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日本人の朝は味噌汁の温かさから始まる

屋根裏に隠しておいた日記帳のような、新感覚メモリアル

昨年の年末に
私はフェスというものに出掛けた。

とりあえず片腕をあげることは必須であり
時には踊り狂い、頭も振ることもある。
要するに、普段の生活であれば
他人から距離を置かれてしまうようなことでも
その場でならお咎め無しである。
それはもう、何でもありの無法地帯ということだ。

これが私が2度だけ経験した
フェスというものの全貌である。

私は昨年の夏に
初めて野外フェスというものに出掛けた。

どういうものであるのか
よく把握をしていなかったため
備えあれば憂いなしということで
夏の日差し対策として、帽子とサングラスを用意した。
そして10年ぶりくらいに日焼け止めを肌に塗りたくり
さらには動きやすい服装が好ましいと考え
半袖半ズボンの格好に加えて
ニューバランスのスニーカーまで装備した。

要するに、これは
備えあれば憂いなしの最高傑作なのである。

そうして、自信と誇りを胸にして
夏フェスという無法地帯に飛び込むまではよかった。
そう、それまではフェスというものに
夢と希望と情熱と感動がてんこ盛りの
青春の詰め合わせギフトセットという妄想に浸っていたのである。

しかし私のギフトセットには
現実と失望と戦慄と落胆がてんこ盛りであり
青春の味は人それぞれ異なるとは耳にするが
これほどまで私の青春は苦さ溢れるのかと悶絶したものだ。

まず、あれほど暑いものとは思わなかった。
晴れた真夏の日を外で過ごすことは
青春にはふさわしくない。

そして、殴られるとは思わなかった。
曲に合わせて聴衆が踊り狂うなか
メロディと連動して発せられた
赤の他人からの右ストレートは
いくら事故とはいえども
私のこめかみにクリーンヒットした。
その結果、私のお気に入りのサングラスが大破した。

そして、靴が汚れるとは思わなかった。
青々とした芝生の会場は
みるみるとその瑞々しさを失い
気づけば砂ぼこりが舞う自体となったため
普段から大切に履いている
お気に入りのスニーカー(2万円)は
砂でコーティングされる事態となった。

終いには以前にご縁があって
お付き合いをしていた方にも出くわしてしまった。
しかも事もあろうか、二人もである。

その一つ一つがボディーブローの如く
私のハートに深刻なダメージを刻み
青春に真っ向から立ち向かった私は
本来あるべきはずの青春とは
こんなはずてばないと叫びながらも
ついに青春の刃に屈したのである。

私が夏フェスに関して覚えている高揚感らしきものは
何があっても大丈夫であるようにするため
万全を以てして備えているときが
最初で最後であったのかもしれない。

青春の悪い面ばかりが露わになった
前回のリベンジとして今回参加する決意を固めた。
しかし、私の本来あるべきはずの青春を
この手で取り戻そうとしたが
この場所にはどうやら転がっていないようだ。

そうして、私は青春を見失ってしまったのである。
尊敬する森見登美彦氏の言葉を
誠に勝手ながら、拝借すると
そろそろ世を飛び交う
「明けましておめでとう」も落ち着いてきた頃である。

これまで、私にとっての
「明けましておめでとう」とは
「ひらけゴマ」みたいなものであり
親戚のみなさんとの集まりのなかで
その呪文を唱えると
お年玉という名の大判小判がざっくざくという
とってもありがたいものであったが
そんな私もオトナになってしまったことで
その効力はすっかり身を潜めてしまった。

このような童話は
やはり子ども向けであるようだ。
オトナにとっては否応なく
そんなことはあり得ない現実が待ち構えている。
非常にシビアな世界である。


我が家系においては
年に2回、親戚が勢ぞろいする機会が設けられ
その1回がお正月である。

私は都合がいい人間であるため
アルバイトのせいにして
その集まりには4年間は参加していない。

その理由ははっきりしている。
我が家で権力を失った父親が
ここぞと言わんばかりに
親戚に対して私の不平不満を撒き散らかすのだ。
そんな場所に居たところで
私の顔面は苦笑いがテンプレートになってしまう。
どうせ、年に2回しか
親戚に対して顔を合わさないのなら
もっとにこやかな表情を覚えていてもらいたいものだ。

私がもっと幼くて
我が家の覇権を握っていなかった頃は
私のことを、目に入れても痛くないはずであったのに
それから何年か経過した今となっては
私のことを押し付けがましく
人の目に入れようとしているのである。

自分が痛いと思うのなら
他人だって、もちろん痛いのである。
そして、誰の目に入れられるのか彷徨っている
私自身だって、もちろん痛いのである。

マイナスとマイナスとマイナスをかけたら
無論、マイナスであるのだ。
仮にマイナスとマイナスをかけたところで
数式上はそうであっても
現実上においては決してプラスにはならない。

4月から就職をするために
アルバイトの理由が通用しなくなる来年から
私はこの無益な争いに
全面的に参加しなければならないだろう。

しかし、これまでも、これからも
方法はどうあれ「逃げるが勝ち」をモットーにする所存である。
敵と向き合うことなく、活路を見出すことが
やはり時代の流れというものではないのであろうか。