前回は隣国の米国の法律についての堅い話でしたので今回はガラ
リと話題を変えましてメキシコの古代文明について語ってみたい
と思います。建築とも直接は関係ありませんがメキシコを知って
いただく上で参考になればと思いますしメキシコに旅行したいと
いう気持ちになっていただければ嬉しいです。
私自身、歴史の専門家でもありませんので知っている限りわかり
やすくいつものように脱線しながら話をさせていただきます。


突然ですがメキシコにはたくさんのピラミッドがあるのをご存知
ですか? 私は恥ずかしながらメキシコに来るまで全く知りませ
んでしたし興味ありませんでした。 学生の時ピラミッドを見る
ためにエジプトに旅行に行きましたがピラミッド=エジプトと
いうイメージを持ってました。こちらで見た時は“えー、
メキシコにもあったの?エジプトのコピーじゃないの?”という
くらいの感じでした。でも多少歴史を知っていくとかなり高度な
文明がこの地に発達していたことに驚かされました。


マヤ文明、アステカ文明はかなり有名でみなさんによく知られて
いますがメキシコには結構古い文明が存在してました。
(この地域の古代文明をメソアメリカ文明といわれています。)


ちなみに話はそれますが現在世界中で栽培、食される野菜の多く
も中南米産のものが結構あります。
トウモロコシ・ジャガイモ・トマト・トウガラシ・ピーマン・
ピーナツ・インゲン豆・カカオ(チョコレートもメキシコが最初
です)。これらはすべて中南米からコロンブス以降世界中に伝播
されたものです。
したがいまして中南米地域の文明もなかなか侮れないと思います。


それでは順番にメソアメリカの歴史に遡っていきます。

まずはアメリカ大陸全体でもっとも初期に生まれたとされる
オルメカ文明という文明があります。今から3200年前と言わ
れていますので日本で言えば縄文時代から弥生時代にかけて反映
した文明のようです。非常にミステリーな文明で現在のメキシコ
湾岸のタバスコ州からベラクルス州のあたりのジャングル地帯の
密林に位置したところに多くの遺跡が見つかっています。
特に巨大な石の頭の像が16体見つかっていますがこれは大きな
もので3メートルの高さ、重さ40トンにもなるものです。
この巨大人頭像は神官か支配者の像ではないかと考えられています。

http://www.web-mix.ws/pyme/2011/01/las-cabezas-olmecas/

この巨石人頭像は玄武岩を彫ったものですが見つかったものは人
が到底住めそうにない熱帯雨林のジャングルの密林の真ん中や
小島に見つかっているということとこの地域に玄武岩は存在しま
せんので他地域から輸送しているはずでここまで運ぶ当時の運搬
技術が発展していたものと推定されております。また都市を形成
されたと思われる神殿や31メートル高さの粘土のピラミッドも
見つかっています。
遺跡やそこで見つかった彫刻品の調査からアメリカ大陸の最古の
文明であることと絵文字や数字を用い、ゼロの概念を持つなど
、数学や暦が発達していたようです。
またネコ科のジャガーを神として崇拝していたことで有名で
人間とジャガーの融合の像が見つかっています。

http://www.arqueomex.com/S2N3nCosmovision72.html

ちなみに現在この地域(メキシコ湾沿岸)は石油がとれますので
多くの石油企業で賑わっております。現地に住んでいます
友人曰く、とにかく熱帯雨林で一年中暑くムシムシしていており
仕事がなければ住みたくない場所だと言っていました。

この文明は建築や美術様式がその後のマヤ文明のもとになってい
ることから“母なる文明”といわれていますが紀元前200年ご
ろ突然と姿を消した不思議な文明なようです。


次にみなさんよくご存知のマヤ文明です。 
マヤ文明は紀元前3世紀から16世紀の間、メキシコ南東部の
ユカタン半島(観光で世界的有名なリゾート地カンクーン位置し
ています)から、現在のグアテマラにかけて栄えた文明で各文明
の中でももっとも広範囲かつ、長期間栄えたので、メソアメリカ
の文明の総称としてマヤの名が当てられる事があります。
マヤ文明は他の中南米地域からいろいろな影響を受けながら
スペイン人がやって来るまで続きました。しかし、決して一つの
国にまとまる事はなく、最初から最後まで多数の都市国家から
なる集合体でした。かなり長く続いた文明ですがもっとも栄えた
時期は日本の律令国家が繁栄した8世紀の奈良平安時代あたり
だったようです。

