「聖ちゃん、家が……家がやけてしもうた……」
その声は涙で曇って鼻声になっている。私は不覚にも涙がこぼれた。
「あんたの本なあ、たくさんあったのが出してあげたかったんやけど、出すことが出来なんだ……」
「…………」
没後(2019年6月6日没)、作家の家の片づけを始めた姪たちが見つけた日記。
昭和20年4月から22年3月までの記録です。
冒頭の日記は前日の大阪大空襲を記したもの
六月二日 曇ときどき雨、風加わる
母とのいさかいや、死体の発掘などの平和的な事件の次にこんなにも恐ろしい、終生忘れ得ないような、痛手を与えられた事柄が起ころうとは、誰が一体予知しえたであろうか。
鶴橋から自宅のあった福島区まで、火の海の中を歩く足の悪い筆者。
福島方面とおぼしい方角は真っ赤に燃え、黒煙が天に沖すると描写します。
日記のあとに綿矢りさと梯久美子の感想文があって、
綿矢りさは「亡くなられたあとに見つかった個人の日記だから、読まれると思って書いてないだろうと思うと、罪悪感がわいた」
梯久美子は「日記ではあるが、読み手を意識した文章になっている」
私も断然、こちらだと思います。
梯さんも引用している人物描写は実にうまくて、立派な作品になってます。
いわく「十八歳にして田辺聖子はすでに田辺聖子だった」
楠木建は『室内生活』の中で、「若い世代にこそ戦時下の日記をぜひ読んでもらいたい。平和なときにこそ、戦争の潜在的な危険に対する構えを持たなければならない」と言ってますが、これは読んでおもしろい日記として一級品だと思います。
秋には単行本化されるそうです。
買った日:2021年6月18日
四季報と 一緒に買ったら重かった
読んだ日:2021年6月28日
定価:970円
お読みいただきありがとうございました。