昔私の父親が弓を始める時に、曾祖父が注意したことが二つある。

「弓術の本を読んではいけない。
絶対に人の技を批判してはいけない。」この二つです。

「弓術の本を読んではいけない」というのは、一つには迷いを生じるからです。 

例えば「私の先生はこう言っているが、外の先生はこう言っている。
全然、違う。
どっちがいいのかな? 
では両方の良さそうなところを取って・・・」。

これが

一番上達しない人の見本です。
年間自殺者数 
1995年  21 420
2000年  30 251
2010年 31 690人
 87人/日
人工妊娠中絶数および不妊手術数
1980 598,084
1985 550,127
1990 456,797
1995 343,024
2000 341,146
2005 289,127
2010 212,665 
 582人/日

カナダ 2005 96,815
ドイツ 2006 119,710
イタリア 2003 124,118
英国 2001 197,913
フランス 2004 209,907
日本 2006 276,352
ロシア 2006 1,582,398

交通事故死者数(人)
1995  10,679
2000   9,066
2005   6,871
2010   4,863  
 13人/日


 婚姻件数   離婚件数
1980  774 702   141 689
1985  735 850   166 640
1990  722 138   157 608
1995  791 888   199 016
2000  798 138   264 246
2005  714 265   261 917
2010  700 214   251 378
2011  670 000   235 000
1日 1835件 643件
▼日本人男性
・レイプ発生率世界最少
・DV発生率世界最少
・休暇日数世界最小
・既婚者の昼食代(平均500円)、1ヶ月の小遣い(平均2万円)世界最小
・余暇、自由時間世界最小
・労働時間世界最大
・年間自殺者数(約3万)世界有数

▼日本人女性
・テレビ視聴時間世界一
・化粧品使用量世界一
・無駄遣い世界一
・余暇、自由時間世界一
・無職(専業主婦、家事手伝い)の人数世界一
・売春婦(援助交際、AV女優、風俗嬢、水商売、出会い系サイト)の人数世界一
・年間中絶件数(約30万)世界有数
「ごめん」→謝るなら最初からしなければいいのに。

「寂しかったから」→寂しいと他の男に股を開くんですね。

「好きなのは貴方だけ」→好きでもない男に股をry

「もう二度としないから」→今後するしないでなく今したことが問題なんですが。

「別れるのだけはいや」→このまま続けるのだけはいやです。

「ひとりにしないで」→ばかだなー、お前には間男がいるじゃないかー(笑顔で

「じゃあ死ぬ」→そこまで想ってる人がいるのに浮気できるんだーすごいねー。
“

王は世界にいくらいても許されるが、皇帝は世界でひとりしか許されない そのため
人類は2000年以上、たったひとりの皇帝の正当な地位を得るために戦争を繰り返してきた
十字軍遠征、モンゴルの長征、、、、、、、、
ところが、皮肉にも、最期に勝ち残ったのは、ローマ帝国皇帝でもモンゴル帝国皇帝でもなく、日本の天皇陛下だった
そう、現時点において、現存する世界で唯一かつ最古の皇帝が、天皇陛下なのだ。

これがどれだけすごいことか、外国人はわかっていても、当の日本人はまったく
知らない
ローマ法王とエリザベス女王は、天皇陛下と同席するときは上座を譲る慣例になっている
世界中どこに行っても、相手の元首を呼びつけるローマ法王が、日本に来たときだけ
自ら天皇陛下のところに足を運び、日本語で挨拶と演説をされた。
”
—

eddy tumblr

昭和天皇の崩御のときに、この辺は思い知りましたよね、われわれ。

参列の順番とか、英語での表記とか。
自殺・心中の直接の原因は、『寝不足からくる精神疲労』だ。

これは、自分でも気が付かないうちに、取り付かれる。
次第に、強迫観念や杞憂やネガティブ思考になる。
それに自分でも気が付かず、『こう考えるのは当然だ』と思って見過ごす。
そして次第にノイローゼ気味になる。

これに対抗するには、
①早寝早起き ②食事は3度食べる ③運動をする ④柔軟体操をする
⑤神仏を尊ぶ ⑥勉強を欠かさない ⑦目標を持つ ⑧譲歩する
⑨酒タバコを呑まない ⑩パチンコギャンブルはしない

