ジュビロ磐田 ナビスコカップ優勝 | 千里の道も一歩から

千里の道も一歩から

2010年。何しようかな・・・。
たまにまとめて更新します。
10月も更新しました(日記より)。

こんばんは。

今日はナビスコカップの決勝戦がありました。

ジュビロ磐田対サンフレッチェ広島。

結果はジュビロが5-3で勝って優勝☆
MVPはジュビロの前田遼一

ジュビロのタイトル獲得は7年ぶり。

ずっとこのチームを見てきた人にとっては長い長い期間だった。

私の小学生低学年の頃からジュビロを応援してきた。

なぜ地元でない静岡のチームを応援してきたのか・・・
たまたま親が応援していたので幼かった私も応援したのが始まりだった。

Jリーグはプロ野球と比較してテレビ放送が少ない。
そのためJリーグを見るために当時はBSの契約をした。

ジュビロはJリーグ開幕に遅れて1994年にJリーグに参戦。

応援し始めた当初はそんない強くなかったが、すぐに頭角を現した。
1997年から始まる黄金時代。

圧倒的な攻撃力を誇り、勝つことが当たり前

数少ないテレビ放送は優勝争いをする上位チームを放送する傾向にあったのでテレビでジュビロの試合を見る機会が多くて嬉しかった。

いろいろなプロスポーツでは一定期間の黄金時代を築くチームがある。
しかしこの当時のジュビロほどの勝率を誇るチームはないのではないか。

Jリークが2ステージ制であり、ここという勝負時に鹿島アントラーズに負けるという残念なこともあったが、当時のジュビロの勝率は異常なほどだった。
(例:2001年ナビスコ杯準優勝、リーグ戦26勝3分1敗もチャンピオンズリーグ敗退;)

毎年ベストイレブン、MVP、得点王・・・ジュビロの選手がずらりと並ぶ。

(この黄金時代に選手がほぼ固定だったことが後の低迷の一因とも言われる;)

トルシエジャパンになった直後の代表候補合宿にはジュビロから12人の選手が選ばれた。
そう「12人」
サッカーは11人でするのに12人もだ。

当時のジュビロは日本人が主体で外国人はスタメンに1人いるかいないか・・・。
他の多くのチームが3人ほどの外国人選手が試合に出場していたことを考えればここも特殊な点だ。

個人的には当時の日本代表スタメンよりジュビロのスタメンで戦った方が強かったのではないかと思う。

なぜなら、いろいろなチームから選手を集めた代表チームよりもジュビロだけの方がコンビネーションなどで優れていると思ったからだ。

こんな黄金時代があったからこそ、2004年からの低迷期は苦しかった。

今日はジュビロは優勝して本当によかった☆

またいつか黄金時代を・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・

今だから思うこと。

みなさんは強いプロスポーツのチームはどのような環境にあることが多いと思いますか。

やはり強固が財務基盤(巨大企業のスポンサー)、そしてファンの多さ・・。

現在いろんなスポーツを見ても強いチームにはこの2つの条件が揃っている場合が多い。

しかしジュビロはそうではなかった。
ホームタウンの磐田市の人口が少ないこともあってファンの数は他チームと比べてもそう多いとは言えない。スポンサー企業も有名大企業だが、三菱や日産、パナソニックなどがバックについているチームもあることを考えれば特別優れているとは言えない。

振り返るとあの黄金時代は「夢の世界」だったようだ。
ただ「勝つことが当たり前」ということにはいろんな意味で影響を受けた。

・・・・・・・

史上初、Jリーグ完全優勝(2002年)


ジュビロ栄光の歴史(ほんの一部だけ抜粋)


ジュビロ黄金期のパスワーク 当時はこんな圧倒的なパスワークがしょっちゅう見れました。
これこそサッカーの理想☆





ジュビロと言えばこの人、ゴン中山! 黄金時代は1997年のゴンゴールから始まった。
Jリーグ昇格時からずっとジュビロを支えた選手。数々のタイトル獲得に貢献した。
コンサドーレに移籍してしまったのは非常に残念だけど、いつか日本代表の監督で見てみたい☆



伝説は永遠に。