今日はあのこと書いておこう
最近昔の記憶がだんだん薄れていっている。
中学時代まではよく覚えているんだけど、
高校時代の友達たちはもうほとんど当時の記憶がない、、、うっすら覚えている記憶はみんな違うものばかりだから誰の記憶が合っているのか、確認の方法もない。いつも「あ~そんなことあったっけ~」(゜-゜)
しかし私の20代はかなり強烈だ
凄くハードで、他にはない体験だった。
高校卒業して大学に入学した。現在たくさん問題を抱えている日本大学。
当時は今より入学するのは難しかったと思う。
水道橋の経済学部に通っていた。
大学2年生の時、急に母が倒れ入院検査した時には末期がんだった。
余命3カ月と言われいろいろ手を尽くしたが亡くなってしまった。
私は母と生前アメリカへの留学をお願いしていたがそれどころではなくなってしまった。母が亡くなったことで大きく人生が変わっていった。
母が急に亡くなったことで親戚に随分責められた。
父の希望で余命は母には告げずにいたため亡くなる直前まで親戚に知らせることをしなかった。
そのために父は親戚から責められ、葬式の日に喧嘩までした。
父は母との残りの時間を全て母に捧げた。
体をさすり、欲しいものを買ってきて、やさしく声を掛けていた。
夜は寝ずに働いていた。
仲の悪い夫婦だったが、最後の3カ月母は幸せそうだった。
だから私は母が亡くなって、痛みや苦しみから解放されてよかったと思った。
私たち家族はこの苦しくて長い長い3カ月間をやりきっていたから。
親戚の人たちはそんなことは想像もせず
目の前の母の亡骸を見てただただ怒った。
悔しかったが母の前で喧嘩したくはなかったので黙って聞いた。
この出来事を毎日のように思い出す
どうしてなんだろう、私たち家族が間違っていたのか、
何かみんながもっと納得するような
方法があったのだろうか?
いくら考えても、あれ以外に方法はない。
がんの特効薬でもない限り、他に選択肢はなかった。
私たちはやれるだけのことを100%やった。
そして思った。
なんで人の家族のことにずかずか土足で入ってくるようなことを言うのか
大丈夫の一言もなく
大変だったねの一言もなく
怒号を浴びせたのだろう
血がつながっていても、とても仲が良かったからと言っても
実際にそばにいたのは私たち家族だ
他の人にはこの苦しみはわかるはずがない。
それ以来親戚との付き合いをやめた。
血のつながっているからとか、本家がどうのそんなものは関係ない。
近くで励ましてくれる友達と、苦しみを分け合う家族だけで充分だ。
父は一見ちゃらんぽらんな人だが、
私と兄と、大学をちゃんと卒業させてくれた。
それが終わると病気になった。。。
夕飯作らなきゃ!
続きはまた明日書こう
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