愉しめな~い!ゴルフだけじゃ??女性って。。
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 最初次のページへ >>

目で見ない音楽――Quuny Music chから様々なアーティストの方の「ラジオ」を

目で見ない音楽――Quuny Music chから「ラジオ」を届けます

Quuny Music chは、もともとQuuny自身の歌や活動を発信するために始めたYouTubeチャンネルでした。

ところが続けているうちに、Quunyだけではなく、さまざまな人たちの歌や演奏も載るようになりました。

それなら、このチャンネルを一人のための場所にしておくのではなく、地域で音楽を楽しんでいる人たちの歌を紹介する場所としても使っていこう。

そう考え、noteの中でも「Quuny Music ch ラジオ」として紹介していくことにしました。

 

 

 

 

なぜ「動画」ではなく「ラジオ」なのか

音楽の動画を見ると、人はどうしても歌っている姿や表情、衣装、会場の様子に目を向けます。

もちろん、それも音楽の楽しみ方の一つです。

しかし、映像があると、私たちは知らず知らずのうちに「目で音楽を聴いている」のではないでしょうか。

歌声の響き、言葉の伝わり方、演奏の間、息遣い、会場の空気。

本来、耳から受け取るはずのものが、映像の印象によって少し薄くなってしまうことがあります。

そこで、ここではYouTubeの映像を紹介しながらも、画面を見続ける動画としてではなく、音楽を耳で楽しむ「ラジオ」として届けてみたいと思います。

スマホでもPCでも、イヤホンかヘッドホンがオススメです🎶

Bluetoothでもケーブルでも。

センターマイク搭載のレコーダーで収録してますのでボーカルが迫ってきます?😀

 

目で見ない音楽――Quuny Music chから「ラジオ」を届けます

Quuny Music chは、もともとQuuny自身の歌や活動を発信するために始めたYouTubeチャンネルでした。

ところが続けているうちに、Quunyだけではなく、さまざまな人たちの歌や演奏も載るようになりました。

それなら、このチャンネルを一人のための場所にしておくのではなく、地域で音楽を楽しんでいる人たちの歌を紹介する場所としても使っていこう。

そう考え、noteの中でも「Quuny Music ch ラジオ」として紹介していくことにしました。

 

 

 

 

 

 

 

なぜ「動画」ではなく「ラジオ」なのか

音楽の動画を見ると、人はどうしても歌っている姿や表情、衣装、会場の様子に目を向けます。

もちろん、それも音楽の楽しみ方の一つです。

しかし、映像があると、私たちは知らず知らずのうちに「目で音楽を聴いている」のではないでしょうか。

歌声の響き、言葉の伝わり方、演奏の間、息遣い、会場の空気。

本来、耳から受け取るはずのものが、映像の印象によって少し薄くなってしまうことがあります。

そこで、ここではYouTubeの映像を紹介しながらも、画面を見続ける動画としてではなく、音楽を耳で楽しむ「ラジオ」として届けてみたいと思います。

スマホでもPCでも、イヤホンかヘッドホンがオススメです🎶

Bluetoothでもケーブルでも。

センターマイク搭載のレコーダーで収録してますのでボーカルが迫ってきます?😀

 

♪ 未来を先にやってみる  (Quunyオリジナル)

 

 

 

 

 

 

ようやくGoogle検索にもヒットし始めたかな?

noteに投稿も150記事超えました

 

 

 

 

でも中々ヒットしません

 

同じ記事をアメブロにも載せたら

 

アメブロは速攻で検索ヒットするのに

 

noteでは無言🤭

 

 

事務局に問い合わせて話したら

 

プロフィールの部分を修正してくれて

 

note内では検索できるようになった

 

でもgoogleでは???

 

 

それが

 

やっと

 

 

少しずつヒットにし始めました。

 

クローラーが認識してくれるようになってきました

 

 

今やnote(広告が出ないので)はQuunyにとって

 

いやHPにとって導線の役目としての記事書きをやっているので

 

それとアーカイブとして

 

 

 

 

検索が重要

 

アフェリや物販誘導じゃないので

 

アーカイブだからって割り切って無視して投稿してます。

 

 

 

 

 

俺がボスだ!

 

 

 

2026年6月、米イラン停戦から始まった一連の出来事を、リアルタイムで記録しておく。これは数年後、教科書に載るかもしれない一週間だと思う。


始まりはパキスタンだった

米イラン戦争は2026年2月28日、米・イスラエルの対イラン攻撃で始まった。

その後の停戦交渉でパキスタンが仲介役を担った。4月8日、パキスタンの主導で停戦が成立し、イスラマバードで両国代表団による直接協議の第一回が開催された。シャリフ首相と軍参謀総長アシム・ムニール元帥が自ら動き、トランプを説得し、イランにも受け入れさせた。

合意は非公式に「イスラマバード宣言」と呼ばれるようになった。パキスタンの仲介努力への敬意の表れだった。

正式な調印式はジュネーブで予定された。パキスタンがその式を主催するという形が決まっていた。パキスタンの国連代表部が会場として準備されていた。

イラン側にも事情があった。多国間外交の象徴であるジュネーブという場所で署名することに、イランはこだわった。イスラマバードより国際的に見える場所で、純粋な二国間という枠組みを超えたかったのだ。

3ヶ月以上かけて、複数の国が積み上げてきた舞台だった。


誕生日とG7が衝突した

その間、トランプの80歳の誕生日が近づいていた。6月14日。ホワイトハウス南庭でUFC(総合格闘技)の試合を開催する計画が立てられていた。「アメリカの闘争精神を一世代に一度祝う祭典」と呼ばれた。金網のオクタゴンが組まれ、7試合が行われる予定だった。費用は6000万ドル以上、7つの政府機関が人員を割いた。

