■ 1. しょーもないやつ


前回の続きです。

脳は、肥大化し、心身(脳以外の身体を傷つけるようになりました。

ドイツの人々は、生活のために国家を作った。
 いつしかドイツの人々は、国家のために生きるようになった。
  ついにドイツの人々は、国家のために死ぬようになった。

日本の人々は、生きるために仕事をはじめた。
 いつしか日本の人々は、仕事のために生きるようになった。
  ついに日本の人々は、仕事のために死ぬようになった。

アテネの人々は、生きるために知性を使った。
 いつしかアテネの人々は、知性のために生きるようになった。
  ついにアテネの人々は、知性のために死ぬようになった。

 人が生きるためのツールである知性が、
 生きるための目的になってしまって、人を支配している。


 自殺社会の中で起こっていることの一つは、この本末転倒です。

 脳に攻撃されないためには、どうしようというのが今回。



■ 2. 自殺が多いのは宗教が無いから?


 今回は地雷をバンバン踏もうと思います。
 まあこんな時間にこんな所を見ている貴方の地雷でないとは思いますが。

 俗に
 「日本人は無宗教だ
 と言いますよね?

 普通に考えたら、そんなわけはありません。
 信じることと、信じないことを信じていることに根本の違いはありません。
 宗教のぶんは、代わりのものに依存しているだけで、特別視する意味はありません。

 無宗教という人の大体は、実際の所は前回あげた宗教の信者で、「君子になりたい」と思っています。いわば人間自身や人智を信仰の対象としている感じです。
 「俺は、強くて優れて正しく賢い君子だから宗教など信じないという感じで。
 それで自覚が無いといった進行状態でしょう。だから本人としては無宗教なんです。

 こうして君子欲のもたらす脳の攻撃性が猛威を振るっているのです。

 原因は宗教です。
 脳の知性に対する信仰心です。



■ 3. 対策


 脳の肥大化を止める対策はいくつか浮かび上がってきます。

 たとえば、全身が一体化するような何かに集中する。
 歩いたり走ったりする、何かを無心に観察するなど、周囲と一体化するような集中で、瞑想より敷居が低いです。

 言い争いのような、脳が分別(正誤や勝敗)を発動させる集中は逆効果。禁則事項です。

 全身で感じること、意味や理由や評価や予測を頭でいちいち考えないことが目的です。


 そんな行為の一つですが、僕は以前にウンコ教というのを企画したことがあります。

 半分はネタですが、半分はそうではありあません。



■ 4. ウンコ教


 自殺の危険に迫られているヤツでも、便意があるうちは、それこそ差し迫った状況下では必死の形相で、全身全霊が一体となってトイレに向かおうとするでしょう

 この時にフラっと大便しながら飛び降りとか、死のうかたくらむというケースは無いように思われます。とりあえずトイレに行っているはずです。
 便意による全身の一体感は、本能的でもあって実に強力なんです。

 脳が心身を攻撃するのは、脳自身のイメージを“相対的に上”にしようとする心理によるので、脳は綺麗な評価を得たいはずです。「どうせ死ぬからといって、完全にニュートラルな価値観になって、たまたま便座でウンコをしながらラストという話は聞いたことがありません。

 脳は強欲になると、「美しい幻想の中で潰えたいと考えるようになります。便意などといった現実は追放しようとするでしょう。しかし、いかなるストレス社会であれ、社畜であれ、ウンコに行くという貴方の前では、誰もが道を譲らねばなりません
 自宅なり出勤前なり、ためしに下剤を飲んでみるというのも一計かもしれません。
 そこで、
我々の仕事は高尚なほどに貴方のウンコ以下であるという逆転が見えるかもしれません。知らないけど。


 このドグマは、

 子供はなぜ「ウンコ!」と大喜びで言うのか?

 ということを真剣に考えて頂ければ、納得いただけるかもしれません。

 僕の中に残存する子供が「ウンコ!と言って喜んでいるのは、どうやら装飾で現実を見失ったオトナ達の権勢欲への反抗なのです。



■ 5. 適当で、いい加減で、分別のつかない優柔不断なヤツ


 しかしウ○コ教には重大な欠陥がありました。
 “賢い病や“強い病”なら効果がありますが、接近を拒む“綺麗病には効果がありません。
 というか実際に病原菌の塊で、近づかないに越したことはありません。
 キモメンの僕だって直視せず流してるのに……。


 他にある対策は、分別を妄信しないことです。

 いい加減
  これは、良い加減あいまいなことです。
  ポジティブな語でしたが、ハッキリさせることを信仰した連中が、ネガティブな語にしました。
  「私が悪いんだ」なんてのは、どこかで無理をして自作しているものです。   

 適当
  適して当たっていることです。
あいまいなことです。
  これも、
ハッキリさせることを信仰した連中が、ネガティブな言葉にしました。
  思いつめるなんて分別はオナニーと同じです。テキトーに切り上げましょう。

 優柔不断
  優秀で柔和で分別をしないことです。
あいまいなことです。
  これも分別信仰からくる欲が、ネガティブな言葉にしました。
  生 き る か 死 ぬ か な ん て 決 め な く て い い んですよ。
  脳にその決定力の証明能力はありません。
  生きているうちは放って生かしておきましょう。死んだら死んだで放っておきましょう。

 分別のつかないヤツ
 
  これはもう説明は要りませんね。
  赤ん坊は泣き、赤ん坊でなかった人はいません。
  「迷惑」という概念は、時間的分別によって作られた上で利用されています。



■ 6. 君子欲(立派になりたい系の欲を捨てる


 「考えることや人知は偉大だ!」

 「心ゆくまで突き詰めて、とことん分析せよ!」

 「優れた人になれ!」

 こんな宗旨に従っていれば、内外に向かって暴走します。
 このような欲に追われていると、色々と見失いますし。

 この価値観は、すでに東アジアの基本的道徳になっている上、アダムスミス系統の近代思想もかなり似ています

 今の日本で「この宗教を信じるな」ということは、学校教育、テレビ放送、少年ジャンプ、歌謡曲、カイシャ文化、恋愛物、勧善懲悪などの基本理念を基本的に無視しろということで、狂人扱いされることもあるでしょう。

 幸福、正義、完全、平等、真理、自由、有無などを信じないことですから、かなり少数です。

 裏を返せば、いかに多くの人々が「立派になりたい」という欲張りであるか。
 広まって広まって、信者に自覚が無いほど当然化されています。

 まあ狂人扱いされようと、自分が上か下かとか思わないのであれば全く問題ありません。



■ 7. 君子欲の捨て方


 タカシ君は、昨日酔った時は痴漢で、日ごろは冷静だった人物です。

 「あいつは本性をあらわした」
 と思うか
 「あいつは我を失った」
 と思うかは、思う人の欲求に依存します。欲で目が曇ってしまうわけです。

 いい加減で適当な我々は、タカシ君を
 「昨日酔った時は痴漢で、日ごろは冷静だった人物
 と認識しておきましょう。本性を表したのか、我を失ったのかは自在にしておきます。
 違いのわかる男とか、分別のつく人などの君子評価とは縁を切って、
 欲に支配されることを放棄してしまいましょう。

 で、君子欲を放棄できても、「俺SUGEEE!」とか思わない
 できなくても「私ダメとか思わない
 今できたこと、できなかったことが
将来どう転ぶか、絶対にわからないはずです。
 「楽だなコレ。つーかそういうことだったのか」
 「なんか今イライラしてないかな自分」
 とか、感じる程度がテキトー。



■ 8. 君子欲の例


 これらは希望ですが、分別を忘れてしまうために、試せそうなことです。


自らを至高善としたためライバルが至低悪となり、不倶戴天の敵となっている。
 脳と心身が、北朝鮮vs韓国みたいなイデオロギー対立になっていませんか?

自己内に君子の成立を求めると、脳が君子になり心身が小人になる。
 脳が「上に立とうと考えると、心身が下に押し込まれます。他人からの評価は無視が一番ですが、無視できない意見は、褒められても叩かれても全身でシェアしましょう。今「この文を読んでくれてありがとう」と僕に言われた場合、目と視神経と脳が独り占めするのではなく、スイッチを入れた手やアクセスした足、それらを稼動させている消化器官や肺……ということです。

★絶対清潔や絶対高貴、絶対有能などを求めると心身への暴力に繋がる。
 上の二つのコンボ。前回説明した個人病の一典型です。

人々が自分や自分に似た人が正気で優れていると思い、他人とくに少数派が狂っており劣ると考えている。
 自分が正気なことは確認不可能です(やってみて下さい)。精神状態に優劣はありません

立派でありたいという欲のために他者と対立し、孤立する人が実に多い。
 前回述べた社会病でもありますが、周囲は自分のセーフティーネットでもあります。しかし、貴方を小人にして自分が君子になろういう人には、できるだけ近づかないが吉。前々回のテーマ。

★勧善懲悪のストーリーで出来上がった国家や組織や階級が“悪”と対立している。
 これも社会病。フィクションにせよ報道にせよ、リテラシーが高いのでなければ、正義や善悪を感じ取ったら関わらないように。ストレスや自己征伐の元です。

身体の大きさを競って金メダルを競うが、概して暗殺は狭いところで行われる。
頭がいいと言って記憶力を競うが、余計な記憶で身を滅ぼしたり、忘却力不足で発狂しうる。
★ある身体部分の特徴を美しいとし、その美点エサに金を貰う広告が力をつけ、さらに身体を細分化して美しい理想と醜い者を作って、後者から金を脅し取る。美しくなられたら困る
 人間に人間を評価することは無理です。対人評価は血液型占いと同一レベル。お遊び程度に。

★社会的に上とされる者が下とされる者を圧迫し、下はさらに下を求めて無視や不可触を行う。
 差別やいじめなんて許せねえ!と言ってる正義漢も避けましょう。犬をけしかけている飼い主

★自殺の話を聞くと、「生きたくても生きられない人も居るのに……」などとのたまう人を生産。
 君子欲によって、自殺志願者を小人に仕立てようとして目が曇っているタイプ。量産型君子で、上の正義漢ぶりを併発することも多し。「死ぬ勇気があるなら死ぬ気で頑張れ」も量産型。欲張りに支配欲の自覚は期待できなそうです。スルー推奨です。

★上下対立を避けた結果、馴れ合いが発生し、外部を下としようとして外部と対立する。
 社会病。部署でも東アジアの国家間でも普遍的な現象。平和な職場は宝社会病も多くあげているのは、“脳が悪いとか“君子が悪い”といった攻撃的な分別に陥らないようにするため。脳や個人は、社会的宗教による作用で分別を肥大化させているだけです。


 枚挙に暇がありません。
 “自分は迷惑な存在だなどと脳が考え出したら、■ 7のところに戻って、それを止めましょう。



■ 9. 最後に


 僕は7~8年前までは、社会問題を題材に、「近代人、または現在の日本人の宗教はヤバいということを指摘していましたが、だんだん個人の精神の問題とつなげ、分別そのものを危険視するようになりました。

 日本の統計では、年間の自殺者は3万人と言われています。

 これは遺書が見つかったり目撃者がいるなど、明らかに自殺と思われる場合のみ、カウントされます。ほかは不明扱いとなります。

 これは“疑わしきは罰せず”と同じように、近代法の考え方では理にかなった統計法ですが、よくある国別の比較を用いて多寡を論じるには、他の国が同様の統計法を採っていることが前提になります。

 ところが、たとえば旧ロシア圏の場合、「よくわかんねーのは自殺にしとけ、仕事増やすな」という統計法のため、日本のやり方と比べてかなり多く出ます。
 この方法で日本の統計を採ると、年間15万人前後になるとか。

 3万人でもトップクラス(もちろん率で)ですから、なんにせよ異常といっても差し支えのなさそうな数値。若者層に他の死因が少ないとか、島国ゆえに言語や文化や法の壁が厚くて、地上界の他国への亡命が難しいといった非精神的な増加理由もありますが、とにかく多いし、増えたというのが実感的でしょう。
 よりダイレクトに言えば、自殺に追い込む圧力が増している方向に走っている感じです。

 自殺という語に対してはちょっとひっかかりがあります。
 社会病なら特定犯人の居ない他殺であり、個人病、つまり脳が心身を殺す構図も他殺的です。
 だから、今回問題にしているのは、本来的には“ある種の殺です








 先日、晴れて四十になってしまいました。

 つまり人生の最初の1/3が終わってしまいました。


 40歳を“不惑”ということがありますが、確かにこの数年、基本指針に惑いはありません。
 皮肉なことですが、惑いが無いというのは、この不惑という表現の元になった人物がかけた呪いを解消することです。


 「呪いが溶けると、キモメソの僕も白馬に乗った王子様になれるんですか……?」

 いや、それはいくらなんでも無理です。それだけは難しい。

 しかし、戦争や差別や自傷自殺くらいなら無くなるかもしれません。

 呪いとは、精神の病です。



■ 1. 精神の病の根源


 昔々あるところで、

この国の文明は立派だから進化させるように

人間は他の動物より賢い

は女より優れているから尊ぶべき

年長者は偉いから敬うように

 と、
 ある文明国の、ヒトの、男性の、老人が、
 言いました。

 お人よしが、これを信じてしまいました。


 この教えは、“修己治人”といって、

 「分別をたてて、善悪正誤優劣を見極めた立派な君子となり、小人どもを支配してあげよう」

 というもの。



■ 2. 信者はどう考えるか


 信者達は、身の回りや世間で起こる事象を、
「これは正しい」、「あれは誤りだ」と分別します。

 そして、正しいほうに進もうとします。

 この“正しい
の基準とは、大抵は「“優れた人”や“偉い人”や“みんな”が言ったことですが、要するに自分が真理だと思い込んだことです

 目的は、自分が名誉の人なり偉人なり強者なり賢人なり美しい人なり、己の考える立派な君子になるためです。そのためには、とことん分別を立てて、とことん正しいほうに進もうと努力します。



■ 3. 社会の病


 精神の病には、“社会の病と“個人の病があります。

 この宗教の信者達は、自分の考える“優れた人”の基準に近い(またはその理想を目指す自分たち高等とみなし、異質な他者を見下したり、馬鹿にしたり、キレたりして、攻撃するようになります

 すなわち暴力や差別

 具体例は
戦争とイジメです。

 これが“社会の病です。


 現代の日本では、人口の大多数が、“個人の病”の側ではなく、“社会の病”の側に属します。

 誰かが泥酔して醜態を晒すと、 「あいつめ、醜い本性を顕したな」
 自分が泥酔して醜態を晒すと、 「俺は我を失った」

 と考えるタイプです。

 社会の病は、
 分別が
自己・他者の間で行われ、自己を君子にしようと欲を出すことで目がくらんで起こります。
 社会病の精神は、同じ病理の人々が作る常識により“正常な精神と判断されますが、病理です。



■ 4. 個人の病


 こちらも同じ教えのロジックから起こる暴力と差別ですが、自傷に行く方向性です。

 脳は「いいひと」(立派な君子)たることを欲する場合、“自分”をさらに分別することがあります。
 心身に分別するわけです。

 この場合脳は、「あの人はあんなに立派なのに俺は」と他者を立てて、自分を攻撃します。

 誰かが泥酔して醜態を晒すと、 「あの人は、我を失った」
 自分が泥酔して醜態を晒すと、 「俺め、醜い本章を顕したな」

 というタイプです。



 このとき君子たる脳は、他人ではなく、自分の片割れである心身を“征”します。
 征とは攻撃戦争のことですが、脳は正しい側に立つために“正”しいことを“行”うわけです。

 その際も脳は“正しい”のですが、この“正しい”は、おそらくこういうことかと思います。

 「自分を攻撃するのは自分なんだからいいだろう」

 個人の病もまた、
自己を君子にしようと欲を出すことで目がくらんで起こります。
 ここで脳は、「自分は一つ!」と分別をしていないフリをして攻撃権を主張します。
 しかし実のところは、心身という他者を下にして叩く事で、脳は
 自 分 が 上 に 行 こ う と し て い ま す 



■ 5. 脳が心身を攻撃する方法


 「思うは易し」です。
 脳が与えたタスクを、減点評価で「実行しなければならない」心身は、必ず小人の側です。

 できない心身ごときとは違う君子、つまり脳は、こう考えるはずです。

 「これをやれない心身は“クソだ
”。『やらなくては』とわかっている俺は正しいが

 心身がボロボロになっても、脳は君子になるために、ますます無理難題を押し付けるだけです。

 
技術は全て両刃の剣です。上では「クソだ」としましたが、口が達者なほど心身を鋭く攻撃します。下が低ければ低いほど上は高いので、可能な限りの言葉の暴力を使う可能性もあります。
 信者たちは、近代能力主義の信仰とのコンボ技を開発し、“何に使うかはわからない、高度な技術による破壊力
”を使うので危険です。



■ 6. 個人の病の変形パターン


 分別はいくらでもできるため、攻撃対象はときに脳自身も含みます

 ・過去
自分全体が小人
  背負った罪で自分を束縛するなどとして現在の自分を攻撃

 ・未来の
自分全体が小人
  生き残ったら合わす顔が無いなどとして現在の自分を攻撃

 ・人格が分裂して一つが小人
  心身を崇め、脳の一部が君子となり、残りの脳を小人として攻撃した結果

 などが考えられます。

 このタイプは、最期の時に身辺を整理し、靴を揃えます。

 これは自暴自棄でみずから最期を迎えようとしているのではないからです。
 君子を目指す分別が働き、小人となるよりも、君子としての死を選ぶためです。
 僕なら仮に明日でラストとわかっても、物をきちんと整理したりはしません。



■ 7. 個人の病の前兆や軽症例、近似種


 個人の病のロジックで、引きこもりの一種も説明できます。

 心身は「こんなこともできないのか」、「お前はこの程度か」、「どうせ」と、脳にいじめられるため、やる気が起こらなくなるわけです。逆に、いわゆる天才タイプの人ですが、何も考えないほうが勝ちということがよくありますよね。


 「私はダメな子。どうしても自信が出ない」

 という人も近いでしょう。

 自信が無いことに絶対の自信がある

 ということです。

 これも、脳が「心身はダメだ。そう思う俺の考えは、絶対の真理を知っているんだから正しい」と言っているようなものです。“自分を下にしている限り、“自分”の原因を心身のせいにして、脳は永世君子で居られるというわけです。



■ 8. 解放に向けて


 しかしまあ、あなたの脳が自傷行為をしたとして、脳を憎むにもあたらないわけです。解決編は次回ですが、早まらないために一章つけておきます。


 第一に、自傷脳は、他人を攻撃するのを止めて、自分を攻撃しています。
 溢れる常識は社会病の側(自分対他人)なのに、自傷脳がこれに従わなかったのは、一言あるからでしょう。他人攻撃に疑問を感じて止めてみたときに、右往左往しながら、“他人攻撃の四字のうち前二文字を変えてしまった。そして自分攻撃をはじめてしまっただけかもしれません。

 つまり一般的な人の脳と比べて大差があるわけではありません。
 また視点を変えれば、
呪いからの解放に近いともいえます。


 第二に、脳が頭でっかちであるのは、脳の至らないところであって、脳が故意にやっていることではありません。例の教えにしたって、溢れるプロパガンダに押し流されて信じているだけで、結果どうなるかを考える余地も与えられなかったはずです。

 脳は「脳である俺は、理性で体全体を統括している」と考えますが、自覚が無いだけで、いわば胃酸や下半身の奴隷でもあります。上から下への命令系統などそもそも無いのです。
 万物と同じく“理性”というものもまた、“理性でないものがなければ存在できません。全責任を脳が負うのもおかしな話になってきます。要するに、誰かに責任を負わせようというのが分別の産物で、同じ病理に陥ります。教えを捨て、いちいち余計なことを考えずに安らぐことです。


 第三に、脳をどうこうすることで分別が止まるわけではありません。脳の機能が分別なわけですから。


 以上、「脳が悪者だ!」ということにはなりません。



 次回は解放の実践編です。








さて、今日はいささか真面目なテーマで。


他人様に対する支配欲

あなたにああしろ、こうしろと注文をつけてくる相手の原動力や、

あなたが他人をどうかしたいと思うことです。



問題は二つ。

1.自分の中の支配欲をどうするか
 これは本題としている自我のことですから、今回は飛ばします。

2.他人の支配欲の犠牲にならない方法

 今回はこちらをテーマにしましょう。


 ご自分の好きな服を着ているでしょうか。
 好みの色を着ることはもちろん、制服を着る生活を選ぶことも含め、腕力や脅迫に基づく強制で着せられているのでなければ、大抵のひとはそれなりに、自分の好きな服を着ていますね。

 自分は好きな服を着て、自分の好きなものを食べ、好きな場所に移動できる。
 好きなように考え、好きなように歌い、生きる。
 他の人も、そうしている。

 普通に考えたら、ここで満足するはずです。

 しかし、欲というのは暴れん坊ですので、ここで満足できません。
 他人にも、自分の好みの服を着せようとする欲が出てきます。

 自身がこれを乗り越えるには、自我に気づくことが肝要で……というのが、いつものテーマです(前回は弟に口内射精した夢のテーマでしたが)。




 今回は、あなたが支配欲をぶつられた場合の対策です。

 多少の恋愛論を含めて考察していきましょう。というか、今回はほとんど僕の断言です。


 誰でも一度は、他人に支配欲をぶつけられて、ウザい何だコイツと感じた経験があるでしょう。

 しかし、これには個人差が非常に大きいです。各人の自我の大きさに従い、支配欲をぶつけられる役と、ぶつける役とにわかれる傾向があるためです。

 なかでも、自分への支配欲をウザいと思えない性格の人の被害は深刻です。
 支配欲はツケあがってしまい、ますます加害者を支配し、肥大してループするのです。一方で、被害者のストレスは溜まって、健康を害すに至ります。

 今回の目標は、これを止めることです。



 多くの場合、支配欲は自分の趣向や考えに同調させたい欲から来ています。

 支配欲の実現のために最もよく使われる、また最も執拗な手段その1は、「嫌われないようにと思う相手の性格を利用することです。

 この対策にあたって、まずは自信をつけましょう。

 支配欲に従ってしまうと、欲をツケあがらせるだけですから、教育上よろしくありません

 いいですか?教育ですよ。

 そのくらいに考えましょう。
 あなたが「自身を自由にするだけでは満足できず、他人をも自由にしようとする欲」を、人間性として高いものではなく、低いものであると考えるならば、教育してやる側はあなたです。
 悟りの境地では、人間の価値に高低などありませんから、教育というプロパガンダはナンセンスです。しかし「対等にしよう」と思っていては押されてしまうと思うので、一度心づもりとして、上から俯瞰してみた上で自信を復活させてください。



 つづいて、責任の所在があなたには無いことを確認しましょう。
 こちらは誇張でもなんでもなく、相手はストーカーで、あなたは被害者なんですから。

 支配欲を持った人は、自我に気づかず欲を撒き散らすイタい人です。

 あなたの“嫌われることを怖れる性格”につけこんでくる心理はストーカーです。

 何かを好くか嫌うかの問題は、感情の持ち主の問題です

 あなたが僕をみて不愉快と感じるかどうかについて、僕に故意でも無い限り、僕に責任はありません。義務も負いません。
 僕があなたをみて不愉快と感じるかどうかについて、あなたに故意が無い限り、あなたには責任も義務も無いのと同様に。

 だって無理ですもん。

 他人の感情を左右するなんてことができたら、喧嘩も片思いもありません。

 女子が悪いオトコに惹かれるように、毒と知りつつカロリーを摂取してしまうように、自身にだってどうにもならないのが好悪です。

 好悪の感情の権利や責任は、対象には全く無く、自身にも大してありません

 これは法哲学の分野ですが、「顔がムカついてどうしょうもなくなって殴っちゃいました」が、どれだけ同情されようと正当とは認められない理由です。

 ところが、相手が自分の思い通りにならないと怒ったり機嫌を悪くする人は、所在不明な自分の感情の責任を、あなたに押し付けてきます
 しかし、あなたに責任はありません。あなたは被害者の上に、罪もかぶせられているのです。「私があなたを嫌いなのは、あなたのせいだ」と。


 つづいて、相手の正体に気づきましょう。
 彼に興味があるのはあなたでなく、彼自身です。

 いいですか。

 彼(または彼女。以下同様)は、自分に従うか従わないかに応じて、あなたを好いたり嫌ってくる人なんですよ。

 つまり、彼が好きなのは自分であって、あなたではありません。
 彼はどの道、自分が好きなんです。彼に嫌われることを怖れるのはナンセンスです。嫌いという表情を出すなら出してもらい、あなたはあなたの思い通りにしておいたほうが自然です。
 その上、後述しますが、そもそも彼はあなたを嫌うことができないので、彼の好悪を怖れる必要はありません(突然殴りかかってきたり刺してきそうな場合を除いて)。

 支配欲の正体は、執り憑いた人を上から目線にするので一見立派そうですが、実態は幼稚です。
 ストーカーが「僕がこんなに彼女のことを想っているんだから、彼女は対価を示すべきだ(=僕の思い通りになるべきだ)」と、相手に転嫁する精神構造です。

 成熟したヒトは、他人を支配するか否かで好悪したりはしません。
 これはオトナのアニメ、ルパン3世の感じです。ルパンは不二子が従わないのが可愛いんですよ。不二子がルパンを気にしているのは彼の性欲の対象が自分であるからで、銭形だってルパンがおとなしく捕まったらつまらんでしょう。
 つまり相手が思い通りになるからではなく、相手そのものとの関係性が描かれています。

 支配欲に囚われた人に興味があるのはあなたでなく、彼自身です。
 はっきりいえば、これと付き合っているより、独りで何かに向き合っていたほうが、仲間もお金も時間も健康も手に入るでしょう。

 対処の仕方は最後のほうにしますが、ここまではいいですね?

 ・被害に気づく
 ・相手は、嫌われまいと思うあなたの心につけこんで支配しようとすることが多い 
 ・それに対し、奪われた自信を復活させる
 ・他人があなたをどう思おうと、責任の所在はあなたにはない
 ・支配欲は、あなたの従順が好きなだけで、もともとあなたを好いてはいない
 ・被害を受けないようにしよう



 支配欲の使ってくる必殺技は、もう一つあります。

 「おまえのためだ」とウソをつくことです。

 親や夫婦や年長者も含め、身内や目上という立場や貸借を理由に相手を押さえつけ、欲を暴走させるケース。
 これも権威に基づいて脅迫してつけこんで、結局は支配欲を満たそうとしているだけです。
 身内や目上であることが、たとえば親心が子供のニーズに合致するかしないかは別の話で、これが支配欲であることの、何の言い訳にもなりません。

 「お前のためを思って」というのは、全部ウソです。

 考えてみてください。

 自然に黙って女子の荷物を持つ男子A

 と、

 「俺が荷物持ってあげようか」と言う男子B

 
 と、どちらの恋が成就するかというと、男子Aではありませんか。

 なぜかというと、「荷物を持ってあげたい」というのは、彼が女子の辛い姿を見たくないという、彼の彼のための欲求だから。
 男子Bを、女子はなんか悪いしとか、恩着せがましいと感じるでしょう。
 これは、男子Bが自分の欲求を「きみのためだ」と女子の欲求に転嫁し、「私のために荷物を持ってくれた」という貸しを作ることになるためです。男子Bが好きなのは自分であって、女子ではありません。男子Aのほうが選ばれるのは当然なんです(ただしry)。


 同じように、(大抵の場合において)親子関係というのは、親心、つまり子供を産みたい、産んだ子供を生かしたいという親側の欲が原動力です。子供側の生きたいという欲と合致することも、そうでないこともあります。

 強制力(親の脅迫や腕力)が子を救うという現象がありますが、これに正しいも誤っているもなく、それはヒトの様子にすぎません。子供が親の欲を必要とするか不要とするかは時と場合によるのです。
 欲に過ぎない親心を、「子供を思いやるから立派だ」と暴走させることは、欲をつけあがらせるだけです。

 教育ママや口うるさい親が子離れできず、度を越すと、子供は精神を病みますよね。
 「育児に自信が持てないから、子供やっちゃいました」という事件も出てきているようです。
 子離れできない親も、親に子離れさせてやれないマザコン、ファザコンも増えています。

 みんな、他人に転嫁した自分の支配欲ですよね?

 支配欲は、持ち主を無自覚のまま、ウソをつかせます。
 当人も、あなたのことを思っているつもりでしょう。

 しかし釣られては被害を受けます。


 ではどう対処するか。
 ストーカーには、好かれないのが一番ですよね?
 支配欲も同じ原理ですから、対処法は似ているんです。

 支配欲の第二の手段、「おまえのため」ですが、みんなのため、わたしたちのため、友達のため、家族のため、仲間のため、生徒のため、世界のため……、みな同じことなんです。

 「アタシがこんなにあなたのことを想っているんだから、あなたはアタシに対価を示すべきだ(=アタシの思い通りになるべきだ)」と、相手に転嫁するのは、ストーカーです。
 そう、この「おまえのため」心理もストーカーなんです。

 過激派も一緒です。
 「おれがこんなに国家(や世界や宗教)のためにがんばっているんだから、お前も命をささげろ」というわけです。迷惑ですよね。

 家庭やストーカーの問題が増える一因は、この「相手のことを想ってなら、相手を支配してよい」という理論(?)が正当化されている、遅れた市民社会なんです。ですので、まとめて対処しておくと、ぶっちぎりで万事ラクです。

 支配欲は、持ち主の笑顔や満足感や、“立派なことを言ってやった”という恍惚感と共に、あなたに強度のストレスを押し付けてきます。

 「おまえのため」も、軽いストーカーとみなして対処しましょう。



 最後になりましたが、対処法ですね。
 僕は、あなたに注文をつける、ケチをつける人は、相手にしないことを勧めます。

 注文を受けるだけで自給3,000円くらい払ってくれる別ですが……、ストレスによる医療費を考えたら、これでも元はとれないかもしれませんけど。

 まず、嫌われる心配は無用です。
 
 あなたを支配したい欲求は、貴方が必要です。
 しかし、あなたはあなたへの支配欲を必要としません。むしろ迷惑なんですから。
 あなたはストーカーに追われる側です。
 ある意味では、惚れたら負けといいますが、あなたは強いほうなんですね。
 自信を持ちましょう。

 それに、あなたが意志を任せたいほどの人物であれば、そもそもあなたのほうからお伺いを立てているのではないでしょうか。
 つまりあなたが支配欲を感じる発言は、あなたが本来的に意志を任せたいと感じたほど成熟した人物からは発せられません。むしろあなたより精神的に幼稚な人物から発せられます。ですので基本的に、どうとでもなります
 自信を持ちましょう。


 実際にどのようにスルー(相手にしない)するか。

 軽くあしらうというのは難しく、不可能に近いです。
 僕の友達に、「ほう……w いいけど、高いよ?」
 と、相手に強欲の自覚を促せるキャラの持ち主がいますが、レアでしょう。

 支配欲とは縁を切ってしまうのもオススメです。
 たとえば、面白い話題では返すけど、グダグダ言い出したときのメールは無視するとか、始まりそうなときの電話には出ないとか。
 しかし、相手との縁が深ければ、これも限界があります。一種のストーカーですので、その話題に囚われて、固執しがちなのが常です。その場合、「あの人は怠け者だから、自分の鋭く正しい要求から逃げている。更なる追求が必要だ」くらいに思われています。
 

 「はい」と返事をしておいて、全く約束を守らないというのもありだと思います。
 相手は当然そのことに文句を言ってくるでしょうが、しばらく会わなくて済むならベストの方法です。これは正当防衛というか、正当回避のレベルなので、遠慮せずにやりましょう。
 ただし、こちらも「あいつは逃げている」と思われるでしょう。あらぬ悪評を立てられる可能性もあります。


 「なんで?どうして?」とひたすら聞いてみるのもありかもしれません。
 これは実例を知りませんが、相手という人間に、結局自分の欲だということに気づいてもらい、支配欲を消却してもらうのがラスボスクリアという気もします。


 諭す方法も無くは無いですが、支配欲とは自分という神を信仰しているようなものなので、地雷になりがちで(周囲には非常に迷惑な話ですが)、囚えた人に耳をふさがせてしまいます。ですので、外部からの滅却はなかなか難しいでしょう。

 なによりそのまま口論になって、もしあなたが、相手の性格や、自分が年上だからとか、金持ちだからという“優越点”につけこんで反撃しては、自分が支配欲に囚われて苦しむことになって本末転倒です。



