振り返ってみると、20代半ばくらいまで苦手な食べ物が多かったです。


⬇️以下苦手だったもの

乳製品、ハンバーグ、すき焼き、椎茸、魚、刺身、ほうれん草、小松菜、高野豆腐、黒豆、ナッツ、ドライフルーツ、ウーロン茶、コーヒー、ゴーヤ、ふきのとうなど苦いもの全般、海藻類、片栗粉のとろみ、唐辛子胡椒など香辛料、生姜、梅干し、寿司、酢の物、煮物、グリンピース...


スナック菓子などが主食でした。


小中学生の頃の給食は地獄で、残さず食べられる日はなかったと思います。そのまま大人になりましたが、結婚を機にあれこれ食べられるようになって(克服して)今では残すところ牛乳とすき焼きだけ苦手です。


母は料理が下手でしたので、子供の頃は母の手料理を食べてよく食中毒になったものです。母が作れる料理のレパートリーも少なくて一週間から10日ほどで一周する感じでした。月曜日は天ぷら、火曜日はカレー、水曜日は焼き魚...どれもとても不味い!!気をつけてよく見て食べないと危険でした。

(これが我が家の日常で、私にとっては普通のことでしたえーん)


そのおかげで私は食事をすることがあまり好きではなかったです。美味しいという感覚や食に対する関心も他の人より鈍いかもしれません。自分を元気付けるように何か美味しいものを食べることもしません。



7年ほど前、三重県に旅行に行ったとき食べたいものが思いつかずに消去法でラーメン食べて帰ってきました。つい最近、ラーメンじゃなくて有名な伊勢うどんを食べれば良かったのでは?とやっと気づきました。無頓着...。気づけただけでも成長してるとも言えます。




最近は好きな漫画のキャラが食べてる料理は食べてみたいと思ったりします。そんなきっかけで食に対して前向きに考えれるようになりました。


優しい店員さんがいるカフェとか、カレー店、そういうので何か良い印象がある食べ物に興味を持つようにしています




残念な私...。幼い頃、何か治療が必要だったんじゃないかなと今更ですけど振り返ります。








アニメがきっかけで、最近興味を持ち始めた漫画です。もう原作は完結しているので、出会うのが遅かったです。アニメは最終章の後半が冬から始まるそうでギリギリセーフです。リアルタイムで楽しめそうです。




日常がキツくて、嫌になるときにアニメを観て、何かを誤魔化して過ごします。大変なときにゴールデンカムイを観たので生きる元気がもらえました。戦争とか暴力的なシーンもあって怖いですが、思い出したことがあります。


私の(母方の)祖父はもうだいぶ前に亡くなってしまいましたが、戦時中は満州に行ったと聞きました。私が幼かったときに祖父とお風呂に入って体の傷痕に気がつきました。杉元みたいな何かでこぼこの傷痕で大きなアザが背中と胸に2つ。ずっと消えずに残っていました。私がどうしたの?と聞くと、「戦争で付いた傷や。」とだけ答えてくれました。今思うとあと少し詳細を教えて欲しかったですが口を閉ざしてしまうのでそれ以上は聞けなかったです。

祖父が帰ってきてくれたから今の自分がいます。









そして、私の日常のゴールデンカムイあれこれ







職場によくヘビが出ます。ここ2ヶ月で5匹出ました。怖いですが、建物周辺から追い払わなくてはいけなくて、私は竹箒を持って鯉登少尉くらいの気迫で追い払ってます。全然、流派とか詳しくないですけど、冷静になって追い払うことができるようになりました。鯉登さんのおかげです。

映画を観に行きたかったですが、タイミングが合わず残念でした。





スタンプラリーのキャンペーンがあったけど、岐阜から遠い...。何日要しますか?検討もつかない。




刺青ニンピに見えた美味しい抹茶の蒸しパン。





チタタプに見えた鯵のなめろう丼。






文字がカムイとかウェンカムイに見えてしまう








普通にゆで卵を食べようとしたら白石に見えてきた。








あれ、裁縫道具入れになってるこの箱も!?





