今年1月、「婦人公論」という中央公論新社の女性誌で、和田アキ子という歌手のインタビューが4ページにわたって掲載されていた。私は女性誌も読むのです、面白いから。健康雑誌やファッション誌だって読みます。ときどき家内が買ってくるネイルエナメルや美容、コスメ関連の専門誌も読みます。こちらはあんまり読むとこないけど。
婦人公論での和田アキ子の扱いはかなり大きく、ちょうどそのころ彼女が『おとなの叱り方』という新書を出版したので、その宣伝(マスコミ業界ではこれを提灯記事と言います。提灯は“持ち上げて”使うものだから)だろうと思っていたら、版元はPHP研究所。他社が出した本を大々的に宣伝するのも妙な話だけれど、これもマスコミではよくあること。
ちなみに、中央公論新社は、かつては中央公論社という老舗中の老舗出版社でした。経営上の行き詰まりから読売新聞社の傘下に加わり、社名を中央公論“新”社と改めています。「アエラ」や「サンデー毎日」のように、新聞社が発行する週刊誌を私たちは“新聞社系週刊誌”と呼びますが、それと同じように、読売新聞社の傘下に加わった中央公論新社は“新聞社系出版社”となり、親会社の意向を色濃く反映する出版社となったわけです。とりわけ、あのプロ野球チームを批判するような記事や単行本はリストから消えたと聞いています。参考までに。
ちなみに、PHP研究所という出版社は、新潮社が出した『国家の品格』というミリオンセラーのタイトルをパクって『女性の品格』という新書を出したところ、それが本家をしのぐほど売れたことに気をよくし、勢いづいて“品格”シリーズの連続刊行を決めた出版社です。そのため、著者の坂東眞理子はあちこちのメディアで叩かれています。参考までに。
ちなみに、このコラムの第1回めに“アサヒる”という表現を用いたところ、他社を揶揄するのはコラムの格を落とすのではないか、というコメントを頂戴したので、今回はベールに包むことなくダイレクトに揶揄してみました。いかがですか。参考までに。
こういう書き出しではじめると、勘のいいデキる方々は私は何を書こうとしているか、おおよその見当がつくと思うので――、そうですよ、私はこれから和田アキ子とその著書『おとなの叱り方』について言及するつもりなのです。叩く気はないですけどね。
そこで、あらかじめ誤解のないように言っておこう。
和田アキ子という歌手を、私は本当に歌のうまい歌手だと思っていることだ。彼女は本当に歌がうまい。紅白のトリを務めたことにだって何ら異議を挟むことをしない。大物と呼ばれてしかるべき存在だとも思う。
書いている本人がそう言っているのだからこれに嘘偽りはなく、アイドルになんか目もくれず、小学生のうちからブルース・スプリングスティーンやエアロスミスを聴いて育ったくせに、密かに彼女のベストCDを持っているほどだ。名曲も多い。特に「あの鐘を鳴らすのはあなた」なんて曲をじっくり聴こうものなら、知らず知らず涙腺がゆるんでいる自分に気づいたりする。歌だけで私を泣かせた歌手は、和田アキ子とエディット・ピアフだけだ。あるでしょ、そういうことって。
だが、ご存知のように、彼女は自分の冠番組も持っている。
業界のご意見番的な役割も果たし、シメたるとか、どやしたるといった、とても品格シリーズを刊行する出版社から本を出したとは思えない発言を多用し、業界の強面としても知られている。商売もお上手なうえにたいへんな策略家の一面も覗かせ、ときどき番組内で自分がプロデュースしたお店を紹介したり、土曜のラジオ番組ではいかにも意味深長な発言を怠らないから、それを聴いた芸能記者が“アッコ、××に激怒”といった記事を翌日のスポーツ紙に書き、その記事を読んだ読者はさらに詳しい話が昼からの生番組で聞けるのではないかとチャンネルをまわし、結果、うまい具合に視聴率を稼ぐという“企業努力”も惜しまない。私などは見習わなくてはならないマキアヴェリストぶりを発揮しているのである。
私は、歌手としての和田アキ子は尊敬に値する人だと思っているのだが、冠番組の司会者としての挙措振る舞いだけはどうにも馴染めず、むしろ苦々しく感じているのだ。あの女ボス的な芸風にもちょっと食傷気味だ。歌を歌っているぶんには本当に素敵な人だと思うし、本当はとても可愛らしい女性らしいんですけどね。
