こんな時間に目が覚めて、ふと放置してたこのブログを見たらまだそこそこ業者以外でもペタがあったり。
もうラブプラスに関してはすっかり惰性になってしまって、
コンマイももう投げ出した今となっては特筆すべき点もないのだが、
最近ふと空きメモリで寧々さんに浮気したらまたちょっと盛りつつあるんだが
まぁそれはまたのお話。
とりあえず徒然と。
腐女子だけでなく男子にも「BL好き」が増加 その心理を解説
男性同士の恋愛を描いた、ボーイズラブ(BL)は、今や同人誌市場を支える大きなジャンルのひとつとなっ..........≪続きを読む≫
BLで男が読んでも面白い作品は確かに存在する。
上手い作家さんは登場人物の相関関係の妙がひと味ちがう印象。
BLは受け攻めも込みで人間関係が肝と思われ。
このあたり普段でも人間関係に敏感な女性ならではともいえるんだが、
同時に絵的にも上手い人が多い。
男同士の絡みが主とはいえ、人間二人の配置、絡ませ方は、男女、百合に置き換えても応用が効く。
世の中すべからく勉強である。
絵といえば、某絵描きSNS
ここでも上手い人が大勢いて日々創作の良い刺激になっている。
ここに来る人は基本「描ける」ことが大前提で
描けない人はROM、
そんなふうに考えていた時期が俺にもありました(AA略)
某企画に参加した時、その考えは浅はかだったことに気付かされる。
描けない人がバンバン投稿してる。一人や二人でなく五人六人と増加しつつあるほどに。
いささかカルチャーショックであった。
その企画はもう3年ほど続いてるのだが、開始当初は結構上手い人が主流で運営されていたのだが、
いつしかそういった人たちの殆どは企画を離れてしまっていた。
またまだ参加をしてない人でそのジャンルを好きそうな上手い絵師さんもいるのだが、
どうも参戦する気配がない。
ジャンル的に自分の好きなどストライクと思って、ノールックで参加してしまったことを少々後悔した。
人間は基本自分と肩を並べるものと打ち解けるもの。
まぁ俺が器の小さいコミュ症って事もあろうにせよ、人は少なからずそういう部分はあるのではと思う。
まぁ上手い人でもそういうことに寛容な人はいるので
これはなまじ中途半端なレベルだからこそ感じることなのではと思う。
中途半端なレベルだと、描けない人からは描ける事を羨ましがられるが、
自分的にはもっと上手い人を目標にしてるのでまだまだ道半ばな未熟者という、
それだけでも認識のズレがあったりする。
あと、人間、結構マジに打ち込んでる趣味ってのは、内心自負もあったりして、
余人が軽々に拙い知識や技術で関わってくることにあまりいい気がしない、
というのは、その趣味が音楽であれ映画であれスポーツ観戦であれ少なからずあるのではと思う。
このあたりについては、まぁ絵なんて本来競ったり比べたりするものでなく、プロでもない限り描く当人が気持よく描ければそれでいいわけで、それで良いといって受け入れてくれる人がいれば何も問題はない、という判断くらいはつくのだが。
が、美大受験で優勝劣敗の世界に身を置いていた、というのもあるのかもしれんが
それをどうにも、飲み込めない自分もいる。
この辺り、サソリが自分を乗せて川を渡っているカエルを刺し殺して諸共に沈んでしまうような業で。
鍛えて伸びる可能性がある以上、その差が埋まりうる分野に「差別」は存在しない、というのも持論だが、
一方で最近、どんなに描いても絵を上達せしむる能力が元来無い人もいる、という脳科学的研究データがあるという事も知り、まぁ二律背反な葛藤を抱えてたり。
その人の人間性までは否定してないだけに。
じゃあそんなことにこだわらず、交流メインでゆるくやっていけばいいのか、と思ったら、
主宰がまた杓子定規な人で、普段事務的コメしかせず、
ちょっと規約に触れることになると問答無用で一方的にボロクソ言ってきたりで(´゚д゚`)ェェエエ工
この人も前任の企画開始時の人から企画主宰を譲り受けた人なんだが、
そう言う割にはほとんど企画に投稿もせず、
「交流をメインに」と謳ってる割には自分自身知ってる人としかわずかにしか交流絵も描いてないし、
こっちへのメッセには「近々辞めたい」などとのたまってて、でもズルズル続けてるしなんだかなぁと。
で、すっかり萎えたw
悪貨は良貨を~までとは言わんまでも
まぁなんにせよ情勢をちゃんと見極めてから行動しないとイカンなぁと。
企画自体がキャッチーなジャンルなので本当に色んな人が寄ってくる。
そのジャンル自体は好きだったけど今後はその手のを描くにも考えないとか…
と思いつつ、別SNSのコミュ経由でここのとこアニカラオフに行くことにハマってるんだが、
みんな上手いんですよこれが。
男で女声とかザラだし。
でそんな中でもまぁ、中々歌う機会のないアニソンを大声で歌うってのは自己満レベルでも気分はいいもの、
なんですが、何回か行ってるうちにやはり人の反応も気になってくる。
自分の声の限界も見えてくる。
そこでふと、
表現活動の交流ってのはだいたいどんなものでも必然的に巧拙の差の壁ってのが存在するのだなと。
それを双方周囲皆が寛容していればいいが、大なり小なり正直な批評というものも内包するもの。
表現というものは元来の才能もあるが努力によって多少なりとも見苦しくないものまでは持っていけるもの
その努力をしていない、ということはやはりその点で蔑まれることもかくや。
「絵」というものになぞらえたら実にしっくりきた
「自分はこんなもん」と妥協するのも生き方だが、よりよいものを求めるならばやはりすべき努力をするしかない。
人に晒すことを前提とする表現というものは生半可ではないものだ。
というわけで今更裏声を習得すべく色々調べてる。
ヘッドボイスとかミドルボイスとかファルセットとか初めて知ったり、まぁそんなレベル。
とりあえず、高音は喉を広げつつ声帯を締め、吐く息を絞るべし、と。
あれか、演歌歌手が昔、蝋燭の火を揺らさないで朗々と歌ったってのはこれか?
とまれ、笑う感じで口広げると喉も広がる感じなのでその線でやってみよう。
とりあえずはまだやったことのないヒトカラというものをせねばならんか。