問題は、G7サミットが同じ6月14日からフランスで開催される予定だったことだ。

サミットは延期された。1日。トランプの誕生日イベントと衝突しないように、G7自体の日程が動かされた。

世界7大国の首脳が集う年に一度の最重要外交イベントが、一国の大統領の誕生日格闘技ショーに合わせて調整された。これが前例のないことなのは間違いない。

誕生日当日、トランプはイラン戦争終結を発表したあと、深夜まで続くケージファイトの観客席に座った。ある古典学の教授はこれを古代ローマの剣闘士競技に例えた。「パンとサーカス」。戦争の長期化、ガソリン価格の高止まり、インフレ懸念、支持率の低下。これらの問題から目を逸らすための、ローマ式の統治技法だと。

 

 

 

 
 

 

「利益が目的か、サービスが目的か」――SpaceXとAI競争の記事を読んで考えたこと

SpaceXの上場とAI競争についての記事を読んだ。

記事の論点はシンプルだ。

 

 

 

SpaceXが巨額の資金を調達し、その資金をAIへ投入することで、OpenAIやAnthropicとの競争に割って入り、AI覇権争いの構図を変えるかもしれないというものだった。

 

しかし読んでいて、私は少し違う視点を持った。

そもそもSpaceXは純粋なAI企業なのだろうか。

OpenAIやAnthropicはAIそのものを作る会社である。

 

一方、SpaceXはロケットを打ち上げ、衛星通信網を構築し、宇宙輸送を担う企業だ。

もちろんイーロン・マスクはGrokやXを持ち、AI開発にも深く関わっている。

 

しかし私には、

「SpaceXがAI企業になる」

というより、

「AIを含む巨大な社会インフラを作ろうとしている」

ように見える。

これはAppleにも少し似ている。

AppleはAI企業というより、

人々がAIを使う環境を持っている企業だ。

端末、OS、アプリ、サービス。

利用者との接点を握っている。

マスク陣営も、

X、Grok、Starlink、Tesla、SpaceXを個別に見るより、一つのシステムとして見た方が理解しやすい。

AI単体の競争ではなく、

AIが動く社会基盤そのものを作ろうとしているように見えるのだ。

 


ここで私は、既存メディアとの見方の違いを感じた。

多くの記事は、

誰が勝つのか。

誰が負けるのか。

どれだけ利益を出すのか。

時価総額はいくらか。

そうした視点で語られる。

もちろん企業分析としては正しい。

しかしそれは産業革命以降の発想でもある。

競争。

市場。

利益。

シェア。

その枠組みで世界を見る。

だが、SpaceXを見ていると少し違う印象を受ける。

人類を多惑星種にする。

通信が届かない地域をなくす。

打ち上げコストを下げる。

先にあるのは利益ではなく、実現したいサービスや社会の姿ではないか。

利益は必要だ。

資金も必要だ。

しかし目的ではなく手段に見える。

 


この感覚は、イーロン・マスクが政府効率省(DOGE)で行った活動にも共通しているように思う。

そこでも、

どう儲けるかではなく、

どうシステムを変えるか。

どう効率化するか。

どう仕組みを改善するか。

という発想が中心に見えた。

SpaceXも同じだ。

ロケット会社というより、

社会システムを再設計しようとしているように映る。


そして私はもう一つ思った。

マスクは自分をビリオネアだと意識しているようには見えない。

もちろん世界有数の資産家であることは事実だ。

だが、その行動を見る限り、

豪華な生活を楽しむ人というより、

仕事人間に見える。

そうでなければ会社に寝泊まりはしないだろう。

普通なら、

十分なお金を持った時点でゆっくり暮らそうと考える。

しかし彼は違う。

資金が増えれば、

次の計画へ。

次の開発へ。

次の挑戦へ。

意識が向いているように見える。


実は私にも、少しだけ共感できる部分がある。

昔、

「いつか」

を追いかけていた時代があった。

いつか実現したい。

いつか形にしたい。

いつか社会に届けたい。

その「いつか」を追いながら過ごした10年間がある。

結局、その時に思い描いていた形には届かなかった。

だが振り返ると、その10年は無駄ではなかった。

何かを実現したいという思いがあったから続けられた。

利益が先ではなかった。

完成させたいものがあった。

届けたいものがあった。

だから動いていた。

 


SpaceXの上場記事を読んでいて感じたのは、

AI競争の勝者が誰になるかではない。

利益がいくらになるかでもない。

本当に興味深いのは、

どんな社会を実現したいのか。

何をサービスとして提供したいのか。

そのために資本や技術をどう使うのか。

という点だった。

お金は大切だ。

利益も必要だ。

しかし、それらは目的ではなく手段かもしれない。

少なくとも、SpaceXやイーロン・マスクを見ていると、そんなふうに感じるのである。

 

 

 

デジタル教科書法案が進んだけど。。

数学教育を語るとき、

「数学は論理的思考を育てる」

という説明をよく耳にする。

確かに数学には論理がある。

 

条件を整理し、筋道を立て、結論を導く。

しかし私は以前から疑問を持っている。

本当に論理的思考は数学でしか育たないのだろうか。

国語では主張と根拠を読み取る。

社会では歴史や政治の因果関係を考える。

道徳では判断の理由を説明する。

 

 

論理的思考そのものは、数学以外の教科でも学ぶことができる。

もし「論理的思考を育てること」が目的なら、数学だけが特別な存在とは言えない。

では、なぜ今このことを考える必要があるのだろうか。

 

 

 

1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 最初次のページへ >>