バウンダリー(境界線)が何であるかが分かり始めた私は再度コートさんへ質問のメールを送りました。
*コートさんへのメール*
夫の休職についてお話しさせてください。(夫は調理人で、都内のホテルに在籍しております)
夏に2か月間「不安障害」の診断により休職、9月から復職して2か月でアルコール依存症により休職となりました。
この時、夫は会社を何度も辞めたいと言っており、私も反対はしませんでした。でも、総料理長が「回復を待つ。好きなだけ休んでいいから、戻って来い。調理の仕事が嫌なら他の部署もある。まずは身体を回復させろ。」と言い、夫は「辞めさせてくれない」と私に話していました。
後に私が総料理長にお会いした際に、夫は辞めたいと申し出た時はいつも飲酒をした後だったこと、辞めたい理由を聞いても答えないこと、アルコール依存症の部下は幾例も見てその難しさはわかっていること、その上で夫を料理人としてサポートしたい気持ちがあることなどを聞きました。
会社の人事部から、総料理長・人事・夫(人事の意向により私も同行)で今後について話し合いたいと言われたのですが、当日、夫は既に泥酔しており話し合いに行ける状態ではなく、私一人で向かいました。
コートさんからのメールに、夫が職を失って誰が困るのかという一文がありました。
正直、最も困ると感じていたのは私です。
夫が退職になれば社保も厚生年金もなくなります。入院治療するなら傷病手当金も申請したいと思っていました。もし退職となれば傷病手当金の申請もできなくなります。
預金も残り僅かな今の状況でそれは困ると思いました。
私は夫の治療費と生活費、つまりお金のことで頭がいっぱいだったのです。
夫のことは見ていたつもりで、全く見ていなかったと今は思います。
こんな家庭が居心地良いはずがありません。
夫が実家に向かったのは当然の心理です。
そして、私は夫からの連絡に応えませんでした。
これは正しい行為なのですか?
どうやら夫はスマホを紛失してしまったようなのですが、このことは何も対処しない方が良いのでしょうか。また、対処することは境界線を越えることになるのでしょうか?
コートさん。
教えてください。お返事、お待ちしています。 蒼いぶらうす
コートさんは忙しいなか、すぐに返事をくれました。
*コートさんからの返信*
とても難しいですね。
前提として、【 絶対に正しい、という正解は存在しない 】というのがあります。
その状況に合わせて、最適と思われる解を都度考えていく、という姿勢が大事です。
その上で、今回のケース。
|私は夫からの連絡に応えませんでした。これは正しい行為なのですか?
何を持って【 正しい、あるいは正しそう 】かという観点ですが、
依存症の問題は、まずは家族が精神的に健やかな状態になること、が大事です。
ぶらうすさんがケイトさんからの連絡に応えなかったのは、今の状態で応えるのはしんどいなぁ、などのお気持ちがあったのではないでしょうか?
もしそうであれば、無理して、対応する必要はありません。
上記の意味で、ぶらうすさんの対応は、【 正しい 】のではないでしょうか。
|どうやら夫はスマホを紛失してしまったようなのですが、このことは何も対処しない方が良いのでしょうか。また、対処することは境界線を越えることになるのでしょうか?
一般的には、ケイトさんから「なんとかしてほしい」と依頼があった時点で、ぶらうすさんがどうするかを検討する、という流れになります。
現時点で、ケイトさんからの依頼は来ていますか?
※依頼もない時点で、こちら側が色々してしまう行為は、一般的には、ぶらうすさんが記載されている通り、【 境界線を越えること 】になります。 コート
なるほど🧐
「何をするか」ではなく「どんな気持ちが根底にあっての行為なのか」が一つの基準なんだなぁ・・・
「良かれと思って先回りして行うこと」は相手のためではないっていうのは、こういうことなんだ💡
ちょっとだけバウンダリーの意味がわかってきた感じがする。
うん!
これ、もしかしたら大きな一歩かもしれない🙌
でも、ホント、コートさんの説明ってすごくわかりやすい。
それに人柄があたたかい。
いつも私のこころを傷つけないように、でもわかりやすく・・というコートさんの気持ちがメールの文面から伝わってくる☺️
少しずつ共依存について分かり始めた私でしたが、このときケイトさんと連絡が取れなくなって4日経っていて。
生きているのか、元気にしているのかと気を揉んでいたところにケイトさんからLINEが!
「もう帰ります」
あぁ、元気にしていたんだな〜と安心したものの、それとは別に帰って来てまた一緒に暮らすと暴言が始まるかもしれないという不安もあって、私は
「そうですか」
とだけ我ながら実に素っ気ない返信をしてしまいました。
その後、ケイトさんからの連絡はなくて。
でも・・・
「生きててくれてよかった・・・
」
連絡があったことで生存確認できた私は心底ほっとしていました。
一方で、いよいよケイトさんが戻ってくる、またあの地獄のような日々が復活するのかもしれないという不安も湧いてきていました。
いや、もう私はあの暮らしには絶対に戻らない!
私のなかで覚悟のようなものが芽生えていました。
これから私の共依存症との闘いが始まるのだなと避難用のアパートの寝袋のなかで、私は一人寒さを凌いでいました。