男の常識は女の非常識、

女の常識は男の非常識。




 男と女は、互いに習慣や思考癖、言語規則の異なる異民族です。

 ご当地の常識を捨てることにより、外界とスムーズな関係を築くことができるのではないか……

 それが今回のネタ。


 好評のようですので男女ネタを続行します。
 今回は、お相手のいない男子、お相手とうまくいってない男子向けで。



1.男女が仲が良いというのは凄いこと――異民族間の融和、理解は難しい



 男女とは異民族

 男女はくっついて家族という共同体をつくる一方、男だけ・女だけの集団を形成することが多く、男女それぞれは生活習慣や価値観を異にする異文化集団でもあります。
 少なく見積もっても、狩猟民族と採集民族の違いくらいの思考癖の差はあるでしょう。

 それが手を携えて歩いていく、一つ屋根の下で暮らしていくというのは簡単なことではありません。

 異性とうまくやっていくことはスゴイこと。褒めてしかるべしです。これができる人は僕の周りにも沢山いるのですが、皆さんもそのパートナーも大したものです。

 一方、我々男子の間にも程度の差はあれ、女子への対応の仕方を知らない人も多いですよね。僕もあまり言えた方じゃありませんけど。
 まあでもアインシュタインが言おうとのび太が言おうと1+1=2です。今回は女子への対応の仕方を語り尽くしましょう。



2.男女が互いを理解することは絶対無理――慣れて対応することはできる



 考え方の違う地図上の異民族間では、相互理解が成立しえます。
 ところが男女の間では無理です。

 女心を理解するということは、男性に性的魅力を感じることでもあります。
 男女とは対に成り立ちますから、男性の性的魅力を理解することは、つまり女性になることで、それは男性でなくなることです。こんな芸当ができる人は、ゲイなりバイなり異性なりになっているはずです。
 男性である限り、女心を本当に理解することは無理です。

 でもまあ問題はありません。逆を考えてみたらむしろイヤでしょ?男心を理解する女子とは、生理の面倒を知らず、溜まった精力を知る女で、男性化した存在です。
 「俺を理解してくれる」というのは、実は貴方を放任、信任してほしいとか、必要なものを察して出してくれることではありませんか?


 ですので、いわゆる女心を理解できる男子というのは、女子の立場で感じたり考えたりできる男子のことではありません。

 たとえば「ここからは向こうの世界だから」と放任できる男子。
 レストランで女子が「ちょっと」と席を立ったときに「ね、どこにいくの?何しに行くの?」と聞かないとかです。

 もしくは「聞いてほしいだけだろう」と察知して余計な口を挟まないなど、「こういうときはこうだ」という経験則を積み、ニーズを満たすことができる男子を指します。

 まとめますと、我々に女心を理解するのは無理。
 でも経験則から上手くやっていくことは可能。

 そのために女馴れが重要ということになります。



3.女馴れの機会は特権――近距離で異性を知る機会は限られる


 女馴れできるかには、環境による格差が大きいです。

 女馴れ≠恋愛馴れですので、イケメンか否かは関係がありません。姉妹の有無や、幼少期の近所の子供たちの構成や、小中学校の環境のほうが重要です。

 女子を知るには、貴方が男性扱いされては難しいです。

 異性と認知した相手は、いわば英語メニューのある寿司屋か天ぷら屋に連れていくのであって、昨日の残り物のきんぴらと梅干しにアジの干物を食べさせるようなことはしません。
 他社の人はビジネスが成立しうる相手であって、同僚のような付き合い方はできませんよね。顧客とオレ・オマエで徹夜で飲むには、学生時代に知り合っておく必要があるでしょ?女子を知って育った人は、女子への対処に格段に有利なんです。反吐が出るほどに。

 どこが残酷で、どこが優しく、何に傷つき、何に平然としているのか。

 ウケるシモネタと、セクハラの違いの機微。

 接近できるスキンシップと、通報されるスキンシップの違いのツボ。

 この異民族を知るには、性徴の出現過程において差異を感じながら、日常諸事による反応を経験するのが一番でしょう。ことに少年マンガの女子、少女マンガの男子は妄想の産物で現実離れしており、少年期には決定的な誤解をすることが多いのです。

 僕にはかなり不利でした。女子という民族を多少なりとも知ったのは、30歳を過ぎてからです。
 女子トイレにもお花畑だけでなく陶器が存在するようだということも、この頃に知りました。
 それだけに、女馴れの価値を身に染みて感じているつもりです。



4.男子族の常識は女子族の非常識――民族的な習慣の違いと類似



 裏ワザっぽいですが、僕には代用品がありました。
 リアル異民族馴れです。
 これのおかげで女子にも冷静に対応できるようになりました。

 日本の常識は世界の非常識。

 中国やブラジルやアメリカの常識も世界の非常識ですよね。


 よくある話ですが、「仕事でミスをして上司に叱られた」ということを、女子は共感してほしくて話しているのに、男子は解決を目指して答えるので、すれ違います。

 これは文化的なすれ違いであって、お互いの集落の常識を押しつけあうと対立します。

・言語慣習が異なる
 女子族社会では、会話の目的が
問題解決のときは「○○を○○したいんですが、」と前置きし
 とくに前置きがない場合は、共感を目的とするルール
 
男子族社会では、会話の目的が
共感のときは「おい、ちょっと聞いてくれよ、」と前置きをし
 とくに前置きがない場合は、解決を目的とするルール

・正解はない
 精神的な問題の解決方法は、実は具体的な問題の解決に依存するケース
 (早くやっておけばよかった。悩んでいたのがばかみたい)
 具体的な問題を解決したいようで、実は解決したいのは精神的な問題であるケース
 (俺の問題は転職の成否ではなく自信を持てないことだった)
 このようなケースはよくあること



