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公文公氏は、高校の数学教師として教壇に立っていた頃、数学ができないために人生の選択肢を狭めてしまった多くの子供たちを見てきた。「文系の生徒」が、自ら積極的にその道を選んでいるわけではない。数学ができないために、文系に行かざるを得なくなってしまうのだ。一方、「理系の生徒」は理系と文系の両方に進む選択肢を持っている。この自由度の違いは、「数学が分かるかどうか」にかかっている。

 また、公文公氏の息子である公文毅氏は、小学6年生の時に、微分の問題を自学自習で解けるようになった。そのため、学校生活が、学校の勉強に追われることなく、余裕を持って過ごすことができたという。要するに、漠然と悩むことが多い思春期に存分に悩み、読書や友人との語らいに時間を費やすことができる。

 この2つの事例を経験することで、公文公氏は、自学自習の習慣により、学校のカリキュラムに依存しない自分の学習法を持つ意義を悟った。微分積分のような高度な数学を、自学自習できる力が獲得できれば、世の中のおおよそのことは自分で学べる、と。このために、優れた計算力と読解力を基礎として持っている必要がある。
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世界の親が公文式に熱狂する理由:日経ビジネスオンライン
女友達が「男の人って何で胸見てくるの?見てるのバレバレなんだけど」って言ってきたから
「ブランドの店にきれいなバッグや宝石が展示してあったら、いいなー欲しいなーってつい見ちゃうでしょ?
でも盗んだりはしないでしょ?それと全く同じことだよ」
って説明したらすごく納得してた"

勝手に今日輝いていたレス大賞 162
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「日本の個人投資家は、投資が下手だとか、投資のことをよく知らないと言われることがありますね。でも、実際にはそうではないんです。たとえば、日本の不動産バブルが起きたとき、個人の総体である家計はバブルのピークで不動産を売り越しているんです。もちろん、一部ではピークで買った人もいる。でも、全体では違うんですね。世界では、歴史上さまざまな国でバブルが起きました。そのすべてにおいて、家計はピークでバブル資産を買い越しているんです。ところが日本人だけが、バブルの頂点で資産を売り越した。買ったのは、銀行でした」

 そして売ったお金を個人はどうしたのかといえば、預貯金に向かわせたのである。その後、株式相場は下落、円高となり、外貨が安く買えるようになって、金利が下がることで預貯金の価値は上がった。家計は見事にバブルを切り抜け、しかもその後もベストの選択をした、ということである。

「結果から見ると、最もいいタイミングで日本の個人は不動産からお金を移しているんです。損をしたのは、銀行をはじめとする機関投資家でした」
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若い人にツケが回る なぜ、日本のお金の流れは変わらないのか! |若い人ほど知ってほしい、日本のお金が働かないワケ|ダイヤモンド・オンライン
"自分の英語力は、ネイティブの言語能力には遠く遠く及ばないものだという認識がある。「通じる英語」は問題なく使いこなせる。自分の学問分野においては、俺は英語で実績を上げていて、俺の名前は国際的に認知されている。しかし自分には、英語を用いて「言葉の力」を利用するのは難しい。例えば人を説得したり、納得させたり、なだめすかしたり、楽しませたり。そしてそれは、俺の努力が足りないせいでも、ましてや日本の英語教育が悪いせいでもない。第二言語として英語を学ぶ日本人の限界なのだ。(というか、ネイティブですら、話下手や説明下手は山のようにいるのだから、第二言語学習者については何をかいわんやである)"

死ぬほど英語を勉強してきたからわかる、英語学習の限界

ネイティブとの間の高い壁にはあまり反論ないんだけど、現実のビジネスシーンだと英語ネイティブじゃない人たちが普通にExecutiveとかをよくやってるんだよね。実際そういう人たちの英語はネイティブほど表現豊かなわけでもない。言葉の力は大事だけど上に行くためにはそれが全てではないと思う。
"統計学は元々、元祖看護婦である、ナイチンゲールが始めたんだが
結果の余りの「悲惨さ」に、彼女自身一ヶ月余り
心神喪失状態になった、とも言われている。

事の発端は、とある将軍が、
「戦場よりもナイチンゲールの戦傷者看護の方が兵士が死亡してる」
と揶揄したことに始まる。

当然、ナイチンゲールは反発。件の将軍に反論する為、統計学を編み出し
自分の看護の方が、多くの兵士を救ってると自ら証明しようとした。

しかし、結果は将軍の言うとおり、病院での看護の方が戦場よりも
傷病兵の致死率が極めて高いことが明らかになってしまう。
ナイチンゲールはショックの余り心神喪失状態になった・・・

