
豊かさFirstという考え方。。。国家戦略的シミレーション
「豊かさ」をお金から切り離す
一般に国の豊かさは、GDP、所得、資産、企業価値、消費額などで測られる。
しかし、お金を持っていても時間がなければ、豊かとは言えない。
長寿でも、寝たきりで自由に動けなければ、豊かとは言い切れない。
仕事があっても、辞められず、休めず、断れず、人生を選び直せなければ自由ではない。
人とのつながりがあっても、比較、競争、差別、排除によって維持される関係なら、安心できるつながりではない。
そこで、豊かさを次のように定義した。
豊かさとは、生きることに追われず、自分の生き方を自分で選べる状態である。
その状態を支える基本領域として、六つを置いた。
時間、健康、安心、つながり、自由、尊厳。
これは、お金の多さを競う世界ではない。
誰かに勝つことで得られる豊かさでもない。
一人が豊かになるために、別の誰かが貧しくならなければならない構造でもない。
競争、順位、差別、能力、生産性だけで人間の価値を決めない世界観である。
豊かさをFMEAで考える
ここで使ったのがFMEAである。
FMEAとは、本来実現すべき機能に対して、
どのような故障が起こるのか。
その故障は、どのような影響を及ぼすのか。
なぜ起こるのか。
どのような設計を入れれば防げるのか。
を整理する方法である。
今回のシミュレーションでは、豊かさを人間社会の基本機能として置いた。
例えば、
自分で使途を決められる時間を持つ
という豊かさ機能がある。
そのFailure Mode、つまり故障状態は、
労働、通勤、家事、介護、行政手続だけで一日が終わる
ことである。
この故障を生む原因として、長時間拘束、家事や介護の集中、長距離移動、重複手続、技術導入による余力を組織側が回収する構造などが考えられる。
これらを一つ潰せば、人間に時間が一つ戻る。
二つ潰せば、さらに戻る。
すべて潰せば、
自分の時間を、自分で選んで使える
という豊かさ機能が成立する。
FMEAを作ることが目的ではない。
豊かさを奪っているFailure Modeを、一つずつ潰すことが目的である。
この記事に触れた人> 熟読した人> サイト訪問した人> ファイルDLした人> 実施しよう行動した人> ファイル改訂する人> それぞれラッキードが高くなる。
段階が進むほど、人数は減り、行動の重みと到達の難度が高くなる。
記事に触れる人は多くても、熟読する人は減る。
サイトまで訪れる人はさらに減り、ファイルをダウンロードする人はもっと少ない。
実際に使おうとする人、現場に合わせて改訂する人となれば、ごくわずかになる。
しかし、Quunyの目的では、その最後の一人の価値が大きい。
閲覧数が一万人あっても、読み流されれば一過性で終わる。
一人でもファイルを持ち帰り、自分の現場で考え、修正し、実装すれば、
豊かさFirstはQuunyの考えから離れて社会の中で動き始める。
つまり評価すべきなのは単なるPVではなく、
接触 → 理解 → 移動 → 所有 → 実行 → 改訂
という深まりです。
段階が進むほどハードルは高くなる。けれど、同時にその人が得るものも大きくなる。
読む人から、考える人、使う人、作り直す人へ変わっていくからです。
最後の「ファイルを改訂する人」は、もう読者ではない。
豊かさFirstの共同設計者ですね。
豊かさを実現する国家FMEA
豊かさとして生まれる体験FMEA
豊かさFirst
社会横断教材設計マニュアル
