ただ聞いて欲しいだけの私のメールに対して、福祉施設を運営しているコートさんは元旦にもかかわらずすぐに返信をくれました。これにはとても驚きました。
大晦日の深夜に送ったメールに対して元旦に返信が返ってきたことだけでもとても感激だったのに、元旦に2通目の返信もくれるなんて....。このコートさんという方はどういう人なのだろう?お正月も返上で働いているのかしら?
そんな疑問とともに、自然とコートさんへの興味が湧いてきます。
しかも、こんなに依存症家族の心情を理解してくれる人は初めてです。
私はそれらのことにとても感動していました。
そして、コートさんからの2通目のメールには、私の心情に寄り添いつつも冷静に見つめる支援者としての視点が込められていました。
まず最初の一文。
とてもお辛い経験をされてきましたね。詳細にお話しいただきありがとうございます。
この文を読んだ瞬間に、「あぁ、ここにわかってくれる人がいる」という安心感がありました。それは、縮こまっていた私の心が少しずつ広がっていくような、あたたかい感覚でした。
この感覚を得られたことで、次の一文が素直に私の中に落ちてきました。
前夫とケイトさんを重ねてしまっていた私は、ケイトさんが自ら命を絶ってしまうのではないかということをとても恐れていました。
そんな私に対して、コートさんは難しい言葉を使わず、わかりやすい表現で、でもきっぱりと諭してくれたのです。
ぶらうすさんがご主人に対応しないことで、結果的にご主人が何かしてしまっても、それはぶらうすさんのせいではありません。ご主人が自分で決めて自分でした行為にすぎません。
もし、ぶらうすさんが対応する心の余裕がないのであれば、対応しない方がいいです。
そして、最後にコートさんは再び私に勇気を与える言葉を残してくれました。
まずは、境界線をしっかり引くことを一緒に意識していければと思います。
独りぼっちだと思っていた私の元に「一緒に」と言ってくださる人が現れたーーその事実に、私は強く胸を打たれました。
このとき心の中に、「理由はわからないけれど、もしかしたら大丈夫かもしれない」という小さな光が芽生えたのをはっきりと感じていました。
そんなことがあった翌日、私はようやく履歴書を書き上げました。自分の心が見えていない中で自分をアピールするのはとても難しく、随分と時間がかかりました。
ほっとしたのも束の間、履歴書の作成を終えた私の頭の中はすぐにまたケイトさんのことでいっぱいになりました。そう、まるでストレスから逃れたい一心で、脳がケイトさんの存在で埋め尽くされているかのように。
昨日から胸がざわついて仕方ないな・・
ケイトさんは無事でいるのかな?
居所を追えなくなったのはただ単にスマホを紛失しただけなのかな?
もしかしたらホテルで倒れたりしてるんじゃないかな?
意識を失っていたらどうしよう?
眠れない。
LINEは既読にならないし、たぶん今もオフラインのまま。
スマホの電源を切った?スマホをなくした? それとも・・・ 入院してる?
親戚のぼたんさんに尋ねてみようかな・・
でもケイトさんに何か起きたとしても、きっと蒼い家の人たちは私には連絡してくれないだろうな。
例えばそれが(ケイトさんが)意識混濁のような状態だとしても私には知らされないのだろうな。
だって私は強力なイネイブラーで、彼らはそのことをみんな4年も前からわかっていたのだから・・
頭の中が異常なほどケイトさんのことでいっぱいになり、身動きが取れなくなってしまった私は、自分の力ではどうにもならないと悟りました。そこで翌朝、再びコートさんに相談のメールを送ることにしたのです。