でもそこから始まるンだよね、彼女が偉大である話は
何が間違っていたか、模索し始めるんだ、諦める事無く
そして、今では基本中の基本的な事実にたどり着く

「汚れたシーツに患者を寝かすのは駄目」
「汚れた包帯の使いまわしも駄目」

要するに二次感染が、病院での致死率を高めている事に
彼女自身、気がつき自己解決していったんだよね・・・

看護婦といえばシーツの御洗濯って原風景は
こうして生まれた。"

ナイチンゲールと統計学 続・妄想的日常
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頑張ろう、頑張ろうって言うけど、

家が流されたんだよ?

と、福島の兄に電話したら、言われました。

おまえ、ちゃんと分かってるの?

超つらいとき、「とりあえず帰りたい、もう帰りたい」っていう、

あの帰る家がね、全部流されたんだよ。

俺、もう、家ないの。

明日も頑張ろう!って決意するような場所がね、ないわけ。

今日も疲れた―!ってドア開けてホッとするような所がね、

全員、一瞬にして、心の準備もなく、いきなり11日から消えたわけ。

おまえ、家ないのに頑張れる?

服も漫画も、化粧道具も、アルバムも、大事にしてたもんも、全部いっきに無い。

よし、頑張ろう!って思える?

すげぇ言われてるんだけど、CMとかで、頑張れ頑張れとか。

ちょっと気を許すと、「一緒に頑張ろう!1人じゃない!」とか言うわけ。

いや、おまえら家あるじゃん?そのCM撮ったら家帰ってるじゃんって。

仕事もあるじゃんって。

おれ、船、なくなったんだぞって。

多分、漁師はもうできないと思ってる。

もう、なーーーんもない。

どう考えたら、今、頑張れるんだよ。

ちょっとでも頑張れる何かが、今、俺たちにあるのか?