50億円の借金を抱えて、気にせず元気に生きている経営者を知っている。

地上げが、心中事件を起こしたのではない。
それは一つの要因に過ぎない。
もっと些細なことでも、人は自殺する。
疲れて、寝不足になるから、欝になって自殺するのだ。

くよくよ悩む暇があったら、、飯食って、糞して寝ればいいのだ。
明日は明日の風が吹くのだ。
”
—

自殺・心中の直接の原因は、『寝不足からくる精神疲労』だ。 - チラシの裏は真空パック (via 908908)

そうか「わけわかんねぇこと言ってねぇでクソして寝ろ」は最強の「生きろ」なんだな
大学のとき、ゼミで化粧について研究してる子がいた。
完全すっぴん、ファンデだけ、眉と唇だけ、チークだけ、みたいな感じで
すっぴんからばっちりフルメイクまでのいろんなタイプの化粧を写真にし、
それを被験者に見せて「もっとも好感がもてる顔は?」「一番化粧が濃いと
感じる顔は?」みたいなアンケートをとっていくという手法で、性別や年代に
よってどういうふうに化粧のとらえかたが違うか、みたいなことをやっていた。
その結果、男性は「すっぴんで眉と唇だけに濃い色をのせた」メイクを
「一番化粧が濃い」と感じることがわかった。ファンデ2色使いしてアイシャドウ
3色グラデーションかけてリップペンシルで唇の輪郭しっかりとってても
使ってる色が淡ければ「薄い」もしくは「素顔?」と感じるらしい。
けっこう化粧に凝るタイプだったその子は「うわぁ男って全然化粧気づいてねえ!orz」と
落ち込んでいた。”
— 昔やってた間違った化粧やオサレ Part15
アメリカで飲み会した時

アメリカ人 ABC 「ビール! ビール!」
アメリカ人 DEF 「ワイン! サケ! コーラ!」
日本人ABC 「取りあえずビール」
アメリカ人 G 「俺ミネラルウォーター。 モルモンだから酒飲まない。」
俺 「俺ココア」
日本人ABC 「最初くらいビールにしろよ・・・」

ビール来る
アメリカ人 ABC 「ビール来た-! ビールの人乾杯-! フオォォォ!」
日本人ABC 「何あいつら先に飲んでるんだよ・・・ やっぱアメ人空気読めないよな (ヒソヒソ」
アメリカ人 DEF 「ワインと酒キター! みんな乾杯-! フゥゥゥゥ!」
俺 「ココアうめえwwww」
水来る
アメリカ人 「水キター! アル中どもに乾杯フォォォー!」
アメリカ人 ABC 「水の奴! フオォォォ!」
アメリカ人 「コーラ来たwww コーラの奴に乾杯フウーーーー!!」
俺 「あ、スプライト下さい」
アメリカ人 「みんなそろったかぁ~! もう一回乾杯フウォォォォ~!」
店員 「スプライトどうぞ」
俺 「スプライトうめえwwww」
アメリカ人 「お前まだだったの? お前に乾杯フウゥゥゥー!!!」
俺 「スプライト フゥーーー!」

日本の飲み会より何か気使わないで良くて楽だった

299 名無しさん@涙目です。(福岡県) :2011/12/06(火) 23:41:17.17 ID:9CP0bxWr0
»274
コレはガチであるwww
でも外人って酔ったら腕相撲始めるのはなんでなん?
俺の周りだけだったのかな?

358 名無しさん@涙目です。(宮城県) :2011/12/06(火) 23:52:32.43 ID:/tCDREg70
»299
え、お前酒のんで腕相撲しないの?www
マジでジャップきめえな
”
— 俺「みんなビールでいいよな!」 バカ「カシスオ」 俺「はいお前帰れ」 バカ「」
タモリ「もの凄い熱い風呂に我慢して500くらいまで数えるまで入るんだよ」
ユースケ「凄い長めにね」
東野「汗一杯」
タモリ「もう汗一杯出て、それで、パジャマ着て、色んな物着るんだよ。 トレーナーとかどてらとか」
ふかわ「お風呂入りながら着るんですか?」
東野「違う」
「(笑)」観客
タモリ「お前(慶応大学は)裏口だろう?」
「(笑)」観客
ユースケ「かなり金かかってますね」
タモリ「上がって、それでもう布団に入る(前)熱い酒飲んで」
ユースケ「熱い酒を飲む」
タモリ「ヒレ酒が良いな」
ユースケ「熱燗を?」
タモリ「うん熱燗。ず~と寝る。寝ると汗びっしょりかく。それでもず~と寝てる。 夜中ふっと目が覚めるんで全部着替えてもういっぺんお風呂に入ってそれでパジャマ」
ユースケ「もういっぺんお風呂に、同じ子とやるんですか?」
タモリ「いや、今度は普通に」
ユースケ「普通に入って」
タモリ「汗を流してパジャマで寝ると大体熱は、」
ユースケ「退くんですか?」
タモリ「うん、俺は退く」”
—