その和田アキ子が『おとなの叱り方』という本を出した。
いま書いたように、若手芸人などをドツく役割を演じているので、彼女なら叱責に関するハウツー本を書くにふさわしいと版元は判断したのだろうし、それらしきことも本書の中に書かれている。原稿を書いたのは絶対に和田アキ子本人じゃないけど。これは間違いなくプロのゴーストライターが書いてます。文章がまとまりすぎているからです。もし、和田アキ子本人がすべて自分で書いていたとしたら、彼女の文才には目を見張るものがあります――、と、歌手としての和田アキ子は尊敬しているが、女ボス的芸風には食傷気味だというプロのライターは語る。
誰がゴーストしたかはさておき、本書の内容はというと、なかなか面白いですよ。和田アキ子の語り口調もテレビやラジオと違って穏やか。読みごたえはどうかと訊かれたら口を噤むしかないけれど、なるほどと思われるような訓話やエピソードがふんだんにちりばめられていて、新書にまとめるだけの意義はあったかもしれない。
ただ、読み終えたときの印象は、むかしは爺ちゃん婆ちゃんにさんざん説教され、お灸を据えられたようなことを、いまでは本にしないと受け継がれない時代になったのだな、というものだった。同じようなことは、和田アキ子も本編で書いている。いまは叱ってくれる人がいなくなったと。だから私はきっちり叱れる大人になりたいとも。書いたのは絶対に和田アキ子本人ではないが。
本書はそのタイトルが示すとおり、大人の叱り方についてのノウハウを綴っているのだが、書いたのは和田アキ子本人ではないとはいえ(いい加減くどいね、もうやめよう)、叱り方の難しさについては、間違いなく和田アキ子が本書で訴えているとおりだ。
そうなのだ。叱り方は難しい。
そして、叱られ方も難しい。
私が駆け出し時代のころからつきあいのある作家がいる。私の大師匠筋にあたる人のもとで修業した時期もある方なので、兄弟子と言っても嘘ではない。とても優れたノンフィクションを書くので、もちろん尊敬はしているが、顔をあわせるたびに私を叱った方でもある。40歳を過ぎた私を、お前、と呼ぶのはこの人だけだ。いまも文筆活動は続けているが、他方では東京都の副知事も務めている。
私があるノンフィクション賞をもらったとき、授賞式の二次会にこの人も駆けつけてくれて、私は絶対にお小言をいただくに違いないから、極力彼の席からは死角になるように離れて座っていたのだけれど、ちょっと来い、と呼ばれて隣りに座ると、案の定というか、そこでまた長々とお説教を食らったという経験がある。そのときの主役は私だったんだけど。
「こいつはさ、器用なんだか不器用なんだかわかんないんだよ。ちょっと叱ると、俺が弾を撃つほうへ撃つほうへと逃げるんだ。もう撃ってくれと言わんばかりなんだよな」
こんなふうに言われた。これはいまも語り草。
だが、もちろん励ましの意味を込めた叱責ばかりだった。端っこを歩くな、道は真ん中を歩け、王道を往け、と彼は言った。道とは、私たちが書くテーマやネタのことだ。
「お前はな、どうしても道端に咲く草花に目がいってしまう傾向がある。それは偉くなってからやれ。市井の人々に目を向けるのは、まずはでっかい山を制覇してからだ。そうすれば好きなことを書けるようになる。書きたいことを書くのは、それからでいい」
はい、はい、と恐縮な面持ちで返事をしておきながら、結果的に私は彼の教えに背くことばっかりしている。政治や国家の行方といったテーマはデキるジャーナリストにお任せし、道端に咲くタンポポの美しさに見とれるような原稿ばかり書いてきた。だからいつも叱られるのだ。
私は、彼が弾を撃つほうへ撃つほうへとばかり逃げて、叱られるたびに蜂の巣状態の満身創痍で息も絶え絶えになっていたが、しかし、彼はいつも最後の一発だけは引き金をひくことをしなかった。銃倉に最後の一発を残すことで、彼は叱られている人間の“逃げ道”もひとつ残しておいてくれたのである。
