか、また振り回せれていくのだった。

 

つづく

 

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産褥期は産後3週間か6週間か諸説ありますが、産後3週間休んだあとに予定した追試もクリアし、進級後の受講スケジュールを組んだり、いよいよ育児に加えて学業の両立を始めようという頃、義母が孫に会いに来るかも?!という話が持ち上がりました

 

つづく

よもや、そんなつもりはなくても、私とオット親の関係が悪いことが、私の親とオットの関係にもヒビが入っていきました。

 

ずっとあとになってからだけども、恨めしく語られたのです。

 

息子を抱き抱えてた母が、オットに渡したとき「おかえり」とこぼしたセリフ。

 

息子可愛さあまっての他意のないセリフだと思うのですが、母は疎外感を覚えたようでした。

 

もはや、私の努力でどうこうできない展開に転がっていくのでした。

 

つづく