父が病気になったのは大学卒業してから何カ月もたっていなかった
私が就職して忙しくしていて気付いてあげれなかった。
父は母が病気をしてから亡くなるまで看病し、その後私と兄を大学卒業させ、その間も住宅ローンや会社の返済のためたくさん働いていた。
そんなハードな毎日を過ごすうちに病気になってしまった。
もともと高血圧もあって何回か救急車で運ばれることもあった。
日頃の不摂生もあってか救急車で運ばれてもう死んでしまうのではないかというところまできて
なんとか一命は取り留めたが
結局腎不全で腎臓透析をしながら生きていかなくてはならなくなった。
私は仕事そっちのけで父の看病をした
会社はもうどうでもよかった
クビになるだろうなと思いながら、、、
父が入院している間ひとりで家で過ごしているととにかくじゃんじゃん電話がかかってくる
「お父さんいますか?どこにいますか?私ですか?申し訳ないのですが詳細はお話しできません、、、」
世間知らずな小娘の私にはなんのことやらわからない
そのうち家の玄関にまで誰かが来る
「いますかーいますよねー?」
ドラマでよくあるしゃ、しゃ、しゃっきんとり?
朝から晩まで電話はりんりん、ドアがドンドン!
病気の父に聞くのをためらったがどうしようもない
ベッドで横になる父に聞いてみた
父はすまなそうな顔で借金がたくさんあることを話し、消費者金融のカードを全部出した
それから今まで全く家計が回っていなかったことも
気付かなかったのは全て私が甘ちゃんで世間知らずでぬくぬくと生きてきたせいだ
何年も父を苦しませてしまった。
自分にがっかりした、失望した。
帰って借金の額を整理した
父は高田馬場の消費者金融すべてから借金していた確か6,7社はあった、
それから会社の借金も、税金も滞納していた
全部で600~700万くらいだったか
「どうしたものか、、、」
知り合いや親戚には頼めない、折悪しく世の中はバブルがはじけた後だ
マンションを売りたかったが価値は半値になり買い手はつかない
銀行に競売にかけてもらい住宅ローンはなんとかちゃらになった。
そのマンションは一億で買ったものだ
引き渡しを完了し、私たちは家賃10万円築40年のお化け屋敷のような一軒家に引っ越しをした。
税金をどうしようかと区役所に相談しに行った
結果を言えば門前払いとはこのことだった
初めて経験した 門前払い
いままで真面目に税金を納めてきたけど、
苦境に立たされた私たち家族に払えの一点張りだった。
もう少し私に知恵があれば、弁護士に相談するなりして返済できたのかもしれない。
でも相談しに行った区役所の職員の態度を受けて
負けず嫌いのハートに真っ赤な炎が燃え上がった
メラメラ
メラメラ![]()
「絶対に返してやる
大人の助けなど絶対に借りない
」
もう気持ちは尾崎豊だ
当時の消費者金融はまだ整備されておらず金利めちゃくちゃ高かった![]()
でも金利ごとそっくり返してやるよーーー
私はイキッた
それから約三年間の借金返済ライフが始まるのだった。。。
家賃・生活費・食費云々+毎月の借金返済で月45万は稼がねばならない
毎月の返済計画、時間のスケジュールをたて仕事を探した。
運良く仕事のあてはたくさんあった
大学時代に築いた人脈がおおいに役に立った。
夜の高級バイトももちろん考えたが
昼間の仕事を辞めてしまえばカタギに戻れなくなるかもしれない
給料は高くはないが9時~18時で退社できるメリットもある
しかし夜だけで25万は稼がないとやっていけない
楽に稼げる仕事などはない
ではたくさんの時間もしくはスキルを活かして稼ぐしかない。
そしてあめ・ガム・雑誌・嗜好品・遊びを全てやめた。
交通費をケチるために50CCバイクの一番安いものを購入しどこへいくにもバイクで行った。
18時で毎日きっちり退社
家に帰って父に食事を作り21時から朝5時まで働いた
洗濯をして2時間ほど寝て9時ぎりぎりに出社
そんな毎日。
借金は返せば返すほど金利も減っていくのでまた借りない限り、どんどん楽にはなっていく
正直毎日とにかく眠たかったが、きつくて嫌になることはなかった、嫌になるという思考になってしまうと全てが嫌になりそうだったので、このことを考えることをやめて、嫌という概念を頭から消し去った。
周りを見渡せば楽しくお酒を飲んだり、デートしたりしている人たちも目に入るが、全く考えないようにした。とにかく目の前のことをやるのみだ。
どうしてそのように思考を停止することができたのか。
実は、借金があるよ、私が返します~ってなった時に
頭の中で少し「ラッキー!」って文字が出てきたの![]()
「はっ?」ってなるよね
いや待って、いまの何?ってなったね![]()
そうしたら、
「よく考えて!こんなチャンスなかなかないよ!親の借金めちゃくちゃありました~朝から晩まで働いて借金全額返しました~誰の助けも受けませんでしたから!大人とかクソくらえですから~ってなったら・・・かっこよくない?」
だ、だ、誰?あたし二重人格?
でも考えたよ
「まじそうじゃん!!」
若い!若いよ!あたし
まあ前向きだからいいけどね!!![]()
そんなこんなで始まった地獄の借金返済地獄と睡眠不足との闘い
約4年間、おおよそ700万円をカタギの仕事のみで返し終わりました。
今でもやってよかったと思ってます。
人生に何度もない経験ができたし、自分の今までの学費を少しでも返せたかなと思うし、
何よりその時期に父に恩返しと親孝行させてもらうことができたかな。
父は母が亡くなってからキッチリ10年後にぽっくり亡くなりました。
あと腐れなく、苦しまずに。
父の通帳にはしっかり葬式代のみが入っていました。
父の葬式を終え、とても清々しくお別れができました。
腎不全の診断を聞かされた時、医師に残り2年ほどしか生きられないでしょうと言われた父。
私もそれを聞いて残りの余生を好きに生きてほしかった。
もう働かなくていいし、借金も生活費も私が働くからと言った。
父は週3日は透析をしに病院に行き、後の時間は大好きなパチンコ、スロットをし、夜は友達と飲みに行くという生活をしていた。とても楽しそうだった。
結局父は2年と言われた余生を7年に延ばした。
生前父は「今が人生で一番幸せだ」と言ったことがあった。病気をしているのにもかかわらず
父らしい。
そんな父を見ていて気づきはこうだ
人は身体の不自由、障害、病気、生まれつきもったものを受け入れなければならないが、
心が健全であって、ストレスなく自由にありなまま楽しく生きていれば 幸せ。
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