 ちょうど異民族間の慣習的ルールの違いのようなものです。

 日本では目を逸らすことが敵意の無いことや敬意を示し、じっと見ることは威嚇や兆戦であり失礼とされるのに対し、アメリカでは相手の目をじっと注視しないと、軽視や何かの隠蔽とされます。
 子供を叱っているときなどに顕著ですよね。反省して下を向いているのに「こっちの子は卑怯で逃げようとする」と思われていたり、しっかり聞こうと目を見ているのに「こっちの子は生意気で反抗的だ」と思われていたり。

 こういったことは、隣村のルールは想像以上に違うと認知していれば普遍的に対処できます。
 女子、恐るるに足らずです。



5.男性社会の封鎖を出よう――女子がいなければ異邦人で異人慣れを



 保守的になってしまうと、内向的になります。

 あえて毒舌気味に言えば、世間の狭い人ほど常識が好きで、異性という異民族を理解することは難しくなります。

 「俺は論理的に問題解決に向けて話しているのに女はバカだ」


 「話通じないし、何もわかってくれない鈍い人」


 などと、イライラする上、相手にしてもらえない状態に陥るわけです。


 同一性、均質性による封鎖の打開は簡単ではありません。

 アインシュタインは「常識とは18歳までに身につけた偏見のコレクションである」と言ったそうですが、つまり若いころに、どんな人々が周りに沢山いたかで常識は決まります。
 若いころに男(女)社会にいると、男(女)性のみに通じる発想にとらわれがちです。
 それなのに少子化や核家族化があって、成長期に性別を超越した関係を築ける異性は希少な存在になっています。

 さらに非常識という語がネガティブであるように、近代の大衆社会では、多数意見は正しい、少数意見は悪で、誤りとされる圧力が強く働きます。とくに日本では儒教徴兵からくる男尊女卑も残り、これも男子には常識崇拝の圧力になります。おらが村が一番になってしまい、八方塞がりです。

 異民族と触れ合う経験は、異性に対するだけでなく、オタクとヤンキーのような文化属性や世代や出身地の差といった、常識の異なる身近な異邦人とのコミュニケーションに役立ちます。
 このことを旅先の砂漠で会った医療関係の人に話したところ、「自分も年寄りと接してて、多少の常識の違いには動じないようになった」と言っていました。
 遠くの人であれば何でもいいのでしょう。ヤンキーと談笑できるヲタは、女子相手にも善戦できるでしょう。



6.余計なことを考えていませんか?――常識から解放され、贅脳をダイエットしよう



 今回の悟りは、脳を使わないことです。


 漢字というのは実に素直なことが多く、「脳」「悩」右側(𡿺 ←環境依存文字、見えてないかもしれません)は髪の毛と顔を表すそうです。こういう顔の奴いますよね。

 これに臓器をしめす月へんがつくと「脳」。心(立心べん)がつくと「悩」になります。

 すなわち煩悩(ぼんのう)とは、頭が心に与える余計なウザいことです
おまけですが、「悩」の字は後漢の時代には広く通用しており、仏教伝来以前、儒教隆盛以前からあるようですから、自然感覚的に生まれたのでしょう。つまりこの字は仏教による文字ではなく、思想的には中立です)。

 「とことん考えよ」という知性信仰は、儒教社会と西洋近代思想の常識に過ぎません。

 東洋では仏教や老荘、西洋ではカトリシズムなど、人間の脳を信仰しない常識も多いのです。僕の言葉でいえば、現代人は贅脳だらけです。特に男子。

 考えすぎると頭でっかちになるだけですので、この常識を一度取り払ってしまいましょう。

 実は、異文化交流の障害は頭脳なのです。



7.包容脳を育てよう――お利口さんを卒業してワルになろう



 そこで、余計な頭を使うのをやめます。
 記憶力整理力精査力分析力集中力感受性正確性を捨てます。

 その状態では以下が発動しています。
 忘却力混沌力概観力包括力拡散力不動性余裕(遊び)


 人為的につくられた細かい脳を、自然的な鷹揚な脳、いわば包容脳に近づけます。

 まあ僕も程遠いですが、包容脳は多様な人々に対応できる天下人タイプです。
 大局を見て、細かいことは気にしない、覚えていない。
 一々動じない。小さいことを指摘しない。
 引き出しが多く、様々な状況に対処でき、相手に放任でき、落ち着いており余地がある。


 逆(上の段)はというと、生産性の高い能吏タイプです。
 一点を見て、細かいことにも気づき、覚えている。
 諸事に反応し、小さいことも見逃さず指摘する。
 一つのことに集中して掘り下げることができ、相手に干渉でき、機敏で正確に整っている。


 能吏タイプは、これがあるべき頭脳だと思っているので、この能力を相手の欠点の指摘に活かし、「俺は正しいのに女は……」と言いがちなんです。通じるわけがありません。ただの痛い人です。


 最近の女はバカだから、軽薄でバカな男が好きだ畜生めーーー!

 となっている貴男!
 そう、邪魔なのはご自慢の頭脳です!

