衝撃の倉敷から、はや1週間経過
一度で良いから、自分の誕生日の5/15に行われるライヴに参加したかった
去年はちょうど広島で、迷ったけど仕事の都合と金銭面で断念した(薄給の派遣で国立大の事務してたし)
坂崎氏が誕生日を迎えると、『あと1ヶ月後には、自分も一つ歳をとるんだー』と毎年思う
中学1年になって、すぐお三方を知った(坂崎氏に一目惚れ~)
自分には彼らと同年代の兄貴が2人いる
長男兄はお三方より1つ年上で物心ついた時には、フォーククルセダースの『帰ってきた酔っ払い』ばかり聴いていた
長男兄は反戦フォーク支持派で、高田渡氏とも交流があった
その下の兄と私は丁度一回り違い、長男兄とは正反対の吉田拓郎オンリーだった
京都に移り住み、仕事の傍ら音楽活動をしていた(らしい)
たまに帰省すると、夜通し吉田拓郎オンパレードライヴが始まる
ハーモニカはうるさいし、ギターしゃかしゃか
そんな中で幼少期を過ごしてきたので、出逢ったALFEEに懐かしさを感じた
マセガキだったのもある
当時の高見沢氏は、明学8年生で授業料を納め在籍していただけ
『ANN2部』や『ほとんど冗談』等はシモネタにも積極的に参加していたが、どこか繊細な部分が感じられた
当時、NHKの『午後のロータリー』というラジオ番組を持っていて、それがクソ真面目で暗いのなんのって
『メリーアン』がヒットした時、凄く複雑な気分だった
クラスメートからは『凄いね!見る目あるのね』とか言われた
また、ファンクラブに入会したいからと、誰から聞いてやってくるのか、ウチに沢山人が来て『推薦状を書いてくれ』と頼みにくる
(当時は会員の推薦が必要で、自分も推薦してくれる人を探し、マメに文通して推薦入会できた)
すぐには推薦状なんて書けないから、どれだけの熱意があってどのように応援したいのか…などを文通なり会話なりで聞き取り、推薦
あんだけ推薦したのに、今は誰一人残っていないって…
倉敷のライヴの翌日、偶然駅ホームで逢った時
ふと、『午後のロータリー』のイメージが甦った
彼は体育会系なのに心は繊細
『メリーアン』のあと、かなりのプレッシャーで胃を壊し激ヤセした姿は痛々しかった
桜井氏はとても気配り上手な人
ご贔屓の坂崎氏は誰にでも人当たりが良すぎて、本当はどんな人なのか掴みどころがない…って、ここ数年感じ始めた
名古屋ファイナルまでお預けかぁぁ(辛)