タモリの風邪の直し方

今年1月、「婦人公論」という中央公論新社の女性誌で、和田アキ子という歌手のインタビューが4ページにわたって掲載されていた。私は女性誌も読むのです、面白いから。健康雑誌やファッション誌だって読みます。ときどき家内が買ってくるネイルエナメルや美容、コスメ関連の専門誌も読みます。こちらはあんまり読むとこないけど。

 婦人公論での和田アキ子の扱いはかなり大きく、ちょうどそのころ彼女が『おとなの叱り方』という新書を出版したので、その宣伝(マスコミ業界ではこれを提灯記事と言います。提灯は“持ち上げて”使うものだから)だろうと思っていたら、版元はPHP研究所。他社が出した本を大々的に宣伝するのも妙な話だけれど、これもマスコミではよくあること。

 ちなみに、中央公論新社は、かつては中央公論社という老舗中の老舗出版社でした。経営上の行き詰まりから読売新聞社の傘下に加わり、社名を中央公論“新”社と改めています。「アエラ」や「サンデー毎日」のように、新聞社が発行する週刊誌を私たちは“新聞社系週刊誌”と呼びますが、それと同じように、読売新聞社の傘下に加わった中央公論新社は“新聞社系出版社”となり、親会社の意向を色濃く反映する出版社となったわけです。とりわけ、あのプロ野球チームを批判するような記事や単行本はリストから消えたと聞いています。参考までに。

 ちなみに、PHP研究所という出版社は、新潮社が出した『国家の品格』というミリオンセラーのタイトルをパクって『女性の品格』という新書を出したところ、それが本家をしのぐほど売れたことに気をよくし、勢いづいて“品格”シリーズの連続刊行を決めた出版社です。そのため、著者の坂東眞理子はあちこちのメディアで叩かれています。参考までに。

 ちなみに、このコラムの第1回めに“アサヒる”という表現を用いたところ、他社を揶揄するのはコラムの格を落とすのではないか、というコメントを頂戴したので、今回はベールに包むことなくダイレクトに揶揄してみました。いかがですか。参考までに。

 こういう書き出しではじめると、勘のいいデキる方々は私は何を書こうとしているか、おおよその見当がつくと思うので――、そうですよ、私はこれから和田アキ子とその著書『おとなの叱り方』について言及するつもりなのです。叩く気はないですけどね。

 そこで、あらかじめ誤解のないように言っておこう。

 和田アキ子という歌手を、私は本当に歌のうまい歌手だと思っていることだ。彼女は本当に歌がうまい。紅白のトリを務めたことにだって何ら異議を挟むことをしない。大物と呼ばれてしかるべき存在だとも思う。

 書いている本人がそう言っているのだからこれに嘘偽りはなく、アイドルになんか目もくれず、小学生のうちからブルース・スプリングスティーンやエアロスミスを聴いて育ったくせに、密かに彼女のベストCDを持っているほどだ。名曲も多い。特に「あの鐘を鳴らすのはあなた」なんて曲をじっくり聴こうものなら、知らず知らず涙腺がゆるんでいる自分に気づいたりする。歌だけで私を泣かせた歌手は、和田アキ子とエディット・ピアフだけだ。あるでしょ、そういうことって。

 だが、ご存知のように、彼女は自分の冠番組も持っている。

 業界のご意見番的な役割も果たし、シメたるとか、どやしたるといった、とても品格シリーズを刊行する出版社から本を出したとは思えない発言を多用し、業界の強面としても知られている。商売もお上手なうえにたいへんな策略家の一面も覗かせ、ときどき番組内で自分がプロデュースしたお店を紹介したり、土曜のラジオ番組ではいかにも意味深長な発言を怠らないから、それを聴いた芸能記者が“アッコ、××に激怒”といった記事を翌日のスポーツ紙に書き、その記事を読んだ読者はさらに詳しい話が昼からの生番組で聞けるのではないかとチャンネルをまわし、結果、うまい具合に視聴率を稼ぐという“企業努力”も惜しまない。私などは見習わなくてはならないマキアヴェリストぶりを発揮しているのである。