 たとえば「男女別学で学力を上げよう」という計画は、視点を変えれば愚の骨頂ですよね。
 「異性に慣れておくことが正解」と定義すれば、そうなります(というかコレ、計画実行したら30年後に被害者団体できませんかね?僕だったら性犯罪者かテロリストになっていたと思うんですが)
 ともあれイイ子、お利口な子にされたら負けです。

 こういうタイプは秀才型やエリート型に特に多いんですが、臨機応変に包容脳とスイッチしましょう。
 なぜ能吏型がお利口とされるかというと、それが常識だからなんです。
 常識は常にローカルであり、対外接触の邪魔です。放り出しましょう。

 「バカには自分がバカだということがわからない。」
 まずはこれを叩き込み、IQや年収、テストの点が高いと頭がいいと思いこむ俗信を捨てましょう。
 機転が利くからとか、面白いからとか、理屈が通じるとか、違いが分かるとか、正確だからとか、そういうのもやめましょう。
 80代までなら手遅れではないので、今からでもバカなワルになりましょう。



8.包容脳は気にしない――分別のない大人になろう



 この包容脳は、端的にいえば、女子が「ちょっと」と席を立ったときに
 「ね、どこにいくの?何しに行くの?」
 と聞くことができない脳です。

 コレ、今の世では知性信仰がありますので、デリカシーがあると呼ばれています。
 ところがそうではありません。
 モノの本に従って、デリカシーを身に付けようとした奴ってイケてないですよね?
 繊細で敏感になったらダメだからなんです。

 男子である限り、女子のセンスを手に入れることは絶対に無理なんです。

 反対にバカで鈍くていい加減を目指します。
 そもそも、誰かがどこで何をするかなどを気にするなんて面倒じゃないですか。
 相手だって想像してほしくありません。正確に推理するなどもってのほかでしょう。
 だから放っておけばいいんです。贅脳を捨て、「何をしに行くのか」という分別をなくしてしまいましょう。

 いいですか?

 分別のつかないバカでいいんです。

 「俺についてこい(優れているのは俺のほうで、劣っているのはお前のほうだから)」
 と
 「俺についてこい(理由はない、強いていえばお前が欲しいから)」
 では、
 包容力という意味では絶望的な差があります。

 分別のない大人になりましょう。



9.バカ男は何をやっているか――包容脳の活動例


 レストランで、女子が「ちょっと」と言って席を立つ。

 ルノワールを観賞しに行くのか、モーツァルトを聴きに行くのか、素手でナイルワニを締め殺しに行くのか。

 聞くのを我慢する以上のことは、そもそも聞こうと考えないことです。
 そもそも気に留めない、一々想像しないことです。

 知的男子からバカにされるバカ男というのは、万事において反吐が出るほどコレが出来ます。
 女子という異民族が求めているのは、こうした包容男です。

 席を立った理由などに気が行かなければ他のことに気が回るので、会計をしておこうかとか、次にどうするか作戦を練るとか、サプライズを企むとかに資源がまわるはずです。

 同じように、体型を気にしている女子に対しては
 「太っているね」はもちろん、
 「痩せたんじゃない?」もダメですよね。

 女子が気にしていることは話題にした時点で敗北です。

 大切な人が禁煙に成功しそうな時、「禁煙」の話題は出さないほうがいいですよね。
 せっかくタバコの存在自体忘れていたのに……。

 つまり太っているか否か、判断しないほうが勝ち、気にしないほうが勝ちです。



10.異民族に一々干渉しない――尊重して信任・放任せよ


 女子族から“デリカシーがない”とされて嫌われている男子族のセリフを、ネットで探してみました。

 恐らくすべてがどちらに転んでもネガティブ、話題にした時点で負けというもの。


 「それって整形?

 贅脳です。整形している場合も、していない場合もネガティブに思われます。

 何より男子としても、気にしなければ、ただの可愛い女子です。
 脳が働けば働くほど失敗します。

 真実はいつも一つ!迷宮なしの名探偵!

 こういうのは野暮です。小ジワ一つ見逃さず、体重や年齢、職業に過去、何しに席を立ったかを正確に指摘する。
 障害以外の何物でもないでしょ?
 むしろ女子のミステリーはその女子の魅力なんですから、適度に放置しましょう
 目指すべきはルパン3世です。

 他に、

 ○○歳くらいだろうな、といった体型や年齢の数値

 化粧についてのもろもろの評価、ダメ出しや注文

 その過去はウソなんじゃないか、といった不信や疑惑

 俺ってどう思われてるのかな、ダメなんじゃないか、といった自意識


 泣いてた訳は何だろう、髪を切った訳はなんだろう、といった重めのことへの土足系

 地位や身長や年収や学歴が女子のほうが高いんじゃないか、といった劣等感からの彼我の比較



 見事に全部、口に出したら負けです。というか考えたら負け。原語に近い意味で“知らぬが仏”です。

 相手は我々の常識が通じない異民族です。
 文字通り敬って遠ざける、つまり敬遠しましょう。放任、信任です。
 
 経験上、女子についての気になることなんて、一度ネガティブな想像をして落ち込んで、後で安心したいという麻薬物質の欲求がほとんどです。儒者どもに洗われた脳が暴れているだけです。
 気にしたら負けです。コミュニケーションの障害どころか、劣等感+片思いのコンボが待っています。

 より高度なので省略しますが、
 頭で考えて答えたら負けという女子側からの質問
も数多いです。
 「言わせてしまってごめん」、「何言ってんだ」といってスキンシップ、「そうだね不思議だよね」等が勝利という、正解を求められてはいない質問群です。
 などなど、この手は枚挙にいとまがありません。

 いずれもバカ男どもは、反吐が出るほどナチュラルに取扱いしています。
 あっち側になりたいものです。


 まとめ

 ・男女は習慣や価値観を同じくしない異民族である
 ・男女が理解し合うことは無理で、放任のみが道
 ・そのためには女馴れが必要だが、育った環境に依存し格差がある
 ・かわりに何でもいいから異民族との付き合いに慣れる方法がある
 ・異民族と付き合うには自民族の常識が邪魔、世間を広くしよう
 ・男の常識にとらわれず対処すれば女子も怖くない
 ・贅脳の余計な考えが失敗の元、包容脳を手に入れよう
 ・保守的な常識を捨て、バカになって異民族と楽に付き合おう
 ・気にする、指摘する、想像する、批評するなどは障壁、卒業しよう
 ・自然体最強







