「すき」にもいろいろある。



蘭は今日もお店を上がったあと、いつものバーへ向かう。

仕事ではいくら飲んでも酔った気がしないからだ。

この頃ではまっすぐ帰宅することは珍しくなってしまった。

それほどお酒が好きなわけではないのに・・・。


そのバーはカウンターが10席ほどの小さなお店。マスターのいつきが一人でやっている。

ホストばりに顔が良いわけではなかったが気さくに話してくれるので、ちょっとした愚痴などを聞いてもらうとスッキリするのだ。

「いっちゃーん、おつかれっ!」

蘭は明るい声とともにドアを押した。

「蘭ちゃん、お疲れ様。」

いつきは蘭より5歳ほど年上のはずだが、いつも「ちゃん」付けで呼ぶ。

(そろそろ呼び捨てにしてくれてもいいのに。)


蘭がこう思う理由もある。

いつきの店はほとんど年中無休営業しているが、お盆と正月だけはお休みで、今年のお盆休みに初めて二人で飲みに行ったのだ。プライベートで。

前から頼りにしていたし、その優しさも自分だけに対してではないと分かっていたがそれでも惹かれていた。

だからがんばって誘ってみたのだ。

ようやく休みの日に約束できたのだが、お盆休みにあいている飲み屋も少ない。

いつきの馴染みらしいバーを何軒かはしごしたあと、時間は深夜を過ぎていた。

夕方から飲み続けているので二人ともほどよくできあがっていた。

それでも蘭には企みがあった。自分の容姿にもそこそこ自信があったし、しょっちゅう店に顔を出している中で他のお客さんより少しは親しいのではないかと思っていたから。


もう行く店も尽きて、深夜の街を歩きながらいつしか腕を組み、二人ともどうしめくくっていいのか考えあぐねていたのかもしれない。

ふと人通りが少ない道で肩にもたれかかると、いつきがゆっくり振り返り、唇を合わせた。

「ん・・・んん・・・」

唇を開かれ、舌が絡み合う。ねっとりとしたキスで体中がとろけた。

背中に回されたいつきの手は蘭の体を撫でまわし、だんだん前に・・・。

夏の薄着の上から胸をもまれて、蘭の体がこわばる。

「もう止まらないよ・・・」

いつきが耳のそばでささやく。


さすがに道端でこれ以上はためらわれ、二人はなんとか歩き出した。

しっかり手をつなぎあってタクシーに乗り込む。向かったのはいつきの部屋だった。

分かっていた、完全に蘭が誘ったのだ。それで良かった。


もう空が明るくなりかけた部屋で愛し合う。

服を脱ぐのももどかしく、ずっと唇を合わせたまま体に触れあった。

二人とも心が急ぎ過ぎて、慌てて抱き合ってるようだった。

「はぁ・・・・ん・・・」

ほとんど無言でベッドに倒れこむ。

乱暴なくらいにきつく抱きしめられ、蘭は快感に胸が苦しくなる。

お互いの体中にさわり合いながら、責めて責められて。

ベッドの上で両足を広げられ、間にいつきが顔をうずめる。

シーツを握りしめて耐える蘭。声が我慢できない。

「んっ・・・・やぁっ・・・・」

執拗に舌を駆使されて蘭の腰が勝手にうごめく。

手は自然といつきのものを求めていた。そして目の前に差し出されたいつき自身をほおばる。

思う存分味わったあとに貫かれると、目の前が真っ白になった。

二人の荒い息だけが聞こえる部屋。

いくら抱き合っても重なることはない。それでもできるだけ近付きたくて、もっと奥まで。


くたくたになってそのまま眠りについた。

明るいのでそれほど長い時間は眠れなかったが、とても安心したひととき。

何の約束もないし、初めて抱き合ったあとなのに浮かれるというより落ち着くのはなんでだろう。

蘭は不思議に感じながらも、ますますいつきが愛おしかった。



「すき」にもいろいろある。




「すき」にもいろいろある。



梨乃は結婚後、夜のお店はもちろん会社もやめた。

専業主婦はなかなか悪くない。

もともと家のことをするのは嫌いじゃなかったし、同じく主婦になった平日のお昼にひまな女友達とランチや買い物にでかけたりすることに、夫は好意的だった。

だから息苦しくなることもなく、順調に夫婦生活は続いていた。


二人とも急いで子供がほしいわけではなかったので、しばらくは夫婦だけの日々。

家事もだんだん慣れてきて、手を抜かなくても時間を持て余すようになった。

魔がさした、というのだろうか。

夫は仕事が忙しく、夫婦仲が悪かったわけではないが梨乃の相手をする時間もそれほどなかったのだ。

何かを期待していたわけではなく、ただ話し相手としてたくやにメールをしてみた。
「元気にしてる?もうすぐお祭りだね。今年も行くんでしょ?私はまだわからないけど、行けるなら連絡するね!」

