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KЯdays

三年寝太郎のエキシビション・マッチ。


願いが天に届いたのか、彼女に会う事が出来ました。

棺にCDやBluRay等は入れられないと言う事だったから、友人達と相談してお花を供えてきた。

普通に寝ているみたいだった。

家で眠っていてそのまま逝ってしまったらしい。

朝、彼女の下の娘が異変に気付いてお母さんを呼び、お母さんが見に行った時には呼吸も止まっていて脈も触れなかったそうだ。

きっと苦しまずに逝ったに違いない。
と、彼女のお母さんは話していた。

それでも。
彼女を目の前にしていても、まだ信じられなくて。

人間って事実だと分かって居ても、好きな人に対して起きてしまった「信じたくない事」は本当に受け入れないんだなぁって思ったよ。

彼女の上の娘もそう言っていた。

「大分昔の話になるけど、私も母が急に亡くなって、暫く信じられなかった。夢うつつみたいな感覚だったよ。火葬の時、急に「死んだんだ。お別れだ。」って現実に引き戻された。それでもいまだに母が生き返る夢を見るけどね(笑)」

って上の娘に言ったら頷いていた。
彼女が喪主役。気丈に振舞っていただけに心配。


そして。
明後日、火葬にも立ち会っても良くなったので、行ってきます。


今日はここまで。
また。

さっき。

昨日話した友達の子供から連絡がきた。


「母の好きだったものとか分かりますか?私も妹も祖母も分からなくて。」

と。


それを聞いて「あぁ、やっぱり彼女が亡くなったのは本当なんだ。」と実感し始めた。


…Dollyが好きだった事、特につぐっちの事が大好きでスマホの待ち受けになっている事、見取り図のモリシの事も好きだった事、果物の酎ハイが好きで良く飲んでた事…思いつく限り伝えた。


「ずっと一緒に暮らしてたのに分からないものなのね。」と、切なくなりつつも、悔しさみたいな感情が湧き上がってきた。


そこへまた元カレがLINEをくれたのでその話をしたら「そういうのって親友が一番分かるんじゃない?俺だって兄弟の好きな物分からないよ。」って返事が来た。


涙が溢れた。

それだけ彼女の事を知っているのに、何も出来ない無力な自分に。

そう思いつつ、いや、進言する位は出来る!と、思い直した。





生前、皆で冗談半分で「自分の葬式はどうしたい?」みたいな話をした事があって。


彼女は「好きだったV系の曲をかけて楽しく送って貰いたい。」って話してたからそれを伝えた。


伝えながら、彼女は本当に逝ってしまうんだな、って思ったら更に悲しくなった。


彼女にはまだやりたいって言ってた事があったのに、なんでそういう人を連れていくのか…


つぐバも行く気で居たのにな。

彼女も無念だろう。


彼女との思い出は笑いあってた記憶しかなくて。

何でも笑いに変えてしまう彼女を私達は「ウチらの中の芸人枠」と言っていたものだ。

もうあの喋りを聞けないと思うと寂しい。


形式的な弔いはいつ出来るか分からないけど、今思いつく事で私が彼女に出来る弔いは彼女の分もつぐっちを観に行く事位かなぁ。


そう思っていた所につぐっちが「今年はもう少し表に出る。」とブログで言ってくれたので期待している。



そんな三が日。

親が死んでからは正月が楽しくなくて嫌いになったんだけど、益々正月を忌み嫌う様になりそうだ。


🌧降らずにまだ晴れてるね。

彼女が無事に葬送される事を祈るのみ。



…めっちゃアピールしたからつぐっちの切り抜きも彼女と一緒に火葬されるかもしれない。

許せ、つぐっち。


…因みに私がもし死んだら、

「欲しい物があったら形見分けで持ってっていい。」

と言う条件付きで好きだった音源と共に火葬して欲しいと友人達には告げてある。

そしてつぐっちのチェキも道連れにしていく予定。


更に謝罪。


そんな今。

さよなら!