 男女ネタはアクセス数が多いようです。

 こんな時間にこんなブログを読んでいる読者のクセに生意気なんですよね。
 男女関係や異性のことに興味を持つなんて……。

 まあいいや、ニーズはニーズです。
 コアなネタに移ろうと思いましたが、もう一本つけ足しましょう。

 今回のテーマは買い物デート

 不評ながら、可能ならば、用事と楽しみを兼ねて一石二鳥という高等テクです。

 本講義では「なぜ買い物デートが不評で失敗報告が多いのか」という危機の本質を明らかにし、
 買い物デートがコケる元である「男性側の無理」と、その元である「ヨコである性差のタテ差化」を克服し、
 終盤では「我々21世紀の人類が買い物デートをいかに利用できるか」を追求する。

 男子・女子両方の履修を認める。試験は前期末と学年末の2回(ノート持込可、過去問配布)、
 レポートは夏期に1回。出席は取らない。

 恋愛記事っぽさを出すため、ヨタ記事スタイルでお送りいたしましょう。





・買い物デートは簡単じゃない――男子キャラで買い物はムリゲー


 今日は結論から行きます。


男子は女子ほど歩けない


 コレを頭に叩き込んでおきましょう。

 コレだけを常識化・当然化しておけば、買い物デートは貴方たち二人のものです。おめでとう。
 
 “男子は女子よりも運動能力が高い”と思っている貴方は続きをどうぞ。




 特にスポーツに興味を持つ人が少ない女子側に多い誤解であり、

 特に男性が強がる文化圏において多い誤解であるのですが、


 男性のほうが、強くて体力がある


 というのは、実際には、或る場合においてだけです。



 買い物というのは、歩く行為。


 歩くのって運動だよな?

 女子に余裕ってことは、男子にはヌルゲーじゃね?



 というのが一般的な解釈ではないでしょうか。



 ところが、休日のデパートのトイレの前を観察していると、
 連れの女子を待っている各年代の男性群が、煮干しみたいな顔して並んでるんですね。

 いや、並べられているという感じで。

 女子が次々とドムンドムンと出てきて、「ごめーーーん!」とか言って、
 自分の煮干しを次の展示場に連行していきます。
 どんなに華奢であろうと繊細であろうと、中身はショッピング街を蹂躙する重戦車です。
 煮干しが憐れでなりません。



・筋肉という荷物――苦手なことを認知して無理をしない


 買い物デートの失敗の原因の多くは、男性側の無理にあります


 男性がなぜ無理をするかというと、男性崇拝のせい。

 対人戦闘力や瞬発力など、男子が得意とする運動というのは、わりと限定的です。
 じつは買い物みたいなのは不得手なんですね。

 女性保護や健康関連と、朱子学やファシズム系マッチョによる“男は強いんだウガー!”が
 運動適性の性差と混同され、男性体力の無条件崇拝に。

 得てしてウガーをやると、カップルに限らず、人間関係に不自然が生じます。


 今日の悟り講座

 巨人にとって、部屋は小さくなります。
 巨人というのは持っている肉体は大きいのですが、持っている空間は小さいのです。
 基準を“彼の持っている肉体”から“彼の持っている空間”にすれば、小人は巨人で巨人は小人です。
 大きさという相対観念も主観ですから。

 バレーやバスケに対し、低い天井の下で闘う競技や、狭いところをくぐる競技は思いつきません。
 数は少ないですが、競馬のような、軽いほうが有利な競技はつくられています。
 “デカい奴はスポーツが得意”というのは、デカい奴に有利な競技が多いだけです。

 “スポーツのレベルは男子のほうが女子よりも高い”というなら、
 それは“男性が有利な競技や規格が多くつくられている”以外の何物でもありません。

 主観や脳から自由になり、俺のほうが強いんだウガーいつも守ってやるんだウガーとか、
 男のくせにすぐ疲れて頼れない人ねウガーから解放され、
 いわば色に一々美醜をつけないほうが、自然であるのです。
 自分のほうが対人戦闘力が高いのに、愛する女子の背中に隠れたりしたら不自然になると思いますが。


 男女という性差も相対観念ですから、
 女子のほうが優れた運動能力や体力や体技を示すことは、男子のそれと同じだけあります。
 現在俗な視点からでも、身軽さ、関節の柔らかさ、事故などの衝撃への強さなんかがあります。
 買い物の運動もその一つです。

 太い首の骨とか、ムキムキの肩の筋肉とかって、歩くときには重いだけなんですね。

 身長150cmの人の10kmと、180cmにとっての10kmとは若干違うでしょう。
 体重40kgにとっての10kmと、80kgにとっての10kmは、かなり違うのです。
 40kgの人のペースに合わせてならばなおさらです。

 おまけに、デパートや商店街と言った競技場は、軸足が一本の女性客に合わせて設計され
 軸足が二本の男子がツカツカ自由に歩くには、狭く、細いです。
 買い物のルールでは、他のプレイヤーや障害物に当たるとペナルティーです。
 男子の肩は木々を押しのけて進むようにできており、子を抱いて枝を避けるようにはできていません。



