男の常識は女の非常識、
女の常識は男の非常識。
男と女は、互いに習慣や思考癖、言語規則の異なる異民族です。
ご当地の常識を捨てることにより、外界とスムーズな関係を築くことができるのではないか……。
それが今回のネタ。
好評のようですので男女ネタを続行します。
今回は、お相手のいない男子、お相手とうまくいってない男子向けで。
1.男女が仲が良いというのは凄いこと――異民族間の融和、理解は難しい
男女とは異民族。
男女はくっついて家族という共同体をつくる一方、男だけ・女だけの集団を形成することが多く、男女それぞれは生活習慣や価値観を異にする異文化集団でもあります。
少なく見積もっても、狩猟民族と採集民族の違いくらいの思考癖の差はあるでしょう。
それが手を携えて歩いていく、一つ屋根の下で暮らしていくというのは簡単なことではありません。
異性とうまくやっていくことはスゴイこと。褒めてしかるべしです。これができる人は僕の周りにも沢山いるのですが、皆さんもそのパートナーも大したものです。
一方、我々男子の間にも程度の差はあれ、女子への対応の仕方を知らない人も多いですよね。僕もあまり言えた方じゃありませんけど。
まあでもアインシュタインが言おうとのび太が言おうと1+1=2です。今回は女子への対応の仕方を語り尽くしましょう。
2.男女が互いを理解することは絶対無理――慣れて対応することはできる
考え方の違う地図上の異民族間では、相互理解が成立しえます。
ところが男女の間では無理です。
女心を理解するということは、男性に性的魅力を感じることでもあります。
男女とは対に成り立ちますから、男性の性的魅力を理解することは、つまり女性になることで、それは男性でなくなることです。こんな芸当ができる人は、ゲイなりバイなり異性なりになっているはずです。
男性である限り、女心を本当に理解することは無理です。
でもまあ問題はありません。逆を考えてみたらむしろイヤでしょ?男心を理解する女子とは、生理の面倒を知らず、溜まった精力を知る女で、男性化した存在です。
「俺を理解してくれる」というのは、実は貴方を放任、信任してほしいとか、必要なものを察して出してくれることではありませんか?
ですので、いわゆる女心を理解できる男子というのは、女子の立場で感じたり考えたりできる男子のことではありません。
たとえば「ここからは向こうの世界だから」と放任できる男子。
レストランで女子が「ちょっと」と席を立ったときに「ね、どこにいくの?何しに行くの?」と聞かないとかです。
もしくは「聞いてほしいだけだろう」と察知して余計な口を挟まないなど、「こういうときはこうだ」という経験則を積み、ニーズを満たすことができる男子を指します。
まとめますと、我々に女心を理解するのは無理。
でも経験則から上手くやっていくことは可能。
そのために女馴れが重要ということになります。
3.女馴れの機会は特権――近距離で異性を知る機会は限られる
女馴れできるかには、環境による格差が大きいです。
女馴れ≠恋愛馴れですので、イケメンか否かは関係がありません。姉妹の有無や、幼少期の近所の子供たちの構成や、小中学校の環境のほうが重要です。
女子を知るには、貴方が男性扱いされては難しいです。
異性と認知した相手は、いわば英語メニューのある寿司屋か天ぷら屋に連れていくのであって、昨日の残り物のきんぴらと梅干しにアジの干物を食べさせるようなことはしません。
他社の人はビジネスが成立しうる相手であって、同僚のような付き合い方はできませんよね。顧客とオレ・オマエで徹夜で飲むには、学生時代に知り合っておく必要があるでしょ?女子を知って育った人は、女子への対処に格段に有利なんです。反吐が出るほどに。
どこが残酷で、どこが優しく、何に傷つき、何に平然としているのか。
ウケるシモネタと、セクハラの違いの機微。
接近できるスキンシップと、通報されるスキンシップの違いのツボ。
この異民族を知るには、性徴の出現過程において差異を感じながら、日常諸事による反応を経験するのが一番でしょう。ことに少年マンガの女子、少女マンガの男子は妄想の産物で現実離れしており、少年期には決定的な誤解をすることが多いのです。
