アニメを観ていて、ときどきある。
「こういう話だと思ってたのに、
それ、全部自分が無意識に信じていた前提だった😱」
と気づく瞬間がある。
その瞬間、
バットで頭を殴られたみたいな衝撃が走る。
自分が無意識に前提にしていたものが、
音を立てて崩れる感じ。
悪役だと思っていたキャラが、
本人にとっては正義だと信じて行動していたこと。
正しいと思って見ていた側の視点が、
実はかなり偏っていたこと。
アニメやゲームの世界って、
説明がほとんど無いまま、
「空間」だけ渡されることが多い。
この世界はこうです、
この人は悪です、
この行動が正解です、
なんて、ほとんど言ってくれない。
ただ、
そこに世界が置かれていて、
その中を歩いた人だけが、
何が起きているのかを知る。
だからこそ、
キャラの立場が入れ替わった瞬間に、
自分の見方の浅さが露呈する。
あの衝撃は、正直痛い。
「え!実は違ってたの!?」
と気づかされる。
おそらくその痛みは、
自分が信じていた「前提の強さ」と比例している。
でも、何度もそんな体験をしていると
そんな考えもあるのか、と慣れてくる。
最近、仕事をしていて、
物事の見え方の違いを感じる場面に出くわすことがある。
少し書き方が変わっただけ。
配置が変わっただけ、見る角度が変わっただけ。
やっている中身は、ほとんど同じ。
それでも
「マニュアルください」と言われる。
そのとき、
「あ、これも同じ構造だな」と思った。
でも実際は、
形が変わっただけで、構造は変わっていない。
形どおり、テンプレどおりに動くなら、
ロボットやAIのほうがずっと得意。
人間に残るのは、
説明が無い状態で状況を読むこと。
立場が変わったときに、
「何が同じで、何が違うのか」を見抜くこと。
アニメやゲームで、
正義がひっくり返る瞬間を何度も見てきたせいか、
私はどうも
形が固定されていない世界に慣れてしまったらしい。
だから現実でも、
マニュアルが追いつかない場面に出くわしても混乱しない。
むしろ、
「また来たな」と思う。
あの、
バットで殴られるような衝撃は、
自分が無意識に信じていた前提が崩壊した証拠。
たぶんこれからの仕事は、
そういう衝撃にどれだけ耐えられるかの世界になる。