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日本人の朝は味噌汁の温かさから始まる

屋根裏に隠しておいた日記帳のような、新感覚メモリアル

アルバイトにどっぷりと
浸かった生活を送ることは
細心の注意が必要となる。

働いた分だけ得られる賃金は
それはもう、計り知れないのであるが
その対価として
重要文化財に匹敵する価値のある
ゴロゴロする時間を差し出さなければならない。

起床→すぐにアルバイトに向かう→9時間労働→帰宅→食事、入浴→疲れてすぐに就寝→起床→すぐにアルバイトに向かう→以下略

これが私の冬休みのルーティンであり
お察しの通り、血も涙もないのである。

こうして、機械的に生活してきたため
私は今が何日、何曜日であるのかを
考える暇も一切なく
今日まで過ごしてきてしまったのである。

そのため、気づかぬうちに

コンビニでお茶選んで
当たり前に分け合うこともせずに
素敵なはずであったメリクリが過ぎ去り

もういくつ寝なくても
あっさりとお正月が過ぎ去り

そうして、今日を以て
冬休みが過ぎ去ろうとしているところである。

私の偉大なる冬休みを過ごす権利を
ここに返還してもらいたい。
ゴロゴロする時間は
お金では買えない価値があるのだ。
要するに、プライスレスというやつだ。

何も考えることなく
布団の温もりに昼夜問わず包まれ
全身の力を全力で抜いて
何もしていない身体を全力で労わることが
どれだけ幸せなことであろうか。

そもそも、幸せに有益も無益もない。
友人と楽しい時を過ごすことも
恋人とあまい夜を過ごすことも
ゴロゴロゴロゴロ過ごすことも
どれも横一線上にある幸せである。

私はただ、そのなかから
ゴロゴロ過ごす幸せを選択したまでなのだ。

冬休み最終日の今日だけは
唯一ゴロゴロ過ごせる日であったため
これ見よがしと言わんばかりに
全身全霊を捧げてゴロゴロしていたら
あっという間に、日が暮れてしまった。

最近は自分自身にとって
あまりに忙しない毎日であったためだろうか
夜になってから
なんて無益な一日を過ごしてしまったのだろうと
反省をしていることに気づいた時には
私は私に驚いた次第である。

これをいい機会として
今一度、私にとっての幸せについて
考え直していきたい所存である。

やはり、22歳に見合った幸せというのは
恋人とあまい夜を過ごすことであるべきであろう。
この歳にもなって
恋人の一人や二人もいないとは
チェリーの称号を授与されかねない。
しかし、丹精込めて育てた
私のさくらんぼは
とうに収穫されたことを強調しておきたい。

若いうちの幸せとは
さくらんぼの木のそばに
コロコロと転がっているものかもしれない。
とりあえず私には、それが足りていない。
▽タンタンタンタタタン

店長のごちそうで焼肉をいただきました。
のっけからのコーラから
最高においしかったです。
こうやって、バイトのメンバーと過ごせるのも
卒業することを仮定すると、あと2ヶ月です。
あっという間でしたが
最後は惜しまれながら去ることができるように、あと少しがんばっていきたいです。


▽新年の恒例行事その2

いつも親類の関係で
お正月になると神社でお手伝いをします。
火の番をして、その火を見つめて
自分自身を見つめ直すのですが
それには寒さ、煙、寒さに耐えなければなりません。
こうして、ぼくは忍耐力を手にいれてきたつもりです。

http://ameblo.jp/ququ3/