僕にはかなり不利でした。女子という民族を多少なりとも知ったのは、30歳を過ぎてからです。
女子トイレにもお花畑だけでなく陶器が存在するようだということも、この頃に知りました。
それだけに、女馴れの価値を身に染みて感じているつもりです。
4.男子族の常識は女子族の非常識――民族的な習慣の違いと類似
裏ワザっぽいですが、僕には代用品がありました。
リアル異民族馴れです。
これのおかげで女子にも冷静に対応できるようになりました。
日本の常識は世界の非常識。
中国やブラジルやアメリカの常識も世界の非常識ですよね。
よくある話ですが、「仕事でミスをして上司に叱られた」ということを、女子は共感してほしくて話しているのに、男子は解決を目指して答えるので、すれ違います。
これは文化的なすれ違いであって、お互いの集落の常識を押しつけあうと対立します。
・言語慣習が異なる
女子族社会では、会話の目的が問題解決のときは「○○を○○したいんですが、」と前置きし
とくに前置きがない場合は、共感を目的とするルール
男子族社会では、会話の目的が共感のときは「おい、ちょっと聞いてくれよ、」と前置きをし
とくに前置きがない場合は、解決を目的とするルール
・正解はない
精神的な問題の解決方法は、実は具体的な問題の解決に依存するケース
(早くやっておけばよかった。悩んでいたのがばかみたい)
具体的な問題を解決したいようで、実は解決したいのは精神的な問題であるケース
(俺の問題は転職の成否ではなく自信を持てないことだった)
このようなケースはよくあること
ちょうど異民族間の慣習的ルールの違いのようなものです。
日本では目を逸らすことが敵意の無いことや敬意を示し、じっと見ることは威嚇や兆戦であり失礼とされるのに対し、アメリカでは相手の目をじっと注視しないと、軽視や何かの隠蔽とされます。
子供を叱っているときなどに顕著ですよね。反省して下を向いているのに「こっちの子は卑怯で逃げようとする」と思われていたり、しっかり聞こうと目を見ているのに「こっちの子は生意気で反抗的だ」と思われていたり。
こういったことは、隣村のルールは想像以上に違うと認知していれば普遍的に対処できます。
女子、恐るるに足らずです。
5.男性社会の封鎖を出よう――女子がいなければ異邦人で異人慣れを
保守的になってしまうと、内向的になります。
あえて毒舌気味に言えば、世間の狭い人ほど常識が好きで、異性という異民族を理解することは難しくなります。
「俺は論理的に問題解決に向けて話しているのに女はバカだ」
「話通じないし、何もわかってくれない鈍い人」
などと、イライラする上、相手にしてもらえない状態に陥るわけです。
同一性、均質性による封鎖の打開は簡単ではありません。
アインシュタインは「常識とは18歳までに身につけた偏見のコレクションである」と言ったそうですが、つまり若いころに、どんな人々が周りに沢山いたかで常識は決まります。
若いころに男(女)社会にいると、男(女)性のみに通じる発想にとらわれがちです。
それなのに少子化や核家族化があって、成長期に性別を超越した関係を築ける異性は希少な存在になっています。
さらに非常識という語がネガティブであるように、近代の大衆社会では、多数意見は正しい、少数意見は悪で、誤りとされる圧力が強く働きます。とくに日本では儒教徴兵からくる男尊女卑も残り、これも男子には常識崇拝の圧力になります。おらが村が一番になってしまい、八方塞がりです。
異民族と触れ合う経験は、異性に対するだけでなく、オタクとヤンキーのような文化属性や世代や出身地の差といった、常識の異なる身近な異邦人とのコミュニケーションに役立ちます。
このことを旅先の砂漠で会った医療関係の人に話したところ、「自分も年寄りと接してて、多少の常識の違いには動じないようになった」と言っていました。
遠くの人であれば何でもいいのでしょう。ヤンキーと談笑できるヲタは、女子相手にも善戦できるでしょう。
6.余計なことを考えていませんか?――常識から解放され、贅脳をダイエットしよう
今回の悟りは、脳を使わないことです。