それを釈明の余地と取ってもいいし、言いわけと受け止めてもいいが、彼が残した逃げ道は、私だって失敗しようと思って失敗したわけじゃない、というプライドや自信にかかわる部分だった。
彼は、こてんぱんに叱ったあと、私に意見を言わせる。お前はどういうつもりで取材に行ったのかとか、俺の話を聞いてどう思うのかとか。私は怖ず怖ずと口を開く。とりあえず思ったことを口にすると、ほお、それで、と先を促す。私はびくびくしながらその続きを言う。彼は腕組みなどしながら、最後まで私に喋らせる。とにかく喋らせる。
「お前、本当にそう思ってんのか」
「はぁ、まぁ一応は……」
「本当にいま言ったとおりかと訊いてんだ」
「はい、思ってます」
そして、しばしの沈黙。気持ちはもう直立不動だ。10秒足らずにすぎないその時間が、私には永劫の闇のように長く感じられる。沈黙を破るのは、彼の舌打ちだ。
「そこまでわかってんなら最初っからそうすりゃいいだけの話じゃないか。いいか、二度と同じヘマはするなよ」
彼は、わかったのか、とは言わない。
人の話を聞いているのか、とも言わない。わかっていながらヘマをするような真似をするな、と私のそこそこの実力を認めたうえで叱るのだ。おそらくは、私以外の人を叱るときもそうなのだろう。訊くところによると、彼に叱られた経験のない人はいないという話だから。
しかし、叱ることと本人の実力を認めることは対の関係にあることを諭しながら、彼は人を叱る。そういう人なのだ。テレビで見ると強面に映るが、根は相当なロマンティストなのだろうと私は思っている。でなければ、あんな文章は書けない。彼の作品は素敵ですよ、特に初期作品は非常にロマンティックな視点で描かれています。こういうことを書いてしまうから私はまた怒られるのだ。
最近はめったにお会いすることもなくなり、たまにパーティー会場などで会っても、挨拶だけ済ますと、お小言をいただく前に退散するようにしている。
だが、彼のように、叱るときは逃げ道を用意してやらなければ、叱られるほうは堪ったもんじゃない。ねちねちと陰険なことばかり並べ立てられて、おまけに人格まで否定されるようなことまで言われて、ほんのわずかな自信まで握りつぶされたりでもするようなことがあれば、ただへこたれるだけだ。そこには何のプラスもない。やってやろうじゃないか、という気概も芽生えない。相手が足腰立てなくなるまで痛めつけてどうするよ。
もっとも質が悪いのは、憂さ晴らしやストレス発散で人を叱るような人だ。でも、いるんだろうな、こういう人って。優位な立場から人の失敗をあげつらい、批難して、嬲ることに快感を見出す人。そういう人は、自分が周囲からどんなふうに見られているか、思われているかにまで考えがまわらないのだろう。人を叱りつけて、ただ快感に浸っているだけだ。
人を批判することしかできない人は、とても悲しいと思う。もしかしたら、これを読んでいる読者の中にも、人の書いた文章を批判してストレスを発散したり、日頃の憂さ晴らしをしている人もいるのかも。いやいや、まさか。ねえ。
叱り方は難しい。
逃げ道を用意してやる叱り方は、もっと難しい。
叱り方のうまい人は、きっとデキる人間だ。人生は毀誉褒貶にあふれ、山のように積み上げられた“毀”と“貶”に落ち込みはしても、米粒くらいの“誉”と“褒”に救われることも多いからだ。その意味をわかっている人が、おそらく、叱りながらも部下や後輩の実力を引き出しているのだと思う。
叱られているときは、この野郎、言いたい放題言いやがって、いつか絶対ブン殴ってやる、と頭の中で思うかもしれないが(私はそんなこと考えたこともありませんでしたよ、念のため。それに、暴力も反対です)、デキる子ならば、いずれ、何故あのときに叱られたのか、その理由に気づく。それが成長の証だ。何年経っても気づかないやつは、ずっと怒られ続けるしかない。私のように。
若い読者は肝に銘じておくといい。人を叱るという行為は、その人を見る試金石となっていることを。そして、叱られながら、あなたは試されているのだということを。
私がまだ駆け出しもいいころ、大師匠筋にあたる人に、最初の最初にこう言われた。