・女子はランナー男子は力士――愛があっても無理は無理


 僕は世界のあちこちを旅しましたが、思うに、
 日本人女性というのは世界で最も旅に向いた種族です。

 とにかく歩く能力が高いんですね。
 筋肉や脂肪といった余計なモノを運ばない体型なんです。
 スニーカーでも履こうものならさっさと歩きだし、あまり休みもせず、翌日もさっさと起きて行ってしまう。
 昼までダラダラと飲んでるのは白人男子が多いです。

 骨が細く、脂肪が少なくマッチョでもないタイプは、マラソンなんかも速いわけです。
 よくあるマラソンの根性論は迷信で、日々のトレーニングの限界度はどんな競技も変わりません。
 重量挙げの選手だって厳しいトレーニングや肉体管理をしていますが、
 自動車を持ち上げることができても、長時間歩くことは苦手です。

 登山家と力士が持久走をしたら、最初にバテるのはどちらか

 女子の買い物に男性が悲鳴を上げるのは物理的な現象であり、
根性や愛情や興味の問題ではありません

 女子はここを押さえてあげると男性を扱いやすいでしょう。

 一方、男子は

 買い物に付き合ってあげる優しいところと、重いモノを持ってあげるカッコイイところを見せて夜はムフフ

 などと野心を抱かぬほうが身のためです。

 にぼし、カッコ悪い



 教祖様が思うに、オスの習性で勝負だウガー!をするにしても、
 女子を守ってあげようとする、つまり女子より強くなろうと挑むのは、
 ここでは向こうの土俵でもありますし、そもそも戦う相手が間違っています。
 ムキになってデートに失敗したら本末転倒です。

 そこでマッハ降伏をお勧めします。
 安西先生も「人生あきらめが肝心です」って言ってますし、
 ウガーをやるならせめて他の男子に挑みましょう。
 その際、疲れないようにするのは「素敵な旦那さんねぇ」的にだいぶ有利です。



・疲労でデートが台無しに?――疲れの印象の解釈次第では……


大好きな○○ちゃんが喜んでいるなら、僕もそれが喜び



 そう思っている男性にとって、女子の買い物につきあうことは苦痛でも何でもありません。
 デートの質としては、映画や遊園地や家と、何も変わりません。
 重いモノを手に持つ能力は男性のほうが高いので、荷物だって自然に持つでしょう。

 今どきの男性は、女子の買い物はモノを買うことが目的なのではなく、
 見て、手に取って、迷い、話してお茶して街を歩く総合的行為であることは知っており、
 その娯楽を女子と共有できます。
 ある世代からの男性は、女子のその文化を輸入しており、僕もルームメイトR7とよく出かけていました。


 問題は、男子が疲労を起こすことです。


 疲労は顔色をくすませ、頭を鈍らせます

 血行が衰え、
 目の輝きは色あせ、疲れた顔になり、
 筋肉が張って姿勢が崩れ、手すりやエスカレーターに寄りかかるようになり、ため息をついたり。
 花粉症などアレルギーも出やすくなり、その症状はストレスに。

 脳に酸素が行きわたらず、
 会話がつまらなくなり、気が回らなくなり、気が利かなくなり、
 様々な反応が鈍くなり、話しかけてこなくなる。

 こうして男子は、流しに溜まった魚の皮みたいになっていきます。


 嫌がっているわけではないのですが、
 その様子は不機嫌や無関心、怒りと同じように見えますから、
好印象を残すことは非常に難しくなります


 一瞬だけのろけをかましますと、
 僕は疲れると脳が止まって軽い自動瞑想状態になるのですが、ハニーはそれを
 遠くに行ってしまいそうな綺麗な目と言ってくれたので、うちは買い物デートに問題はありませんwww
 遊園地2時間待ちも余裕でした2www2wwww2q2q2qqqwww



・買い物デートは難しい――買い物デートをどう扱うか


 経験則は知りませんが、身体の構造差と世間の常識に基づく理屈では、
 買い物デートは要求レベルが高いということになります。
 男性のほうが疲れやすいのに、男性が疲れてはいけないと思っているんですから無理があるんです。

 危険を避けたいなら、一番の対策は一緒に買い物に行かないことでしょうね。
 最初の頃のデートは食事や商業娯楽のほうが無難でしょう。

 何かを2人で選ぶ必要がある場合は、ついでの買い物を次々としないこと。
 そこの女子、わかりましたね?
 記憶力信仰を捨て、忘却力を使いこなしましょう。


 しかし、 上手に使っているカップルも多いわけです。

 買い物デートを制すれば街中デートを制するといっても過言ではないでしょう。

 買い物をデートの機会にも利用してしまう省エネ政策
は、理想的ともいえます。

 会う機会だって断然増やせます。
 一緒に買ったものは全部記念品だから大事にするという人もいました。別れたら全処分ですけどね
 要求レベルに合った対価はありそうです。


 では、これをどう使うか。


 思いつくのは、最終的には

 ・無理をせず、適度に休むか切り上げる(男子が素直に疲れたと言える

 ・女子側が“疲れているのであって、嫌がっているのではない”と疲労反応に合理的に対処できる

 などの根本的なクリア条件を満たすことです。


 また男子には個人差が大きく、30分が限界という人もいますが、人によっては苦にしないようです。
 相手や自分が買い物デートに向いているか、一考するのも手。

 ・職業柄、立ち仕事や歩行に慣れている人は、男子の中ではかなり歩けます。

 ・趣味が女子的買い物、釣り、散策、旅行など、立つ事や待つ事が好きな人もいます。

 ・細型で小柄なタイプは、体力的に負担の少ない体型です。

 こういった男子の場合、買い物デートに差し支えがないことも。


 喫茶店に残ったりして、男子だけしばらく荷物を預かって休むのはよく知られたテクニックです。
 選んでもらって参加させる技もあるようですが、センスが合わない危険もありますね。
 