漢字というのは実に素直なことが多く、「脳」と「悩」の右側(𡿺 ←環境依存文字、見えてないかもしれません)は髪の毛と顔を表すそうです。こういう顔の奴いますよね。
これに臓器をしめす月へんがつくと「脳」。心(立心べん)がつくと「悩」になります。
すなわち煩悩(ぼんのう)とは、頭が心に与える余計なウザいことです
(おまけですが、「悩」の字は後漢の時代には広く通用しており、仏教伝来以前、儒教隆盛以前からあるようですから、自然感覚的に生まれたのでしょう。つまりこの字は仏教による文字ではなく、思想的には中立です)。
「とことん考えよ」という知性信仰は、儒教社会と西洋近代思想の常識に過ぎません。
東洋では仏教や老荘、西洋ではカトリシズムなど、人間の脳を信仰しない常識も多いのです。僕の言葉でいえば、現代人は贅脳だらけです。特に男子。
考えすぎると頭でっかちになるだけですので、この常識を一度取り払ってしまいましょう。
実は、異文化交流の障害は頭脳なのです。
7.包容脳を育てよう――お利口さんを卒業してワルになろう
そこで、余計な頭を使うのをやめます。
記憶力、整理力、精査力、分析力、集中力、感受性、正確性を捨てます。
その状態では以下が発動しています。
忘却力、混沌力、概観力、包括力、拡散力、不動性、余裕(遊び)。
人為的につくられた細かい脳を、自然的な鷹揚な脳、いわば包容脳に近づけます。
まあ僕も程遠いですが、包容脳は多様な人々に対応できる天下人タイプです。
大局を見て、細かいことは気にしない、覚えていない。
一々動じない。小さいことを指摘しない。
引き出しが多く、様々な状況に対処でき、相手に放任でき、落ち着いており余地がある。
逆(上の段)はというと、生産性の高い能吏タイプです。
一点を見て、細かいことにも気づき、覚えている。
諸事に反応し、小さいことも見逃さず指摘する。
一つのことに集中して掘り下げることができ、相手に干渉でき、機敏で正確に整っている。
能吏タイプは、これがあるべき頭脳だと思っているので、この能力を相手の欠点の指摘に活かし、「俺は正しいのに女は……」と言いがちなんです。通じるわけがありません。ただの痛い人です。
最近の女はバカだから、軽薄でバカな男が好きだ畜生めーーー!
となっている貴男!
そう、邪魔なのはご自慢の頭脳です!
たとえば「男女別学で学力を上げよう」という計画は、視点を変えれば愚の骨頂ですよね。
「異性に慣れておくことが正解」と定義すれば、そうなります(というかコレ、計画実行したら30年後に被害者団体できませんかね?僕だったら性犯罪者かテロリストになっていたと思うんですが)。
ともあれイイ子、お利口な子にされたら負けです。
こういうタイプは秀才型やエリート型に特に多いんですが、臨機応変に包容脳とスイッチしましょう。
なぜ能吏型がお利口とされるかというと、それが常識だからなんです。
常識は常にローカルであり、対外接触の邪魔です。放り出しましょう。
「バカには自分がバカだということがわからない。」
まずはこれを叩き込み、IQや年収、テストの点が高いと頭がいいと思いこむ俗信を捨てましょう。
機転が利くからとか、面白いからとか、理屈が通じるとか、違いが分かるとか、正確だからとか、そういうのもやめましょう。
80代までなら手遅れではないので、今からでもバカなワルになりましょう。
8.包容脳は気にしない――分別のない大人になろう
この包容脳は、端的にいえば、女子が「ちょっと」と席を立ったときに
「ね、どこにいくの?何しに行くの?」
と聞くことができない脳です。
コレ、今の世では知性信仰がありますので、デリカシーがあると呼ばれています。
ところがそうではありません。
モノの本に従って、デリカシーを身に付けようとした奴ってイケてないですよね?
繊細で敏感になったらダメだからなんです。
男子である限り、女子のセンスを手に入れることは絶対に無理なんです。
反対にバカで鈍くていい加減を目指します。
そもそも、誰かがどこで何をするかなどを気にするなんて面倒じゃないですか。
相手だって想像してほしくありません。正確に推理するなどもってのほかでしょう。
だから放っておけばいいんです。贅脳を捨て、「何をしに行くのか」という分別をなくしてしまいましょう。
いいですか?