しばらくするとたくやから電話があって驚いた。

「今、和則と飲んでるんだ。お祭り来れるといいな。」

たわいないおしゃべりをして電話を切った。元気そうだった。


さらに数十分後メールが。

「連絡ありがとう。突然だけど、もし食事に誘ったら迷惑かな?俺子持ちだし気になってたんだけど、良かったらまた二人で食事に行きたいと思って。」

梨乃は考え込んでしまった。

(これってもしかして・・・。いや、食事って言ってるしそこまで深く考えなくてもいいよね。)

少し迷ってから返信する。

「お誘いありがとう。平日は夫の帰りがまだ早い方だから主婦としては出にくいけど、土日も仕事だし帰りも遅いからランチとかならOKよ!でもたくやはお休みの日に出るのは難しいかしら?」

「週末のお昼なら大丈夫だよ!また連絡するから。」



歯車は回り始めていたのかもしれない。


ある日曜のお昼に待ち合わせをした。二人ともぎこちなく、どれくらい近づいていいのか探ってるみたいな。

初めてデートしてるカップルのように、それとない距離で街を歩いた。

楽しかった。

たくやはそれほど焦ってる風でもなく、でもちょっとだけ思いつめた顔でささやく。

「二人になりたい。」

梨乃は直球の言葉に戸惑って無言になる。

「・・・・・・・・・ダメ。嫌じゃないけど、その気ならちゃんと口説きなおして?」

と微笑んだ。

たくやは笑って

「やる気出るなぁ。」と答えた。


そうして時々週末のお昼に会うようになった。

毎回ベッドに誘ってくるというわけじゃなく、ただランチを食べてブラブラするだけの日もあった。

そんなゆったりした時間は梨乃にとっても心地よかった。

二人とも家庭を壊すとか、奪うとかは考えてなくて、ただの気まぐれなんだと思う。

これが片方の気持ちが重かったりするとこんがらがっていくのだろうが、そういうこともなく穏やかな日々を過ごせた。


そして。

その日は観覧車に乗っていた。週末だというのに、それほど混んでいなかったので乗ってみようと梨乃が言い出したことだった。

よく晴れたまだ明るい景色は見ていて気持ちよかった。

当然のように横並びに座る二人。

たくやの手が梨乃の腰に回る。

振り返るとキスをされた。唇が触れるだけの軽いキス。

それだけで梨乃は背筋がしびれた。


(また来ちゃった。)

自分の弱い意思にあきれながら、ホテルの部屋であまり罪悪感も抱いていない自分。

「口説けたってことだよね?」

ちょっと笑いながら確かめるたくや。

「そうじゃなきゃ来ないわよ。」とやっぱり笑顔の梨乃。

優しい指が梨乃の服にかかった。


数年前に一度抱かれただけなのに、なんとなくしっくりくる。

たくやの熱い吐息が、梨乃の肌に触れる。
「・・・ふ・・・・・ぅんっ・・・・」

「きれいな肌だね。吸いつくみたいだ。」

「・・・・・やだ・・」

キスされたまま、手が髪を、背中をなでたまま、もう片方の手が梨乃の溶けるように熱いところを泳ぐ。

(きもちいい。)