 私は、歌手としての和田アキ子は尊敬に値する人だと思っているのだが、冠番組の司会者としての挙措振る舞いだけはどうにも馴染めず、むしろ苦々しく感じているのだ。あの女ボス的な芸風にもちょっと食傷気味だ。歌を歌っているぶんには本当に素敵な人だと思うし、本当はとても可愛らしい女性らしいんですけどね。

 その和田アキ子が『おとなの叱り方』という本を出した。

 いま書いたように、若手芸人などをドツく役割を演じているので、彼女なら叱責に関するハウツー本を書くにふさわしいと版元は判断したのだろうし、それらしきことも本書の中に書かれている。原稿を書いたのは絶対に和田アキ子本人じゃないけど。これは間違いなくプロのゴーストライターが書いてます。文章がまとまりすぎているからです。もし、和田アキ子本人がすべて自分で書いていたとしたら、彼女の文才には目を見張るものがあります――、と、歌手としての和田アキ子は尊敬しているが、女ボス的芸風には食傷気味だというプロのライターは語る。

 誰がゴーストしたかはさておき、本書の内容はというと、なかなか面白いですよ。和田アキ子の語り口調もテレビやラジオと違って穏やか。読みごたえはどうかと訊かれたら口を噤むしかないけれど、なるほどと思われるような訓話やエピソードがふんだんにちりばめられていて、新書にまとめるだけの意義はあったかもしれない。

 ただ、読み終えたときの印象は、むかしは爺ちゃん婆ちゃんにさんざん説教され、お灸を据えられたようなことを、いまでは本にしないと受け継がれない時代になったのだな、というものだった。同じようなことは、和田アキ子も本編で書いている。いまは叱ってくれる人がいなくなったと。だから私はきっちり叱れる大人になりたいとも。書いたのは絶対に和田アキ子本人ではないが。

 本書はそのタイトルが示すとおり、大人の叱り方についてのノウハウを綴っているのだが、書いたのは和田アキ子本人ではないとはいえ(いい加減くどいね、もうやめよう)、叱り方の難しさについては、間違いなく和田アキ子が本書で訴えているとおりだ。

 そうなのだ。叱り方は難しい。
 そして、叱られ方も難しい。

 私が駆け出し時代のころからつきあいのある作家がいる。私の大師匠筋にあたる人のもとで修業した時期もある方なので、兄弟子と言っても嘘ではない。とても優れたノンフィクションを書くので、もちろん尊敬はしているが、顔をあわせるたびに私を叱った方でもある。40歳を過ぎた私を、お前、と呼ぶのはこの人だけだ。いまも文筆活動は続けているが、他方では東京都の副知事も務めている。

 私があるノンフィクション賞をもらったとき、授賞式の二次会にこの人も駆けつけてくれて、私は絶対にお小言をいただくに違いないから、極力彼の席からは死角になるように離れて座っていたのだけれど、ちょっと来い、と呼ばれて隣りに座ると、案の定というか、そこでまた長々とお説教を食らったという経験がある。そのときの主役は私だったんだけど。

 「こいつはさ、器用なんだか不器用なんだかわかんないんだよ。ちょっと叱ると、俺が弾を撃つほうへ撃つほうへと逃げるんだ。もう撃ってくれと言わんばかりなんだよな」
こんなふうに言われた。これはいまも語り草。

 だが、もちろん励ましの意味を込めた叱責ばかりだった。端っこを歩くな、道は真ん中を歩け、王道を往け、と彼は言った。道とは、私たちが書くテーマやネタのことだ。

 「お前はな、どうしても道端に咲く草花に目がいってしまう傾向がある。それは偉くなってからやれ。市井の人々に目を向けるのは、まずはでっかい山を制覇してからだ。そうすれば好きなことを書けるようになる。書きたいことを書くのは、それからでいい」

 はい、はい、と恐縮な面持ちで返事をしておきながら、結果的に私は彼の教えに背くことばっかりしている。政治や国家の行方といったテーマはデキるジャーナリストにお任せし、道端に咲くタンポポの美しさに見とれるような原稿ばかり書いてきた。だからいつも叱られるのだ。

 私は、彼が弾を撃つほうへ撃つほうへとばかり逃げて、叱られるたびに蜂の巣状態の満身創痍で息も絶え絶えになっていたが、しかし、彼はいつも最後の一発だけは引き金をひくことをしなかった。銃倉に最後の一発を残すことで、彼は叱られている人間の“逃げ道”もひとつ残しておいてくれたのである。