分別のつかないバカでいいんです。
「俺についてこい(優れているのは俺のほうで、劣っているのはお前のほうだから)」
と
「俺についてこい(理由はない、強いていえばお前が欲しいから)」
では、
包容力という意味では絶望的な差があります。
分別のない大人になりましょう。
9.バカ男は何をやっているか――包容脳の活動例
レストランで、女子が「ちょっと」と言って席を立つ。
ルノワールを観賞しに行くのか、モーツァルトを聴きに行くのか、素手でナイルワニを締め殺しに行くのか。
聞くのを我慢する以上のことは、そもそも聞こうと考えないことです。
そもそも気に留めない、一々想像しないことです。
知的男子からバカにされるバカ男というのは、万事において反吐が出るほどコレが出来ます。
女子という異民族が求めているのは、こうした包容男です。
席を立った理由などに気が行かなければ他のことに気が回るので、会計をしておこうかとか、次にどうするか作戦を練るとか、サプライズを企むとかに資源がまわるはずです。
同じように、体型を気にしている女子に対しては
「太っているね」はもちろん、
「痩せたんじゃない?」もダメですよね。
女子が気にしていることは話題にした時点で敗北です。
大切な人が禁煙に成功しそうな時、「禁煙」の話題は出さないほうがいいですよね。
せっかくタバコの存在自体忘れていたのに……。
つまり太っているか否か、判断しないほうが勝ち、気にしないほうが勝ちです。
10.異民族に一々干渉しない――尊重して信任・放任せよ
女子族から“デリカシーがない”とされて嫌われている男子族のセリフを、ネットで探してみました。
恐らくすべてがどちらに転んでもネガティブ、話題にした時点で負けというもの。
「それって整形?」
贅脳です。整形している場合も、していない場合もネガティブに思われます。
何より男子としても、気にしなければ、ただの可愛い女子です。
脳が働けば働くほど失敗します。
真実はいつも一つ!迷宮なしの名探偵!
こういうのは野暮です。小ジワ一つ見逃さず、体重や年齢、職業に過去、何しに席を立ったかを正確に指摘する。
障害以外の何物でもないでしょ?
むしろ女子のミステリーはその女子の魅力なんですから、適度に放置しましょう。
目指すべきはルパン3世です。
他に、
○○歳くらいだろうな、といった体型や年齢の数値
化粧についてのもろもろの評価、ダメ出しや注文
その過去はウソなんじゃないか、といった不信や疑惑
俺ってどう思われてるのかな、ダメなんじゃないか、といった自意識
泣いてた訳は何だろう、髪を切った訳はなんだろう、といった重めのことへの土足系
地位や身長や年収や学歴が女子のほうが高いんじゃないか、といった劣等感からの彼我の比較
見事に全部、口に出したら負けです。というか考えたら負け。原語に近い意味で“知らぬが仏”です。
相手は我々の常識が通じない異民族です。
文字通り敬って遠ざける、つまり敬遠しましょう。放任、信任です。
経験上、女子についての気になることなんて、一度ネガティブな想像をして落ち込んで、後で安心したいという麻薬物質の欲求がほとんどです。儒者どもに洗われた脳が暴れているだけです。
気にしたら負けです。コミュニケーションの障害どころか、劣等感+片思いのコンボが待っています。
より高度なので省略しますが、
頭で考えて答えたら負けという女子側からの質問も数多いです。
「言わせてしまってごめん」、「何言ってんだ」といってスキンシップ、「そうだね不思議だよね」等が勝利という、正解を求められてはいない質問群です。
などなど、この手は枚挙にいとまがありません。
いずれもバカ男どもは、反吐が出るほどナチュラルに取扱いしています。
あっち側になりたいものです。
まとめ
・男女は習慣や価値観を同じくしない異民族である
・男女が理解し合うことは無理で、放任のみが道
・そのためには女馴れが必要だが、育った環境に依存し格差がある
・かわりに何でもいいから異民族との付き合いに慣れる方法がある
・異民族と付き合うには自民族の常識が邪魔、世間を広くしよう
・男の常識にとらわれず対処すれば女子も怖くない
・贅脳の余計な考えが失敗の元、包容脳を手に入れよう
・保守的な常識を捨て、バカになって異民族と楽に付き合おう
・気にする、指摘する、想像する、批評するなどは障壁、卒業しよう
・自然体最強