 あとは、デート全般に言えることですが、その日のエサの工夫でしょうか。
 食べ物の性差も大きいので、相手の食生活を観察するのが無難。
 買い物においては、とくに男子に無理をさせないことです。

 女子は体脂肪が多く、糖分切れ直後の甘いものがLOVEエサです。
 これは疲労にも即効性があり、かわりに腹にはたまりません。
 だから間食やティータイムを好み、お菓子を持ち歩き、チビチビ、回数を多く食べるようになります。
 従って、カフェで糖分をつまみ、休息をとりながらというのは、買い物の一部です(たぶん)。
 女性客が多い甘味処や、ダイエット系、オシャレ系(笑)の出す食事は、概して男子には物足りません。
 まあこういうところからして、男子に買い物は不向きなわけですが。

 一方、男子は筋肉が多く、LOVEエサは空腹感直後の蛋白質
 筋肉が継続的に欲しがるエネルギーである、ハラにたまる穀類脂肪分を、一気に食べて蓄えます。
 疲労すれば糖分、発汗すれば塩分も必要です。
 これが早くて量がある牛丼、立ち食い、ラーメンなどに男性客が多い原理。
 学生街の定職屋などには、女子が食ったら即死するんじゃないかという食べ物もあります。


 商業地には女性客が多く、それで女性向けの店が多く、カップルのエサも女子用に偏りがちです。
 自然系デートで女子のトイレに気をつかうように、商業地では男子の食事に気をつかうのが自然です。


 女子は、ここは動物だと思って、男子のエサの摂取(と行動力配分)を観察してみましょう。
 人間と思っては理解できません。
 中一の時、クラスの牛乳早飲みチャンピオン、デブゴンの最速タイムは2.00秒でした。
 万有引力の法則すら超越する存在です。
 僕は高2の時、大盛玉子を二杯食べたり(足りなかった)、マックでハンバーガー11個食べました(競争)。
 とんかつ屋では、仲間内では3杯が標準でした。御飯、味噌汁、キャベツがおかわり自由です。
 体重は当時52kg程度でしたから、女子とは身体の構造が違うのです。

 3時間目の授業中に弁当を食べて、昼休みは全力で暴れ、午後は寝てしまう生き物です。
 3時ごろにはまた腹が減るので、マックで中高生がガッツリ食ってるでしょ。間食ですよあれ。
 あの年代は夜もまた食べます。夜食も。
 学生が夜分にバカ騒ぎして、深夜にファミレスでハンバーグ食ってるでしょ。夜食です。
 晩飯は食ってるんです。夜はグッスリと深く、許されるならば昼まで眠ります。

 成人もインパクトは薄れてきますが、根本は変わりません。
 胃袋をつかめというのは王道で、女子はこの先人の助言をなめてはいけません。
 男子にメシをがっつり与えないというのは、女子にとっての甘い物封鎖に値する……感じでしょうか。
 すごく腹が減ることは後で食えば大丈夫ですが、腹4分目程度で一日を過ごすというのはまずいです。

 デパートやアウトレットには家族向けの男女双方に向けた店があり、
 記念日でもなければオススメです。
 若いうちは食費も痛いでしょうから、オシャレ店に入りたいなら
 事前に男子に牛丼を食ってこさせるのも手です(どうせ4分くらいで完食してすぐ帰ってきます)。
 レタスとパフェを食って荷物を持つとか、化学的に無理がありますし、
 「オレだけちょっとラーメン食ってくるわ」というのは夫婦とかでもありです。

 まあでもデートは買い物デートだけではありません。
 無理は禁物です。
 無理っぽいなら、できるだけ早く降伏しましょう。









40代の男性が、若い女性にモテている



年の差カップルが増えている




ネタにしたかった記事のリンクを失くしてしまいましたが、

40代 20代

とググると、表題の件がワラワラ出てくるので、巷では話題になっている現象かもしれません。





悲報ですが、今日言いたことは

本当に40代男性がモテているかは疑問である

ということです。





なんていうか、この世間を生きていく上で、とても基本的なことですが、


ツボ買ってませんか?


セミナーでカード作ってませんか?


そんな美味い話が、本当にあるでしょうか?




老婆心ながら、見苦しい勘違いをしているオッサンどもに、現実を思い知らせてあげたいです。

僕の中で燃え上がる、善意と親切心。




ざっと各記事を拝見してきたところ、40代男性が若い女子にモテているという流言は、


40代男性・20代女性のカップルが増えている
 → 40代男性が20代女性にもてている


というところから来ているようですが、この式は成立しません



僕は2005年頃に、今頃こうなっていることを訴えていました。



日本のカップルの平均年齢差は2、3年程度男性が上と言われています。

法的に、男性の結婚が許可される年齢は18歳、女性のそれは16歳。
前回ネタにしましたが、3年のサークル幹部と1女新入生の黄金カップルも2年差です。
4大卒と短大卒の同期。
3年目の先輩男子についた新人女子。
カップルの「2年差」は、全年代で自然視されるでしょう。
一応2年ということにしておきますが、
ここでは何年差かはわりとどうでもよく、男性が年上のケースが多いことが問題です。


この年齢差の持つ意味は非常に大きいです。




少子化期に生まれた場合、どうなるでしょうか?