世間は昨日の能登半島の震災の話でもちきり。

何処から話そうか…

私の親友について。
彼女とは10代からの付き合いで。音楽も笑いの趣味もほぼ同じ。
それこそ毎日の様にライブに行った頃もあった。

社会人になってからは数こそ減ったけどライブは必ず一緒。

忙しい時は中々会わなかった時もあったけど、ココ数年はお互い仕事やプライベートも落ち着いてきたのもあって、月イチで会って遊んでた。
誕生日も近くて毎年2人でお祝いしてた。
大体彼女に誘われるパターンだったんだけど。

去年の夏だったかな。
「心臓に違和感があって病院に行ってきた。」と、彼女からLINEがきた。

今すぐ何かしなきゃならない病気ではないし、薬を飲む必要は無いけど、要経過観察。定期受診が必要になった、って話だった。

その頃私も高血圧騒動があったので「お互い気をつけよう。死ぬ気しないけど!」みたいな話をしてた。

お互いにLINEが途切れると片方が安否確認…と言うのがお決まりだった。

…去年は初めて誕生日付近にお互いの都合が合わなくて、お祝い出来なかった。

「来月老害で会うからそれ以降に休み合わせてお祝いしよーぜ。」って言ってた。

老害で死ぬ程笑って帰ってきて3日後。

彼女が「咳が酷くて病院行ってきたけど薬が合わなくて「このまま心臓止まったりしない?」って不安になる程体調が悪い。副作用の説明を受けたけどどうやら副作用が強いみたいで、薬飲むのやめたら楽になってきた。」ってLINEが来て一瞬ヒヤッとした。

クリスマス。
1週間連絡が途絶えたので、LINEしたら返信は来た。
いつもより言葉数が少なかったから、きっと体調はまだ戻ってないんだろうな、と思った。
元々彼女は扁桃腺が弱く、一旦拗らせるとその位音信不通になる事もあったので看過していた。

そして更に1週間。
大晦日。
心配でLINEしたけど返信が無い。

元旦。
「体調は…ぶっちゃけ良くない。仕事は何とか行ってるけど、休みの日はほぼ寝てる。でも気分は落ち込んでないよ⤴⤴⤴今年も宜しく!」って返信が来てた。

「入院とかしないで生きてて良かった!」と返して力尽きて寝た。

今日。
今日の昼休みは12時からだったんだけど、外に煙草を吸いに出たら🌧*̣̩⋆̩°。⋆雨が降り始めた。

段々雨が強くなってきて、「また担当医に『変わらず吸ってるんですか…』って怒られる。」と言う気持ちも手伝って早々に吸うのをやめて職場に戻った。

午後、仕事が押して残業だったんで、急いで帰ってきて、スマホを見たら彼女から返信が来てた。

彼女の子供からだった。

「母が午前中に病院に運ばれ、正午過ぎに亡くなりました。」

彼女は人を驚かす冗談も好きだったので、てっきり冗談かと思ったけど、違った。

でも信じられなくて、お通夜が決まったら教えて欲しいって言ったんだけど、「お通夜等諸々は身内だけで進める予定です。」って弾き出された。

彼女(子供)には数年前に会った事は有るんだけど、ほぼ疎遠。
家族葬にするって言われたら、ぐうの音も出ない。

悲しい。
何十年も連れ添ったのに、最後の挨拶も出来ないのか。

でも私も彼女と同じ立場に立った事がある。気持ちは分かる。

でも。
最後に逢いたい。
そうしないと区切りがつかない。

そう思いながらも、それ以上は踏み込んで言えず、彼女の子供の「落ち着いたら連絡します。」と言う言葉を信じてその場は気持ちを納めた。

「…置いていかれた。」って思ってた所に、たまたま連絡してきた元カレに話して少し落ち着いたけど、それでも気持ちは晴れない。

さほど生に執着していない私の方が先に逝くと思ってたのにな。
死ぬにはまだ早過ぎるよ…。
彼女もそうだろうけど、無念だ。


混乱していてどう纏めていいか分からないけど、明日辺り「嘘でしたー!」ってLINEが来るのを待ち望みながら今日は生きる。

それしか出来ない。