影響されやすいタイプなので、気持ちが北海道で満たされ中です。

お盆休み中でのんびり過ごしています。


読書にまつわるテーマのコンテストに応募してまた落選でした。ですけどね、めげませんよ、私は。来年もやったる。そのためにも頑張れることは何個もあります。




こちら、落選した作品です。(B4サイズに断ち切る前)手描きです。アクリル絵の具と色鉛筆です。


青い髪の少年と茶髪の少年、もうちょい色を変えて、区別できる表現にすべきでした。ただどう表現するのが正解かわからない...。



ポイントは...頬袋パンパンのリス🐿️

小脇に抱えてたどんぐりとピーナッツが強い風で飛んでっちゃってます。



日本画教室の先生がおっしゃってました。あっちこっち勉強する人は成長が遅いと...。

そうはおっしゃるけど、やりたいことが次々たくさん出てきます。コミックエッセイだって描きたいしイラストも好き。追求する日本画も好きです。一個に絞れない現状。

私は8年前に体調不良が原因で転職し、次の仕事は順調に年数を重ねて今に至ります。



そこでずっと引っかかっている母のこと。


母は偏見があります。「○○さんの奥さん、きっと非正規雇用よ。」と、よく言います。(←実際はもっと抉る言い方)

私が「非正規雇用の意味、お母さん知ってるの?何がいけないの?」と聞くと

母は「さぁ、知らんけど...。」と言いました。

知らないのに、無責任な発言...。そんなふうに○○さんの奥さんの事を言うのは何なんだ?と思いながらそれ以上問い詰めませんでした。



そして、そのやりとりからしばらくして、私は転職し今の仕事に就きました。私の働き方もまさにそれ。


ですので私の転職については明かさず内緒にしています。言うと母がどういう反応をするかがわかるので言わないように気をつけています。バレてしまうその日まで秘密にしておきます。




母は偏見発言が多い人です。


私が子供の頃、母の言動は普通のことだと疑うこともせず、私のスタンダードとして刷り込まれていきました。

いろいろ経験したり、友人や周りから聞いたりしていくうちに視野が広がってきて、母の言動に違和感を感じて気づくようになりました。ただ気づくのが遅かったです。



多分、母は今年、自動車免許更新の時期です。何かあったらその件で連絡がありそうです。私はその心配をしています。そのせいで、よく母のことをあれこれ思い出してしまいます真顔



毎日暑いです。セミも元気に鳴いています。昨日、こちらは梅雨明けした様です。

絵はなかなか完成しないです。



私が独身だった頃、一人暮らしに憧れていました。家賃や光熱費など生活する上で必要なお金がいくらなのか、自分の収入でやりくりしてみたかったし、自炊して母の過干渉から離れたかったのもあります。


母に一人暮らしがしたいと言うと「20歳になってからね!」と言われて自分が二十歳まで待ち、もう良いかなとまた一人暮らしがしたいと言うと次は「23歳になってから!」次は「25歳になってから!」といくつになってもなぜか一人暮らしのオッケーがもらえませんでした。

私が25歳になったので、約束だし、「25歳になったから、一人暮らしさせて!」としつこく頼みました。18歳の頃から7年も待ったのでかなり粘って抗議していました。それなのに

母が「一人暮らしは結婚してからにしなさい!」と怒ってしまいました。

あまりの剣幕だったので、一人暮らしは諦めました。母が言うなら仕方がない。結婚してからにするかーと、当時の自分は深く考えずそう思っていました。


結婚してしばらくして気付きました。結婚してからの一人暮らしってどうやるんだろうと。

夫と子供がいる身で、どうやって1人暮しが出来るんだー!もうそれは別居では?


ちょっと考えればわかるのに鵜呑みにしてしまった過去の自分が悔やまれます....。真顔



一人暮らしは結婚してからにしなさい!!


なぜ、こんなこと言ったのかは謎。