「梨乃はすぐにとろけるね。どうしてほしいの?」

また意地悪な質問にこたえられない。

「ここ?それともこっち?」

次々問いかけながら梨乃をびくっとさせるたくやの指。

「言わないとずうっとこのままやめないよ?」

だんだん頭がぼーっとしてくる。その中で腰の裏側あたりがじんじんしびれるようになってきた。

「んっ!・・・・・あぁ・・・・やぁっ・・・もうだめ。。。おねがい、ちょうだい」

ニヤリと笑ってたくやが自分の腰を梨乃の顔の前に持ってきた。

梨乃は自然と唇が開き、舌舐めずりしていた。

「梨乃ヤラシイ♪」

楽しそうなたくや。梨乃も嬉しくなって丁寧に愛撫する。

そうして熱く硬くなったたくやは梨乃に腰を沈めた。

「なかっ・・・あついよ・・・・」顔をしかめるたくやが愛おしくなって梨乃はますます締め付ける。

「ひくひくしててきもちいいー。っ・・・・だめだって、そんなに締めちゃ」

「だって感じちゃって勝手にそうなっちゃうんだもん」

ゆっくり動いてくれるから、少し余裕の出てきた梨乃が言う。

「ねぇ、うしろからして?」

「やっぱり梨乃はヤラシイな」

伸びをする猫のような体勢でたくやを受け入れると、今までとはまた違う快感が襲う。

背中から回したたくやの手が梨乃のふくらみの先の硬くとがった部分をつまむ。

「んっ・・・!」

それだけで梨乃のなかがきゅっとなるのがわかる。

さらに二人がつながってる場所の近くの、梨乃の一番敏感なところにも指が伸びる。

まるく円を描くようにゆっくりなでてくれる。

「あっ・・・・はぁ・・・んん」

もう頭が気持ち良さでいっぱいになる。耳元では

「りの、きもちよさそうだね、腰がうごいてるよ。俺も手が勝手にうごく。りのの溶けてるとこずっとさわってたい」

と淫靡な言葉を紡ぐ。


夫にはここ最近言われることのなくなった甘い言葉が耳に心地よい。

たくやは奥さんにもこういう風にささやくのだろうか。

嫉妬、とはたしかに違う素朴な疑問だった。

(めちゃくちゃきもちいいのに、こんなこと考えてるなんて余裕だな、あたし)

頭の片隅で梨乃はクスクス笑う。

(やっぱり恋してるわけじゃないんだなぁ)