「いや、今はこっちで頑張るから、おまえらは1年ハワイでゆっくりしてきな」

とか言われたい。

「おまえらが帰ってくるまでに片づけとくから。家も建てとくから」

とか言われたい。そしたら、俺だって頑張るよ。

毎晩、うなされるし、夜いつまでも眠れない。

流された人を何人も見た。

顔見知りも流された。

その頭にある映像を何回も思い出す。

そのたび、津波がこうくるって分かってたら、あの人を助けられたかも、とか。

時間が戻せたら、隣のおばあちゃんちに寄ってあげたかった、とか。

1人でも助けて英雄みたくなったら、まだやる気が起きたかな、とか。

俺、1人で逃げてきたわけ。

誰も助けなかった。おばちゃんとか、何人も追い抜いて逃げた。重そうなもの持ってる人とかもいたのに。

もう100万回くらい、100通りくらい後悔している。

4日目にやっと町に行っていいと言われて、

どっから手をつけていいかわからないどころか、

いっそもう何もしたくなくなるような町だった場所を見て、

ここを復興だなんて、微塵も思えない。今も。

蓋をしたい。見たくない。

町を見ると、死にたくなる。

自分の人生は、もう終わったなって思うよ。

こっからは、もう、どう頑張っても金持ちにもなれないだろうし、

家だって、もう、二度と持てる気がしない。

何も希望なんかないよ。

そんな俺たちがさ、避難所で、CMでアイドルや俳優を見てさ、

「一緒だよ、1人じゃない」とか言われるたびに、

ああ、あの世界は自分たちとは、もう全然違ってしまったんだと思う。

家がある人の言葉だなーと。安定してるなーと。

そんなCMとかして充実もしてんだろうなーと。

家が流されてなくてさ、帰る場所があって、仕事があって、

地に足が付いてる人が、すげぇ神妙な顔で、お洒落な服で、こっち見て何か言ってるな、と。

おまえに言われたくないと。ほんとに。何も言わないでほしい。

大丈夫なわけがない。

おまえらに大丈夫だよ、とか言われても、大丈夫なわけがない。

どう見たら、この状況が大丈夫になるのか、胸倉つかんで聞いてやりたい。

でも、怒る元気もない。やる気もない。

ボランティアや取材のやつらも来て、色々写真とか撮って、

「実際みると、テレビとかとは全然違いますね」とか言ってて、

数日たったら「元気出して頑張って!」とか言って、

自分たちの家に帰っていく。

正直、復興なんてクソ喰らえだと思うよ。

「何か、できることある?」

何を言っていいかわかんなくなって、兄に泣きながら聞いたら、

「正直、不幸になってくれたら嬉しい」

と言われた。

「俺たちを幸せになんてふざけたこと思わないで、

 俺たちの分、そっちもみんな不幸になってくれたらなー」

と言われた。

「俺たちを想って歌とか作られても今は不愉快だから、

 東京も全部流されて、それでも「頑張ろう」って言われたら、

 頑張るよ。その人の歌なら聴く。

 知らないやつに、馬鹿みたいに「頑張って」とか「大丈夫」とか言われると、

 今は正直、消えてほしくなるよ。

 募金は嬉しいよ。で、ボランティアじゃなくて、ビジネスで、仕事として、

 町を復興に来てくれた方が、こっちも気兼ねなく色々頼めて気が楽。

 正直、ボランティアに「ありがとう」とか言うのも苦痛。」

と。


兄と電話で話してから、テレビを見てたら、すごくモヤモヤしてしまって、増田に書きなぐりました。
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頑張れとか復興とかって、多分、今言うことじゃない。
" 文書というものはファイルとして存在するものだ。USBメモリ、オンラインストレージ、オンライン文書サービスなどに保存して初めて共有できるという考えはごくごく一般的だ。簡単な文書でも、何らかのサービスにサインアップして公開するという手続きが必要になる。

 しかし「Hashify」を使用すれば、そういった概念が一瞬で崩れ去る。このサービスを使用すれば、テキストを圧縮して20文字以下のURLにしてくれる。URLそのものに文書が保存されてしまうのだ。"

22500文字の文書をURLに保存する驚愕のサービス「Hashify」【増田(@maskin)真樹】 : TechWave
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ところが、驚くべきことに、こんな時にもかかわらず東電労組は浜松町にある旧ソノコ本社ビル(美白で急成長した故鈴木その子氏の会社)を、ごく最近40億円で買い取ったのである。

しかも、キャッシュで。

東電労組の本部会館にするため、これから内部を一新する工事に入るという。

経営陣も労組幹部もどうかしているのではないか。
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東電労組は旧ソノコ本社ビルを40億円で購入|浜田和幸オフィシャルブログ 2011年05月05日
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サンパス元復員軍人省長官
「特にインドネシアが感謝する事は、戦争が終わってから日本軍人約2000人が帰国せず、インドネシア国軍と共にオランダと戦い、独立に貢献してくれた事である。日本の戦死者は国軍墓地に祀り、功績を讃えて殊勲章を贈っているが、それだけで済むものではない」


アラムシャ元第3副首相
「我々インドネシア人はオランダの鉄鎖を断ち切って独立すべく、350年間に亘り幾度か屍山血河の闘争を試みたがオランダの狡知なスパイ網と強靱な武力と苛酷な法律によって圧倒され壊滅されてしまった。それを日本軍が到来するや、たちまちにしてオランダの鉄鎖を断ち切ってくれた。インドネシア人が歓喜雀躍し感謝感激したのは当然である」


モハメッド・ナチール元首相
「アジアの希望は植民地体制の粉砕でした。大東亜戦争は私達アジア人の戦争を日本が代表して敢行したものです」


ブン・トモ元情報相
「日本軍が米・蘭・仏を我々の面前で徹底的に打ちのめしてくれた。我々は白人の弱体と醜態ぶりを見てアジア人全部が自信を持ち、独立は近いと知った。一度持った自信は決して崩壊しない。そもそも大東亜戦争は我々の戦争であり、我々がやらねばならなかった」


スカルノ元大統領
「インドネシアの独立戦争では、3000名の日本兵がインドネシア独立の為に戦ってくれました。インドネシアの独立で通じ合った日本の犠牲的精神を今の日本の若い人達は、ほとんど知りません。残念でたまりません。私達の独立の為に戦ってくれた日本兵の事をきちんと日本で語り継いでほしいと思います。そして、インドネシアへ来られたら、ジャカルタの英雄墓地に眠る日本兵の奥城にお参りして下さい」
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史実を語り、日本の先人に感謝している 「インドネシアの人々」|本当の日本の歴史: