Quiet Time -8ページ目

ヨハネ15:4

わたしにつながっていなさい。

わたしもあなたがたにつながっている。

いろいろ思い出して来たので、今日はココを。
バプテスマを受ける前、

決心し切れずにいた時にこれを読んで決心できた。
イエスが力強く左手を差し出す姿が浮かんだ。

それにつかまろうって思った。
ココはさすがにどこにあるのかちゃんと覚えてた!(喜)
ついでに金色で線を引いてある聖句をみつけたので、
(特別だなと思ったところは金で線を引いていたのよ・・)

わたしは、平和をあなたがたに残し、わたしの平和を与える。
わたしはこれを、世が与えるように与えるのではない。
心を騒がせるな。おびえるな。

ヨハネ14:27

イエス(神様)のやり方って、人が思うそれとは全然違うのよね。
よく人が想像できることは、実際に出来ることだって言うでしょ。
そういうのもあると思うんだけど、

神様ってホントに考えつかない方法で来るから
面白い・・・エキサイティングなのよね・・・

はあ~~~。

オーマイガッ!

1994年のこの日、私はバプテスマを受けました。
私のスピバー!(Spiritual Birthday)です。
だから特別に、大切に過ごそうと思ったのに !
ホームページ開設に躍起になって、

聖書も読まないわ、祈りもしないわ。
本末転倒っていうのか、なんていうのか・・・もう!私ったら!

恵みの時に、わたしはあなたの願いを聞き入れた。
救いの日に、わたしはあなたを助けた

コリント信徒への手紙二6:2

かなり好きな聖句なのに、捜すのにもんのすごい時間かかった・・・
以前もここを苦労して捜して、

もうどこにあるのか覚えたって思ってたのに・・・


94年の何月頃だったかは覚えていないけれど、

その時私は神様を呼んだ。
子供の頃は、自分に都合のイイ神様ではあったけれど、
いつも話し掛けていて、

なんだか会話しているような気にさえなっていた。
なのに、「最近話してないね・・・寂しいよ・・・」と、

マジ呼んだ。
そして9月の終わりか10月のはじめ、

友子(YUCO)に出会い、教会に行くように。
いわゆる伝導されたわけです。(笑)

はじめは「聖書を勉強してみない?」という、

彼女の言葉を拒み続けました。
中学・高校と授業で習っていたから、

もう充分知っているつもりになっていた。
そして、もしYUCOが教えてくれることが間違っていて、
「それ違うんじゃない?そんなことも知らないの?」

と、なるのが嫌だったから・・・


彼女のこと好きだったから、

そんな邪念で不信感を持つことを恐れた。
今考えると、そーとーなプライドですね。(苦笑)
それに実際はなんにも分かっていなかったし。
彼女の熱心な勧めにより勉強を始め、

ついに11月22日にバプテスマ!
すんごい早い人で3日間勉強して決心して受けた人がいます。
私はかなり心が固かったので結構時間がかかりました・・・
「どうして受けさせてくれないの?」って怒ったりしてたし。
怒ること自体もう違うでしょーに!ねえ・・・

今はもう弟子とは言えない状態だけど、
あの時、私が呼んだ時、神様は答えてくださった。
私に人生の土台を与えてくださったこと、ホントに感謝しています。
ありがとう。

Ⅰテモテ1:15

テモテは英語読みだとティモシーですかね。
「テモテへの手紙」は1と2があります。

これもパウロが書いたもの。
昨日名古屋のホテルで読みました。

こそっと祈ってから・・・
がっつり祈ってから聖書を開くと何かしら答えを貰えるのですが、
夕べはさっくりだったからかなあ・・・いまいちまだ分からない。
てか、見えない振りをしている部分もたしかにある。
100%でなければウソになる・・・それは分かっているんだけど、
今の状態では100%にすることは難しい。
少しづつそれに近付けて行くことだけだな、せめてもね。

キリスト・イエスは、「罪人を救うために世に来られた」
という言葉は真実であり、そのまま受け入れるに値します。
わたしは、その罪人の中で最たるものです。


「そのまま受け入れる」ってところが好きなんです。
とてもシンプルなことなんだけど、いちばん難しいこと。
難しいと思うから難しいんだけどね。(笑)
私はいちいち「どうして?」と理由を詮索してしまう。
自分が納得しないと受け入れない。

それも必要な時はあるけれど・・・
とは言え、「そうなんだ!」って、

するっと受け入れている時もあったりする。
でも「そのまま受け入れる」のと、

「鵜呑みにする」のは違うからな、微妙。

ちなみにパウロはもともとユダヤ教を厳格に守っていた人です。
ユダヤ教というのは「旧約聖書」のみを信じていて、

「新約」は受け入れていない。
つまり「旧約」で預言されている救い主を、

イエスのことだと認めていない。
故に彼はもともとイエスを大迫害して、

弟子を殺してもいました。(恐いね・・)
それがある時、

目からうろこのようなものが落ち、目が見えるようになった。
使徒言行録9:18
 

・・この経緯はホントはもっと長いんだけどね・・・・・
”目からうろこ”の起源はココですよ、たぶん。ミニ知識。(笑)
目に見えているものがすべてじゃない・・・心の目も開かれたんだろうな・・・
私の心の目は塞がったまま、ついでに目もゴロゴロして痛いし。
何かとんでもないものが入っているのでしょうか?コワイコワイ。

今私が「そのまま受け入れる」べきものは何だろう???
う~~~ん・・・ホントは考えるまでもないか・・・
とは言え・・・う~~~ん・・・祈るか・・・

とりあえず

私ってヒポクリタ・・・

コロサイ

これは「コロサイ信徒への手紙」のコト。
パウロが各地の教会に送った手紙のひとつです。
聖書の勉強をしていた頃、「とにかく読みなさい。」と言われ、
一応読んだけど、なんだかいまいちピンと来ないというか・・・
結構イライラした。(分からないコトがあるとイライラするタイプ・・)
マタイ・マルコ・ルカ・ヨハネの4福音書はイエスの人生、
彼が話した言葉の数々が書かれているものなのでわりと分かり易い。
・・・ハズなんだが、

なんとなく意固地になっていたので心に入って来ない。
ちょっと気分を変えようと思って福音書以外のものを読んでみた。
他の手紙シリーズを読んだかどうかは覚えていないんだけど、
この「コロサイ」はスッと心に入って来た。

そんなわけで、読み直してみたんだけど・・・
どこのところが特に気に入ったのか思い出せなかった・・・
手紙シリーズはパウロや弟子(クリスチャン)達が、
他の教会の信徒達を励ますために書かれたものなので、
ある程度勉強していないと深い意味までは分からないハズ。
しかも改めて考えると「エフェソ」や「フィリピ」の方が分かり易いのに・・・
へそ曲がりな私らしいこと・・・ホントにどこに響いたんだろ?
思い出したい。(響いたコトだけ覚えててもね・・)

・・・あ、なんとなく思い出して来た!
それまでに勉強してきたことが、

なんかサクッと分かる聖句があったのよね。
いろいろ考えてたら、読みたいところがたくさん出て来たわ~~~っ。
「イエスのカッコ良さ」もっと勉強しよう。
なんとなく表面的にしか捉えられていないのよね・・・
う~~~ん当面のテーマが出来たわ。うれし♪