 それを釈明の余地と取ってもいいし、言いわけと受け止めてもいいが、彼が残した逃げ道は、私だって失敗しようと思って失敗したわけじゃない、というプライドや自信にかかわる部分だった。

 彼は、こてんぱんに叱ったあと、私に意見を言わせる。お前はどういうつもりで取材に行ったのかとか、俺の話を聞いてどう思うのかとか。私は怖ず怖ずと口を開く。とりあえず思ったことを口にすると、ほお、それで、と先を促す。私はびくびくしながらその続きを言う。彼は腕組みなどしながら、最後まで私に喋らせる。とにかく喋らせる。

 「お前、本当にそう思ってんのか」
 「はぁ、まぁ一応は……」
 「本当にいま言ったとおりかと訊いてんだ」
 「はい、思ってます」

 そして、しばしの沈黙。気持ちはもう直立不動だ。10秒足らずにすぎないその時間が、私には永劫の闇のように長く感じられる。沈黙を破るのは、彼の舌打ちだ。

 「そこまでわかってんなら最初っからそうすりゃいいだけの話じゃないか。いいか、二度と同じヘマはするなよ」

 彼は、わかったのか、とは言わない。

 人の話を聞いているのか、とも言わない。わかっていながらヘマをするような真似をするな、と私のそこそこの実力を認めたうえで叱るのだ。おそらくは、私以外の人を叱るときもそうなのだろう。訊くところによると、彼に叱られた経験のない人はいないという話だから。

 しかし、叱ることと本人の実力を認めることは対の関係にあることを諭しながら、彼は人を叱る。そういう人なのだ。テレビで見ると強面に映るが、根は相当なロマンティストなのだろうと私は思っている。でなければ、あんな文章は書けない。彼の作品は素敵ですよ、特に初期作品は非常にロマンティックな視点で描かれています。こういうことを書いてしまうから私はまた怒られるのだ。

 最近はめったにお会いすることもなくなり、たまにパーティー会場などで会っても、挨拶だけ済ますと、お小言をいただく前に退散するようにしている。

 だが、彼のように、叱るときは逃げ道を用意してやらなければ、叱られるほうは堪ったもんじゃない。ねちねちと陰険なことばかり並べ立てられて、おまけに人格まで否定されるようなことまで言われて、ほんのわずかな自信まで握りつぶされたりでもするようなことがあれば、ただへこたれるだけだ。そこには何のプラスもない。やってやろうじゃないか、という気概も芽生えない。相手が足腰立てなくなるまで痛めつけてどうするよ。

 もっとも質が悪いのは、憂さ晴らしやストレス発散で人を叱るような人だ。でも、いるんだろうな、こういう人って。優位な立場から人の失敗をあげつらい、批難して、嬲ることに快感を見出す人。そういう人は、自分が周囲からどんなふうに見られているか、思われているかにまで考えがまわらないのだろう。人を叱りつけて、ただ快感に浸っているだけだ。

 人を批判することしかできない人は、とても悲しいと思う。もしかしたら、これを読んでいる読者の中にも、人の書いた文章を批判してストレスを発散したり、日頃の憂さ晴らしをしている人もいるのかも。いやいや、まさか。ねえ。

 叱り方は難しい。
 逃げ道を用意してやる叱り方は、もっと難しい。

 叱り方のうまい人は、きっとデキる人間だ。人生は毀誉褒貶にあふれ、山のように積み上げられた“毀”と“貶”に落ち込みはしても、米粒くらいの“誉”と“褒”に救われることも多いからだ。その意味をわかっている人が、おそらく、叱りながらも部下や後輩の実力を引き出しているのだと思う。

 叱られているときは、この野郎、言いたい放題言いやがって、いつか絶対ブン殴ってやる、と頭の中で思うかもしれないが(私はそんなこと考えたこともありませんでしたよ、念のため。それに、暴力も反対です)、デキる子ならば、いずれ、何故あのときに叱られたのか、その理由に気づく。それが成長の証だ。何年経っても気づかないやつは、ずっと怒られ続けるしかない。私のように。
若い読者は肝に銘じておくといい。人を叱るという行為は、その人を見る試金石となっていることを。そして、叱られながら、あなたは試されているのだということを。