「俺がお前を怒鳴りつけて、ここから蹴落としたとするだろ。そうすると、お前は階段の踊り場まで転げ落ちて大怪我をするかもしれない。けどな、腕の骨を折ろうが脚を折ろうがだ、口の端から血をだらだら流しながらも、歯を食いしばって、這ってでも階段を昇ってくるようなやつじゃなきゃ、この世界じゃ生き残れんぞ。それがプロになるということだ」
私は何度も精神的に階段から突き落とされた。
だが、何度も何度も突き落とされていると、そのうち受け身を覚えて怪我をしなくなり、踊り場まで転げ落ちずに、階段の二、三段目くらいで引っかかって止まるコツを覚える。すると、懲りないやつだな、と苦笑しながら相手は手を差し出してくれる。仕事上の信頼は、こんなふうに生まれるのだ。
何度失敗したっていい。そのために何度叱られたり怒鳴りつけられたっていい。あなたを叱る人が趣味で人を叱るようなやつじゃなければ、その人の叱責の中には、きっとあなたの原石を磨く言葉が込められているはずだ。
あるいは、早く自分の能力に気づけ、といったシグナルがそこには含まれているかもしれない。叱責の中から、あなたはそのシグナルを解読すればいいだけだ。
鈍重な私は、何度も何度も何度も何度も叱られて、ようやくここまできた。自慢できるほどの地位を築いたわけじゃないですけどね、ただ書くことに20年しがみついてきただけだから。もしかしたら先輩たちや編集者に、見捨てないで、としがみついてきただけかもしれないし。
それでも40代も半ばになりかけて、経験だけは豊富になると、いまここで私がしなければならないことが自ずとわかってくる。お礼参り……、ではない。いままで叱られてきたぶんに熨斗をつけて後輩を叱りつけること……、でもない。ときには後輩を諌めなければならないこともあるが、私がすべきことは恩返しだ。
あなたにも同じことが言える。あなたが成長すれば、それに勝る恩返しはないのです。恩返しに年齢制限も上限もありませんよ。いくつになったって恩返しはできます。親孝行と同じです。
私をずっと叱り続けてきた先輩は、私が賞をもらったときや初めての単行本が出たとき、泣いてくれました。よかったなぁ、お前、よくやったなぁと。人前で涙を見せることなどなかったような人が、です。最初は驚き、気づけば私も思わず号泣。周囲の目もはばからず、大の大人が二人して号泣。ですが、私は、それくらいで恩返しができたとは思っていません。この人にはまだまだ叱られなくては、と思ったくらいです。
だから、いい年をして、私はまだ先輩に叱られています。
そうなのです。この年になって私がまだ叱られているのは、わざとなんです。なんてね。
先輩や上司にいつも叱られているきみ、くじけるなよ。
* * *
和田アキ子の『おとなの叱り方』を読んで、ずっと気になっていることを最後に。
彼女は17歳でスカウトされるまで、地元の大阪では“ミナミのアコ”と呼ばれる不良だった。これはけっこう有名な話。そんな彼女は、厳格な家庭に育ったらしい。
父親も厳しい人で、親子なのに敬語で接するのは当たり前。返事が遅ければ怒鳴られ、何か粗相があれば容赦なく手が出る人だったという。彼女は本書で、甘やかすばかりで子供を叱る親がいなくなったと嘆いている。だから彼女は駄目な親に成り代わって子供を叱り、その親も叱るのだそうだ。
そこで私の疑問。厳格な家庭に育ち、親にさんざん叱られて育ったはずの和田アキ子は、何故、その親を泣かせるような不良になってしまったのか――?
あまり厳しく躾すぎると子供は不良になってしまうのでご用心、ということを言いたいのかもしれないが、残念ながらそのあたりの経緯は『おとなの叱り方』で触れられていない。ついでながら言わせてもらえば、叱り方の極意や躾の必要性、マナーやエチケットの大切さを説いているはずのご本人は、何故、公共の電波で他人を“お前”とか“こいつ”呼ばわりできるのだろう。
その品格に欠ける行為を叱れる大人がテレビ業界にはいないってことなんでしょうか。
それとも、大物になればどんな言動も許されるということなんでしょうか。
実るほど、頭を垂れる稲穂かな。
やっぱり、この人には歌だけ歌っててほしいと思う私です。