僕の年の男子より、僕の2年若い女子の数は少ないんです。



そう。

少子化期に生まれた世代では、男が余るのです。




40代男性はモテているどころか、むしろ厳しい時代なんです。

結論から言うと、今の35歳くらいの世代が一番つらいです。おめでとう。



以下に図解しましょう。



2014年現在の、少子化の始まる世代の人口比を、以下のように仮定し、白が女黒が男とします。


▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽ ▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼ 1972年生まれ 42歳

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ ★★★★★★★★★★ 1974年生まれ 40歳

△△△△△△△△ ▲▲▲▲▲▲▲▲ 1976年生まれ 38歳

◇◇◇◇◇◇ ◆◆◆◆◆◆ 1978年生まれ 36歳



これを

・男子30歳、女子28歳の組み合わせで全人口が結婚

・余ったら、次のターン(2年後)を待つ


という処理にかけます。



2002年

▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼ 1972年生まれの男子(30歳)

の相手は

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ 1974年生まれの女子(28歳)

ですので、男女比に問題はありません。
全員が婚活市場から消えます。
年齢差カップルはいません。



2004年

★★★★★★★★★★ 1974年生まれの男子(30歳)

に対する女子は

△△△△△△△△ 1976年生まれの女子

であるので、

★★ 1974年生まれの男子(30歳)

が、余ってしまいます。

年齢差カップルはまだいません。




2006年

▲▲▲▲▲▲▲▲ 1976年生まれ(30歳)の男子

に加え、

★★ 1974年生まれの男子(32歳)

が、2004年度の処理で余っており未婚です。

適齢期以上の未婚男子は

▲▲▲▲▲▲▲▲★★

となり、

◇◇◇◇◇◇ 1978年生まれの女子(28歳)

が、対応する適齢期になるので

▲▲▲★

が余ります。

◇★ 4歳差カップルが1つできました。


2008年には、

男子
◆◆◆◆◆◆▲▲▲★
女子
◎◎◎◎

が適齢期以上になりますが、
ずいぶん男余り・女不足が顕著になってきました。

女子は全員が28歳であるのに対し、男子は30歳に、32歳、34歳が混じっていますね。
余っている男性は高齢化しています。

◎★(6歳差カップル)が現れます。
◎▲(4歳差カップル)は普通のことになります。




現実にはここまで世代間の人口差はないので、図はデフォルメされたものです。

ここで示したことは、

少子化していく世代では、
男性が年上の歳の差カップルが増えるのは当前ということです。


本来ならとっくに売れているはずの男性が、女子不足により歳を食っても市場に並んでいます。
だから高齢男性が誰も市場に並んでいなかった時に比べれば、売れるケースが出てくるのです。




続いて、上の図式よりも人口比を正確にするかわりに、
年代をデフォルメして10年世代で区切って、2014年の現状を把握しましょう。


2014年現在、マーク1つを100万人として

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ ★★★★★★★★★★ 40代

△△△△△△△△ ▲▲▲▲▲▲▲▲ 30代

◇◇◇◇◇◇ ◆◆◆◆◆◆ 20代


とします(世代別人口構成グラフ(3年前)http://www.stat.go.jp/data/jinsui/2011np/)。


この人口に、上でやったような処理がかけられると、

◇◇◇◇◇◇ 2014年の20代女子

の相手候補は、

◆◆◆◆◆◆▲▲★

の状態です。

◇★(20代女子と40代男性のカップル)の数は、数十万組といったところでしょうか。



というわけで、20代女子と40代男性のカップルが増えている事が、
40代男性が20代女子にモテているという結論にはなりません




ツボは高い置き物に。




ま、いいじゃないですか。

モテ、すなわち愛欲に支配され、不特定多数の他人を伺って生きること

そんなものからは解放されてしまったほうが、自由に生きていけます。



実態は、少子化世代の男性は、パートナーを作ることが難しい状況に置かれつづけてきたので、
女子待ち男性が増加し、かつ高齢化しているのです。

相手には同年代は数が足りず、若い女子しか残っていないので、
高齢未婚者の多くは歳の差カップルになるしかない
のです。

40代と20代のカップルの話が最近になって出てきたのは、
2012年頃から少子化世代(1973年生まれ~)が40代に入りだしたからです。
40代と20代のカップルと言っても、実際に多いのは40歳と29歳といったパターンで、
49歳と20歳のカップルはレアでしょう。

5年後、10年後には、40代と20代のカップルはさらに増えるでしょう。50代も増えます。
それは、40代がモテることではなく、
より多くの男性が、40代になるまで相手が見つからないことを意味します。
生涯未婚率はもっと増えます。

こうした現象は、今の30代の男性が捌けるまで、ゆるやかに増減しながらもう20年くらい続きます。
しばらくは、嫁探しは今よりも難しくなるでしょう。


男に生まれた皆さん、ご愁傷様です。

数的に、男子全員が満たされることはありえません

男子の場合は、仮に「誰でもいいから相手が欲しい」と言っても
「全員分は女子を用意できない。誰かには諦めてもらうことになる」という状況です。

僕の母親も言っていましたが、
少子化期の男の子に

「◎
クンも将来、女の子と仲良くなって、お嫁さんにして結婚するのよ」

などというのは担保のない話で、
これが普通になってしまっているというのはどうも無責任な社会です。
余計なことを言わないか、未婚側のメリットも教えておくべきです。
厳しいようですが、余剰男性に女子を煽ることは、社会不安の一因になるのです。



一応捕捉しておきますと、
“多子化の時代に、同じような構図で女子が余っているはずじゃないか……
というのは、次の世代には反映されにくいです。

確かに人口増加中の女子は余るロジックになるのですが
戦争、それも兵隊だけが大勢出ていって死ぬ外征型の負け戦でも起こらない限り、
女子の待機人口が積もっていくほどではありませんでした。