 私がまだ駆け出しもいいころ、大師匠筋にあたる人に、最初の最初にこう言われた。

 「俺がお前を怒鳴りつけて、ここから蹴落としたとするだろ。そうすると、お前は階段の踊り場まで転げ落ちて大怪我をするかもしれない。けどな、腕の骨を折ろうが脚を折ろうがだ、口の端から血をだらだら流しながらも、歯を食いしばって、這ってでも階段を昇ってくるようなやつじゃなきゃ、この世界じゃ生き残れんぞ。それがプロになるということだ」

 私は何度も精神的に階段から突き落とされた。

 だが、何度も何度も突き落とされていると、そのうち受け身を覚えて怪我をしなくなり、踊り場まで転げ落ちずに、階段の二、三段目くらいで引っかかって止まるコツを覚える。すると、懲りないやつだな、と苦笑しながら相手は手を差し出してくれる。仕事上の信頼は、こんなふうに生まれるのだ。

 何度失敗したっていい。そのために何度叱られたり怒鳴りつけられたっていい。あなたを叱る人が趣味で人を叱るようなやつじゃなければ、その人の叱責の中には、きっとあなたの原石を磨く言葉が込められているはずだ。

 あるいは、早く自分の能力に気づけ、といったシグナルがそこには含まれているかもしれない。叱責の中から、あなたはそのシグナルを解読すればいいだけだ。

 鈍重な私は、何度も何度も何度も何度も叱られて、ようやくここまできた。自慢できるほどの地位を築いたわけじゃないですけどね、ただ書くことに20年しがみついてきただけだから。もしかしたら先輩たちや編集者に、見捨てないで、としがみついてきただけかもしれないし。

 それでも40代も半ばになりかけて、経験だけは豊富になると、いまここで私がしなければならないことが自ずとわかってくる。お礼参り……、ではない。いままで叱られてきたぶんに熨斗をつけて後輩を叱りつけること……、でもない。ときには後輩を諌めなければならないこともあるが、私がすべきことは恩返しだ。

 あなたにも同じことが言える。あなたが成長すれば、それに勝る恩返しはないのです。恩返しに年齢制限も上限もありませんよ。いくつになったって恩返しはできます。親孝行と同じです。

 私をずっと叱り続けてきた先輩は、私が賞をもらったときや初めての単行本が出たとき、泣いてくれました。よかったなぁ、お前、よくやったなぁと。人前で涙を見せることなどなかったような人が、です。最初は驚き、気づけば私も思わず号泣。周囲の目もはばからず、大の大人が二人して号泣。ですが、私は、それくらいで恩返しができたとは思っていません。この人にはまだまだ叱られなくては、と思ったくらいです。

 だから、いい年をして、私はまだ先輩に叱られています。

 そうなのです。この年になって私がまだ叱られているのは、わざとなんです。なんてね。

 先輩や上司にいつも叱られているきみ、くじけるなよ。

*   *   *

 和田アキ子の『おとなの叱り方』を読んで、ずっと気になっていることを最後に。

 彼女は17歳でスカウトされるまで、地元の大阪では“ミナミのアコ”と呼ばれる不良だった。これはけっこう有名な話。そんな彼女は、厳格な家庭に育ったらしい。

 父親も厳しい人で、親子なのに敬語で接するのは当たり前。返事が遅ければ怒鳴られ、何か粗相があれば容赦なく手が出る人だったという。彼女は本書で、甘やかすばかりで子供を叱る親がいなくなったと嘆いている。だから彼女は駄目な親に成り代わって子供を叱り、その親も叱るのだそうだ。

 そこで私の疑問。厳格な家庭に育ち、親にさんざん叱られて育ったはずの和田アキ子は、何故、その親を泣かせるような不良になってしまったのか――?

 あまり厳しく躾すぎると子供は不良になってしまうのでご用心、ということを言いたいのかもしれないが、残念ながらそのあたりの経緯は『おとなの叱り方』で触れられていない。ついでながら言わせてもらえば、叱り方の極意や躾の必要性、マナーやエチケットの大切さを説いているはずのご本人は、何故、公共の電波で他人を“お前”とか“こいつ”呼ばわりできるのだろう。

 その品格に欠ける行為を叱れる大人がテレビ業界にはいないってことなんでしょうか。
 それとも、大物になればどんな言動も許されるということなんでしょうか。
 実るほど、頭を垂れる稲穂かな。
 やっぱり、この人には歌だけ歌っててほしいと思う私です。