22年前の今日
長女が生まれた日
ちょうど遊びに来ていた実家の両親と共に 近くの観光名所へ出かけた帰り道 出産の兆候と見られる出血があった
まだ八ヶ月というのに…
慌てて帰宅し かかりつけの病院に電話
日曜日だったということもあって
「八ヶ月目でしょ?自宅で安静にしていて下さい」
と そっけない返事
不安を抱えながらも横になりテレビを眺めてた
時々襲ってくるお腹の張り…
テレビの時刻表示が目に入る
5分ごとに正確にお腹が張る
私「おか~さん~!なんだかこれ陣痛みたい。。」
もう一度 病院に電話
「先生はいらっしゃいませんよ!…そうまで言われるなら 助産婦さんでいいですか?じゃぁ お見えになって下さい」
なんだか不機嫌そうな看護婦の対応
病院に行き助産婦さんをまって診察を受けた
「クオさん!子宮口全開です!お産になります!」
?ヽ( ^ 。^ )ノ? アレアレー?という間に 分娩室に連れて行かれ…
以後は分娩室での会話
助産婦「八ヶ月だったら未熟児だから 保育器を用意して」
看護婦「どこにあるんですかぁ?」
新人だか 慣れていないのだか 頼りにならなそうな若い看護婦さん
助産婦「保育器のスイッチを入れて暖めてて準備して」
看護婦「スイッチどこですかぁ?」
私(オィオィ…)
「おぎゃ~ぁ!!」
助産婦「女の子ですよ~!1300gでちょっと小さいけど 元気だから安心してね 未熟児専門の病院に運ぶ手配を取りますから少しまってね」
私(え~~~?生まれる前から小さいってわかってるのにこれから手配するのぉ?)
助産婦「もしもし・・・(状況説明)はい 酸素吸入ですね 酸素濃度は○♯*\/@......わかりました」
私(大丈夫なんだろか・・・)
(((^^;)(;^^) ))あたふた・・・してる様子
突然助産婦さんが叫ぶ!
「あなたこれ 酸素出てないわよ!赤ちゃん呼吸止まってるじゃないの!」
バシッ!バシッ!
「ふぇぇ~~ん」
か細い泣き声。。。
その後も アラソラ(@@;))))~~(((((;@@)アラソラ
分娩台の上で放置され 身動きできない私
お迎えの救急車が来るまで生きた心地がしませんでした。。。
30週1300g極小未熟児で生まれた娘は なんとか一命を取りとめ 早産による機能不全(月足らずで肺などの臓器が完全に出来上がっていない)の苦境を乗り越え 三ヶ月後に2000gに成長して退院
身体が弱く年に何回も入院
交通事故にもあいました
後遺症で皮膚移植をうけたことも。。
普通高校に入ったものの病気欠席が多くてお勉強についていけず 学校をやめたいと泣いた事も。。
病院とはなかなか縁がきれませんが
それでも もうすっかり一人前
親元を離れ自活しています
親は反面教師w
なによりも 人の痛みがわかる娘に育ってくれたことに感謝
これからも色んな経験をつんで 心豊かに大きく育って欲しいと願います(*^^*)