きっとこれからも会うかもしれない。会わないかもしれない。

そんなあいまいな気分だった。



「すき」にもいろいろある。



「すき」にもいろいろある。


たくやは中学の先輩だった。特別仲が良かったわけでも、梨乃が片思いしてたわけでもない。

スポーツが得意でそこそこ人気はあったけど、学校一ってほどでもなかった。

卒業後、梨乃が女子高に進学してからは接点もなかった。あの日までは・・・。



梨乃は大学卒業後、OLとして普通の会社で働いていた。

普通のOLと少し違うのは、アルバイトで夜のお店に勤めていたこと。これもイマドキ普通かもしれないけど。

ホステス、といってもナンバー1を競うとかじゃなくて、週末の遊びの延長でお小遣い稼ぎをしてるくらい。

こじんまりとしたラウンジで、主にママのお客さんが一人でも来れるようなお店。

そこで市川さんというお客さんに出会った。

40過ぎて独身だけどママ狙いじゃなさそうだし、ただ昔からの馴染みでちょくちょく飲みに来てくれる。

梨乃が席についても妹か娘のようにかわいがってくれる、気心の知れた人になっていた。

その市川さんはたいてい一人だけど、時々お友達や後輩を連れてくることもあった。

その中にたくやがいたのだ。

はじめは中学が同じということで、懐かしさもあり楽しく話していたが彼は既婚者だった。

子どもも二人。

梨乃は刹那的な恋愛を望んでいないので、特に恋愛対象者としても見ていなかった。


数ヶ月後、地元のお祭りにふと行ってみようと思ったのは、たまたま実家に帰ったときにタイミングがあったから。

母と二人で久しぶりにのぞきに行くことにした。

神社の周りにはそれほど多くない夜店が並んでいたが、浮かれる年でもないので何を買うでもなくぶらぶら歩いた。

母は知り合いに会って話し込んでいたので、手持ち無沙汰になった梨乃はあたりを見回した。

するとたくやがいたのだ。

「来てたんだ。」

「うん、お母さんと久しぶりにね。」

たくやはお祭りの役員をしていたらしく、毎年来てるようだった。

「奥さんとお子さんは?」と聞くと

「まだ小さいから来てないんだ。」

「そう。」


そこに二人の青年がやってきた。

「たくや、そのベッピンさん紹介しろよ。」とからかうように話しかけてきた。

二人は高校の同級生らしく、両方とも独身。太一と和則、と教えてくれた。

太一は長年付き合ってる彼女がいてもうすぐ結婚するらしいが、和則はやけに梨乃にかまってきた。

正直めんどくさいなぁとは思ったが、悪い気もしないのでそれなりに接していた。

和則はほどほどに酔っていたのだろう、初対面にもかかわらず

「梨乃ちゃん、結婚しよー」とニコニコ言っていた。

「お母さんも来てるから、了解もらってね。」と軽口をかわしたくらい。

それがどう展開したのか、合コンをしようという話にまとまった。

「でもその3人中一人は既婚者だし、もう一人ももうすぐでしょう?何の合コンよ!」

「いいじゃん、楽しく飲めたら。」

梨乃としてはどちらでも良かったので後日女友達を集めて3対3で飲み会をすることになった。

もちろん女友達には既婚者もいることを正直に話しておく。

ややこしいことはごめんだからだ。


合コンまでの間、和則と梨乃が連絡を取り合い、その中で本気とも冗談ともつかない口調で口説かれ続けた。

嫌いではないが、まったく興味もなかった。

電話だけなので適当に相槌をうっていたが、それを和則は「もうすぐ落ちる」とでも思っていたのかもしれない。


当日、梨乃はあえて和則を避けるため、たくやのそばから離れなかった。

先輩だし既婚者だし、安全に守ってくれそうな気がしたから。

飲み会自体は盛り上がり、二次会のカラオケではなんとなくカップルができあがっていた。

(たぶんその場限りだとはおもうけど・・・)

太一とくっついている友達を見て梨乃はちょっと心配になりながらも、ちゃんと事実を伝えてるし放っておいた。

そして、気付けばなぜかたくやは梨乃に熱い視線を送っていた。

(あれ?もしかして勘違いされた?)

とは思いつつも、酔いもあって体格のいいたくやにもたれかかっているとなんともいえない安心感。

「梨乃キレイになったよなぁ。」

ささやくように言われると梨乃は嬉しくなった。

和則にあれだけ口説かれても何とも思わなかったのに、この一言だけでうっとりしてしまう。

(これって・・・恋に落ちたんだろうか。)

違う。さすがにそんなに簡単ではない。

ただその時の雰囲気に流されて、帰り道二人は道を逸れた。



ホテルに入りキスをしながら梨乃は思った。

(恋してなくても嫌いじゃなくてちょっとの好意でエッチできちゃうんだ・・・)

「梨乃かわいいね。」

惜しみなくそそがれる甘い声が、ほんのちょっと残っていた梨乃の理性を消し去った。


「ん・・・きもちい・・い」

「どうしてほしい?」

こういうとき少し意地悪になるたくやに、受身の梨乃は弱い。

恥ずかしくて答えられないでいながらも、その言葉攻めだけで感じてしまう。

「・・いやぁ!」

「だーめ、ちゃんと言わないとやめちゃうよ?」

「・・・もっと。・・・・・・もっとさわって。」

「こう?」と言いながら体中をなでまわされる。

手の平で、指で、舌で。


カラダの相性は悪くなかった。

でも行為のあとでもそんなに執着心は持っていなかった。

奥さんからだろう、携帯の着信を知らせるバイブの音がしずかな部屋に響く。

「電話だよ。おうち大丈夫?」とふつうに話せる自分に、心の中で笑ってしまう。

(割り切ってる、ってこういうことなのかな)

タクシーで家まで送ってもらい、笑顔で別れた。


その後も市川さんと一緒に時々お店に来てくれるたくやに対して、梨乃はふつうに話すことができた。

お昼にたくやからメールがくることもある。

嫌だとも思わなかったし、待ち焦がれることもなかった。

「また会いたいな。」とたくやからのメール。

会ってもいいな、とは思ったがお互いの仕事や家庭の都合でそうそうタイミングも合わず、結局そのままになっていた。

1年後梨乃は結婚した。もちろん他の人と。

たくやにもいやみではなく、メールで報告した。お店もやめるし。

「おめでとう!」と返してくれたたくや。

それを惜しいとは感じなかったので、やっぱり恋ではなかったのだろう。



「すき」にもいろいろある。