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アカシックレコード、という言葉に最近引っかかりました。
アカシックレコード、という言葉に最近引っかかりました。
「宇宙のすべての情報が記録されている」という概念です。過去も、現在も、そして未来も。最初に聞いたとき、過去や現在はわかるとして、**未来まで記録されているというのはどういうことだろう**、と不思議に感じました。
でもしばらく考えているうちに、自分の人生を振り返ったとき、あの感覚と重なる瞬間がいくつもあることに気づいたのです。
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## ソフトボールから体操へ──最初の分岐点
小学校のころ、ソフトボールをやっていました。中学に上がれば野球、というのが自然な流れで、友人の一人は実際にその道に進みました。
でも私は、別のものに目を奪われていました。
東京オリンピック。テレビに映る体操選手の遠藤幸雄さんの演技を見て、**「かっこいいな、体操がしたい」**と思ったのです。それだけで、私は体操の道に進みました。理屈ではなく、何かに引き寄せられるように。
結果は挫折でした。群大会で自分の力のなさを痛感し、県大会を見学して、さらに打ちのめされました。地元の高校に体操部はなく、そこで体育会系の道は終わりました。
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## 電気との出会い──挫折が連れてきたもの
高校では文化系のクラブに入りました。アマチュア無線、ラジオ制作。電気の世界との出会いです。
あのとき体操を続けていたら、きっとこの世界は知らなかった。
そのまま電子工学院に進み、電気設計の仕事に就き、カーオーディオの開発に携わりました。好きなことを仕事にできた、と思っていました。
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## 会社命令という名の分岐点
そこへ、突然の転換が来ました。会社からコンピュータ部門への異動命令です。
「拒否すれば?」という気持ちも、正直ありました。オーディオを続けたかった。でも社長の「部下にやらせればいいだろう」という一言が、何かに刺さりました。理屈ではなく、その言葉で動いた自分がいました。
コンピュータの10年間は、挫折の連続でした。性に合わない、と感じ続けていました。
でもある日、友人から「HPを作れないか?」と聞かれました。
「作ったことはないけど、作れると思うよ」
そう答えて、1ヶ月かけてネットからHTMLを独学し、ウェブサイトを完成させました。電気少年だったころから持っていた「ゼロから組み立てる力」が、形を変えて出てきた瞬間でした。それが今の仕事にもつながっています。
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## 80年代の夢──先に「知っていた」こと
実は、80年代に英会話を始めていました。
「将来はアメリカで仕事をしたい」という気持ちがあったからです。1988年には、会社としてアメリカ法人設立の可能性を視察しにも行きました。でもその後、自分はコンピュータ部門に異動になり、その夢はいつの間にか遠のいていました。
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## 49歳の電話──運命の再合流
49歳で会社を辞め、田舎に帰ろうと決めたとき、一本の電話がかかってきました。
昔の部下からでした。
「福田さん、辞めるんだったら戻ってこない?アメリカで仕事があるんですが」
言葉を失いました。
80年代に抱いていた夢が、20年以上の時を経て、他の人の口から届いたのです。分社していたオーディオ部隊に復職し、アメリカへ渡りました。最後の7年間はアメリカでオーディオの仕事をしました。
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## 遠回りは、なかった
2020年、57歳で日本に帰り、田舎に引っ込みました。最初から望んでいた場所に、ようやく辿り着きました。
振り返ると、すべての分岐点がつながって見えます。
体操の挫折がなければ電気に出会わなかった。コンピュータの10年がなければHTMLも、今の仕事もなかった。アメリカへの夢を80年代に抱いていなければ、あの電話を受け取る準備ができていなかったかもしれない。
どの道も、無駄ではなかった。いや、遠回りに見えた道こそが、次の扉を開けるための鍵だったのだと思います。
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## パラレルワールドは、確かに存在する
