今、『TRIGUN STAMPEDE』を見ている。
観れば観るほど、やはり重い。

最初に感じたのは、動きだった。
とにかく滑らかで、身体の重さがそのまま伝わってくる。
CGだと分かっているのに、嘘を感じない。

5年前に完結した『シン・エヴァンゲリオン劇場版』も、
かなりCGを使っていた。
NHKの番組で、庵野監督が、
俳優の動きにモーションキャプチャーを用い、
それを設計に落とし込んでいる様子も観た。

でも、『TRIGUN STAMPEDE』はそれとは違う。
まるで最初から「CGとして設計された人間」が
そこに存在しているような動きだ。

そして、これが2年前の作品だという事実に、
あとから気づいて驚いた。
つまり、この技術は「最新」ではなく、
すでに過去のものになりつつある。

だからこそ思った。
この技術があるから、『TRIGUN』のテーマが語れるのだと。

信念の強さ、
命の重さ、
正しさが壊れても、それでも選び続けること。

これらは、軽い嘘や勢いでは描けない。

身体の迷い、視線の揺れ、
引き金にかかる指の重さ。
それを誤魔化さずに見せる技術が、
ようやく追いついたのだと思う。

さらに驚いたのは、
27年前の主役と準主役を演じていた声優陣が、
『TRIGUN STAMPEDE』にも配置されていること。

これは懐古ではなく、
時間そのものを物語に持ち込むための設計に見える。

技術が進むと、
現実の古いものが壊れていくと言われるけれど、
正確には、
変化の波が来ているのに、変われないものが壊れていく
のだと思う。

だから今見ても、やはり重い。
そして、その重さを引き受けるために、
この技術が必要だったのだと思う。