そうした都市国家のうち、特に有力だったものとしてパレンケ、
カラクムル、ウシュマル、チチェン・イツァなどがあります。
パレンケ、カラクムルはマヤ文明の最盛期に栄えた都市国家で、
当時は互いに対立する立場でした。
ウシュマル、チチェン・イツァは後期になって頭角を表した
都市で、特にチチェン・イツァは他の文明の影響を非常に強く
受けています。

http://www.chichenitza.com/

このチチェン・イツァの遺跡は世界遺産に登録され観光名所の
ひとつでカンクーンからもすぐ行けます。
前にも述べさせていただきましたがカンクーンとそのとなりの
プラヤデルカルメン、コスメル島周辺の白い砂浜と透明な海は
私見ですが世界でもっとも美しいビーチの一つではないかと思っ
ています。 (少なくとも私の友人間では少なくともハワイより
断然綺麗ということで一致しています。)

http://www.yucatan-holidays.com/travel-ideas/beautiful-photos-from-the-beaches-of-cancun/

またカンクーン旅行の多くなメリットはこの周辺に上記のマヤ文
明の遺跡群がごろごろしており見どころが沢山なことです。
ビーチはとっても綺麗で素晴らしいのですがビーチだけでなく
かなりの数の遺跡群(ピラミッドももちろんあります。)が見れ
ますので是非オススメします。ビーチは1週間もありましたら
飽きてしまいますがカンクーンには古代の歴史を知るかなりの
ツアーがありますので充実した楽しい旅が出来ます。


次にマヤと多少時期が重なりますが日本の古墳時代と飛鳥時代に
マヤ文明から1000km離れたところにあります
「テオティワカン」という文明がありました。
後にアステカの領土となった場所で栄えた文明です。
首都として巨大な都市を作り、軍事的、経済的、文化的に古代の
中南米全体に強い影響を与えました。7世紀半ばにおそらく反乱
か、或いは異民族に攻撃されて滅びましたが、伝説的な国家とし
てマヤにもアステカにも後々まで語り継がれました。
ただ文字記録がまず解読不可能(発見された量が少なすぎる)
ため、なぜこれだけ強力な文明になれたのかなど、詳しい事は
何一つ分っていません。マヤ文明では中期ごろに当たる3世紀
から7世紀ごろに栄えました。
ここのピラミッド群感動的です。この時代にここまでの精度で
建設出来たのかとても不思議です。

http://whc.unesco.org/en/list/414

メキシコの首都メキシコ市からツアーが出ており簡単に行けます
のでお越しの際は必ず立ち寄られてください。私が是非オススメ
するのは気球に乗って上空から建築群を見晴らすツアーです。
全体も良く見れますし、ピラミッドが真上からゆっくりと見れ
ますので最高です。お値段も高くはなかっっと思いますので
是非ご利用ください。

テオティワカンが滅びた後、その周辺では主にトルテカ人と
呼ばれる民族が文明を発達させました。
このトルテカ人が建てた都市のうち、代表的なものの一つとして
ソチカルコ(ショチカルコ)があります。

http://antropologiamexico.es.tl/TOLTECAS.htm

数々の神話と伝説(テスカトリポカとトピルツィンとケツァルコアトルの伝説など)で知られるこの帝国は、メキシコ中央高原
を支配したとされ日本の奈良時代から平安時代にかけて栄えた
文明です。
8世紀から10世紀ごろには、トルテカの影響を受けたマヤ都市
の代表がチチェン・イツァ、マヤの影響を特に受けたトルテカ都
市がソチカルコと言う感じで、この地域とマヤの地域は互いに文化的影響を与え合っていました。

トルテカ文明が衰えたあと、その地域では幾つかの国家や民族の
興亡が繰り返され、最終的にそれらを征服したのが「アステカ」
でした。もともとは周辺の人たちからも野蛮人と看做されていた
民族だったのですが、文明化と元々の好戦性が上手く噛み合った
のか、古代の中南米で最後にして最大の国家を築くまでに至りました。ただ、滅ぼされたとは言っても非常に巨大で力の有る国家
だったため、正式名のメヒカ(メシーカ)がメキシコの語源となるなど、現代までその影響は受け継がれています。

日本の室町時代にあたるこの巨大文明は奥が深いのでスペイン人
がくるまでのこの辺りのお話は次回にさせていただきたいと思いま
すのでどうぞお楽しみに!