 なんにせよ、支配欲の却下、不採用に遠慮は一切いりません。
 放置しておけばやむ我慢しておけば収まるということはありません


 支配欲というのはストーカー論理ですから(より正確には、ストーカーは支配欲の暴走の一形態)、しつこく執着し、これに囚われた人は、一度や二度ならず、執拗にあなたにケチや注文をつけてくるものです。いうことをきいてやれば「いいことを言ってやって貸しができたことになり、ますますツケあがります
 だから、対策は、あなたがいい顔をして、好かれようという欲求に囚われている限り、無理だと思います。


 自分で自分の人生を決められることに満足できず、「他人をも思い通りにしたい」と苦しむのは相手の勝手です。

 あなたが好悪や権威・名目・恩義などの貸借などによって脅迫されることで、彼に何かをしてやる必要はありません。
 彼を救ってやろうと思うのはあなたの勝手ですが、言うことを聞くのは逆の方向に作用し、彼は肥大する支配欲で、ますます苦しむでしょう。


 彼は、あなたにお願いするのが筋です。

 黙って女子の荷物を持つ男子Aは、本来なら「持たせてくれ」と頼むところですが、距離が近い(利害が一致する)という信頼を示して、暗黙に持つわけです。

 もちろん、誰かがあなたに、仕事にせよファッションにせよ、あなたのことについて何かを要求する、ケチをつけることは彼の自由です。しかし、この要求があなたに採用された場合も、却下された場合も、いずれもあなたに「思うところを言わせていただいた」という借りがあります。

 なぜなら、彼は「あなたに反撃されないこと」に感謝する筋です。

 「オレンジの服を着ろ」と言ってあなたを支配しようとした巨人ファンの彼にとって、対等なのは、阪神ファンのあなたに「おまえが黄色い服を着ろ」と支配欲をぶつけられることです。
 オレンジの服を却下されるだけで済んだなら、彼はあなたに許して頂いたのです。
 そう認識すると、余裕が出てきませんか?
 あなたは、却下、無視したところで、彼を許してあげているわけですから。

 ですが、相手の心理としてはストーカーロジックですから、「私に従わないわけ?(怒)」とか、「君のことを思ってやっているんだよ?」と、反省の余地は無いでしょう。

 というわけで、遠慮はいりません。バンバン却下、無視しましょう。
 彼は自分は自分の自由を持っており、それだけでは飽き足らずにあなたも支配しようとするんです。
 強欲によって苦しむのは当人の問題です。
 言うことを聞けば彼も苦しみ、あなたも苦しみます。 


 僕のようなタイプは、ときに持ち主や集団ごとバッサリ断捨離しています。
 といっても今の僕の場合は、絶縁状を叩きつけるわけではなくフェードアウトですけどね
 (ウェブで繋がっているような友人・知人ではありません、念のため)。
 教祖を名乗っておきながら、実は達観をなかなか実践レベルにもってこれない僕のレベルでは、それが唯一“強欲に囚われて苦しむ罪なき相手”を嫌悪や侮蔑、反撃しないですむ方法かも知れません。
 おかげでだいぶラクになっています。
 次善の策ではありますが、バッサリもまあまあオススメ。




 最後に。

 年齢にもよりますが、あなたを理解する人は、あなたが想像するより多いはずです。





 まとめ

 ・被害に気づく

 ・相手は、嫌われまいと思うあなたにつけこんで支配しようとすることが多い

 ・また、身内や、貸借や、権威を使ってあなたを支配しようとする

 ・あなたのためというが、それはウソで、自分のためである

 ・支配欲はストーカーの心理である

 ・とにかく被害を受けないようにしよう!

 ・自信をとりもどそう

 ・他人があなたをどう思おうと、彼の感情の責任の所在は、あなたには無い

 ・「他人をも支配したい」という強欲で苦しむか否かは、持ち主の勝手

 ・あなたが従うか否かに応じてあなたに喜びや好意、怒りや嫌悪を示す相手は不要 

 ・支配欲は、自分に従順な対象が好きなだけで、もともとあなたなど好いていない

 ・相手に嫌われることを怖れる意味は全く無い

 ・そもそも支配欲は対象が必要だから、あなたを嫌えない

 ・そもそも相手が好きなのは自分で、あなたではないため、嫌悪を表されても問題は無い

 ・自分を出しても大丈夫。ルパン3世の構図。ジャイアンも人気。

 ・注文、ケチがつけられても、絶対に従わないように

 ・放置しておいても肥大化するだけ

 ・甘やかすとツケあがるため、遠慮なく却下、無視しよう

 ・はっきりと断る(英語ではMind your own business.といいます)のもあり

 ・従うといっておいて反故にするのもあり

 ・支配欲をはねつけたあなたを理解する人は、あなたが想像するより多い