なぜなら、男のほうが概して“現役”が長く、多くの男性は若い女子を欲しがります。
さらに、生理学的、文化的条件から、いわゆる2号さんを持つ人は男性に多いのです。

なので、少子化時代というのは多子化時代の緩和を享受できずに男余りの時代に突入します。



一つ前の世代ですが、これが男余りの実際の数字です。



    生涯未婚率 初婚年齢  生涯未婚率 初婚年齢
      (男)     (男)      (女)     (女)
1970   1.70     27.46      3.34     24.65
1975   2.12     27.65      4.32     24.48
1980   2.60     28.67      4.45     25.11
1985   3.89     29.57      4.32     25.84
1990   5.57     30.35      4.33     26.87
1995   8.99     30.68      5.10     27.69
2000  12.57     30.81       5.82     28.58
2005  15.96     31.14       7.25     29.42
2010  20.14     31.18      10.61    29.69

(元ネタ 総務省http://www.ipss.go.jp/syoushika/tohkei/Popular /P_Detail2012.asp?fname=T06-23.htm&title1=%87Y%81D%8C%8B%8D%A5%81E %97%A3%8D%A5%81E%94z%8B%F4%8A%D6%8CW%95%CA%90l%8C%FB&title2=%95%5C %82U%81%7C23+%90%AB%95%CA%90%B6%8AU%96%A2%8D%A5%97%A6%82%A8%82%E6%82%D1 %8F%89%8D%A5%94N%97%EE%81i%82r%82l%82%60%82l%81j%81F1920%81%602010%94N)



男性の生涯未婚率(実際はアラフィフの未婚率をそれとみなしている)が跳ね上がっていますね。

90年代に女性のそれを追い抜き、21世紀では対女性比で2倍の水準になりました。
女子のほうもかなり上がっていますが、男子のそれ(10倍)と比べれば緩やか(3倍)です。

自発的独身者が男女同程度にいるとすると、問題は未婚率の男女差です。
男性の未婚者から女性の未婚者を引いた数が、男子の待機人口となります。
2010年のアラフィフでは、男性人口の2割が独身で、1割(=女子の独身率)を自発的独身者とすると
この世代の男性の1割は相手を選ばず結婚したくても、同世代の女性は手に入らないことになります。


上の表で男性の生涯未婚率を急上昇させているのは、
団塊世代(第一次ベビーブーム)の後の、第一次少子化世代です。今の50代~60代ですね。
2010年の生涯未婚率の統計は、当時54歳の1956年生まれ~45歳の1965年生まれが対象です。

2015年頃は団塊ジュニアに向けた多子化世代が統計の対象になるので、
生涯未婚率の男女比は維持か、一時的に緩和されるはずです。

2020年頃には、団塊ジュニアの後の第二次少子化世代が45歳となり統計に入りだすので
生涯未婚率の男女差は、再び上がり始めるでしょう。

人口構成のカーブの感じだと、今35歳前後の男子が一番厳しくなるでしょうね。


僕がたびたび女子を讃えて持ち上げるのは、女子は可愛いというだけでなく、
女子は上で明らかにし下で捕捉するように、今では社会的にも貴重な存在だからです。
女子であるだけで誰でも、いるだけで価値があります
(ちなみに、相手が欲しいのにいない女子は、数を探し出す力か質を見定める力の
いずれかまたは両方に欠けていることになります)。


男が余っているというのは、社会的にはヤバめです。

イスラム過激派のテロリストがなぜ自爆するかについて、
イスラム社会が男余りで、自爆すれば天国でモテモテだと植えつけられていることが
ときどき指摘されていますよね。

日本社会はそこまで病んではいませんが、男余りによる生物的闘争はあります。
ポルノや性風俗といった性産業の隆盛や、中には青田刈りを企む男性も出てきて、
これは少女売春が増える一因に(関連:若い女子の貧困 )。
最近はリベンジポルノというのが話題だそうですが、中年男性と中高生女子が多いそうです。
このようなことは、男性が余るにつれ、どんどん増えるでしょう。

余剰男性は、集団としても作用します。
女子を求める男性ほど、自身が強いことや立派なことを誇示する傾向があり、攻撃的になりがちです。
昨今の日本の40代、50代の右傾化と無関係ではないでしょう。
韓国では儒教による産み分けで男子を増やしており、男性過剰の問題は深刻のようです。
中国や北朝鮮でも男余りのようですが、おそらく東アジア緊張の一因でしょう。
対策としてはゲイの社会的解放と普及とか、どこかの女子余り社会との国際婚の推進でしょうか。

少子化は必須です。

人口を増加させて経済発展をウガー!で済むほど甘くはありません。
日本列島で、自然と調和して永続的に暮らしていける人口は、多くて5000万人程度だそうです。
このような事態を招いた戦争を恨むしかありません。
戦争中、爆弾が降ってくるから出産を避けていた反動と、復員兵が一気に結婚して子供を作ったため、
団塊の世代が異常に増えたのです。
団塊ジュニアから始まる我々の世代の少子化も、団塊世代の数が異常に多いために
団塊ジュニアが異常に多子化したために起こっていることで、今の男余りは戦災なんです。
戦後だって、経済主義に溺れ、他のことが目に入らず、
息子や娘に相手がいない世の中を作ってやいませんかね?





というわけで、とにかくオジサンたちは「俺は20代の女子にモテるんだ」などと勘違いしないように。

痛い人
となる蓋然性が非常に高いと思います。

もう少し直接的に言えば、キャバクラの若い子に引っかからないようにしましょう。



僕個人は、悟りを開いているので気にしていません。

自分達に不利でも、自分達の愛する女子達に有利なら、まあいいじゃないですか

タオの前では、全て同じことです。