変えていたのは、入り口だけじゃない。
その場所では、年齢は軽い数字で、
家族は背景の一部だった。
仕事は肩書きで理解され、
生活の安定は前提の空気として漂っていた。
病気や事情は話題に向かなくて、
重たい方の現実は、最初から置き場所がなかった。
私は、その空気に馴染む側を選んだ。
無理をしたわけじゃない。
そうしておいた方が、壊れなかっただけだ。
“本当”というものは、説明を必要とする。
説明には時間が要る。
時間には距離が要る。
距離は関係を変えてしまう。
だから私は、扱われやすい側に立った。
それを私は“事情”と呼んでいる。