野球に進んだ友人の道も、コンピュータの命令を拒否した自分の道も、49歳でそのまま田舎に引っ込んだ自分の道も、どこかに存在しているのだと感じます。
同時に体験することはできない。でも分岐点に立ったとき、もう一方の道の感触は確かにあった。
アカシックレコードが「すべての情報が記録されている」と言うとき、それはもしかしたら、**選ばなかった道も含めて、自分の人生がある**ということなのかもしれません。
そして、どの道を選んでも、道は続く。
それだけは、今の自分には確信を持って言えます。
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*Quuny|長崎の田舎から*
原曲のバッキングそのままで練習したい、 原曲バッキングで歌えるようになった話
ボイトレをしていると、練習用のカラオケ音源が欲しくなることがある。でも市販のカラオケは原曲とは別に作られたバッキングなので、音の質感もアレンジも微妙に違う。
「原曲のバッキングそのままで練習したい」——その一点だけで、いろんな方法を探し始めた。
まず既存のサービスを調べてみた
AIでボーカルを除去するツールはネット上にたくさんある。無料を謳っているものも多い。実際に調べてみると、大きく3種類に分かれていた。
オンライン型(ブラウザで使うタイプ)
音源をアップロードするとAIが自動でボーカルを分離してくれる。操作は簡単で、インストール不要なのは魅力だ。ただ気になったのは、音源ファイルをサーバーに送ることになる点。練習用の音源とはいえ、著作権のある楽曲をどこかのサーバーに送ることへの抵抗があった。また、無料でできる処理には回数や時間の制限がある場合が多く、続けて使うには結局有料プランが必要になることも。
有料ソフト型
高精度なものは専用ソフトの購入が必要。「無料ダウンロード」と書いてあっても、実際に使える機能は限定されていて、本格的に使おうとすると購入を促される。それ自体は悪いことではないが、自分の用途(個人練習)のために毎月課金するほどでもないと感じた。
Windows専用のフリーソフト
完全無料で高機能なものもあった。ただMacユーザーなので対象外。
自分の条件を整理した
- 音源ファイルをどこかのサーバーに送りたくない
- 毎月の課金は不要にしたい
- 原曲の音質・アレンジをそのまま保ちたい
- キーを0.5単位で自由に変えたい
- Macで動くこと
全部満たすものが見つからなかったので、作ることにした。
グギャトレを1年やったら、 声紋が変わった話。
「声帯閉鎖」という言葉を最初に聞いたとき、正直怪しいと思った。
ネットで調べると「毎日数回やれば」「何分続ければ」と書いてある。根拠は?と思ってAIに聞いてみたが、説明しているんだろうけど腑に落ちない。「実際にやった人のデータは?」と聞いたら「実測データではない」という返答。それじゃわからないじゃないか。
グギャトレ、という発声練習がある。声帯を閉鎖させながら「グギャ」と発声する、一見すると奇妙なトレーニングだ。懐疑的なまま、でも気になった。
騙されたつもりで、やってみることにした。
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1週間変化なし。でも続けた。
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2週間変化なし。でも続けた。
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1ヶ月少し喉の感覚が変わってきた気がする。気のせいかもしれない。
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3ヶ月明らかに違う。声が変わってきた自分を感じた。
じゃあ1年やったらどうなるのか。見てみたくなった。
毎日、エッジ声をひたすら出し続ける。ロングトーンでもなく、きれいな発声でもない。ただひたすらエッジ声を出し続ける。傍から見たら確実に変人だ。でもそれでいい。
声楽家の先生の言葉が、ずっと引っかかっていた。
「声帯閉鎖という言葉が一人歩きしている。
本当にやろうとしたら最低限3年かかる。
私たちはその後に、本格的な歌の練習に入っていきます。
ですから普通の人にはお勧めしない。」
やり方は教えてくれなかった。
でも先生の声は本物だった。めちゃくちゃハイトーンでロングトーンが綺麗にいつまでも続く。ギリギリまで伸ばしているのではなく、意識して止めている。その余裕が声に出ている。
「普通の人にはお勧めしない」——この言葉が引っかかって、逆にやりたくなった。変人なので。
1年後の今日、声紋を解析した。
あめんぼの歌を歌って録音する。WAVファイルとして解析する。昨日の録音と今日の録音を、同一スケール・同一条件で並べて比較する。
数値が出た。









