前回まで南米への日本人の移民の歴史について語らさせていただきました。おかげ様でたくさんの方からご感想をいただきました。どうもありがとうございました。 また別の機会に異なった視点から移民の歴史について再度触れたいと思っていますのでどうぞお楽しみにしていただければと思います。
ここ最近、メキシコ国外に出張することが多いのですが、旅先でお会いする方々とお話する際に必ず話題になることがメキシコのテキーラについてです。テキーラについてかなり尋ねられましたので皆さんにとっても興味深いテーマだと思いましては今回はこのテーマについて語らさせていただければと思います。アルコールが好きな方でもお飲みになられない方でも興味を持っていただければ幸いです。
テキーラの話の前にみなさんはお酒についてよくご存じですか?私は飲むのは好きなのですがあまり詳しく知らなくていつも飲み仲間に教えてもらっています。
以下まずお酒についてお話させていただきます。
お酒には醸造酒と蒸留酒があるのはご存知かと思います。
醸造酒は糖分に酵母菌を加えアルコール発酵させたお酒ですね。
果実などを原料とする場合はすでに糖分ですので酵母を加えるだけで発酵できます。
ワインなどがそうですね。
コメや麦など穀物を原料とする場合は発酵の前に糖化する必要がありますので発芽させたりカビを加えたりしてデンプンを糖化させた後に発酵させアルコールを抽出します。
日本酒、ビールなどがいい例ですね。
これらの醸造酒はかなり古代からあったようです。
さて、蒸留酒は日本酒、ビール、ワインなどの醸造酒と比べますと新しい酒で広く知られるようになったのは11-12世紀頃のようです。
蒸留酒は醸造酒を熱して沸点の違いを利用して水よりも低い沸点のアルコールを気化させ、さらにそれを冷却して液化させ、もとの発酵液よりもアルコール濃度(度数)の高い液体となったものです。
ビール(状のもの)を蒸溜すればウイスキーに、ワイン状からブランデー、日本酒から泡盛、焼酎などが例です。
蒸留酒のもっとも古いものは中国の白酒(パイチュウ)、中近東のアラックではないかと言われていまして、特に中国では宋の時代(10~13世紀)に醸造酒より長期保存がきくということで人気があったようです。
日本では14世紀に沖縄に蒸溜技術が伝わり、泡盛の製造がはじます。その後、九州で焼酎がつくられようになりました。
ヨーロッパでは中世になってから数々の蒸溜酒が生まれていきました。
フランス、イタリア、スペインなどのブランデー、アイルランドやスコットランドのウイスキー、ロシアやポーランドのなどのウオツカ、北欧のアクアヴィット、オランダのジュネヴァ(ジン)などさまざまな土地で、入手可能な原料を使って個性的な香味が誕生します。
スペインの大航海時代には蒸溜技術がヨーロッパから海を渡り、カリブの島々や新大陸に伝播しラムが生まれます。キューバーのモヒートやヘミングウェイが愛好したダイキリなどのラム酒ベースのカクテルは有名かと思います。
そしていよいよメキシコのテキーラが誕生します。
テキーラの原料は竜舌蘭(マゲイとも言われます)の一種、アガベ・アスール・テキラーナの茎です。 (メキシコだからといってサボテンが原料ではありません。)
この植物アガベですがアフリカのアロエに似ておりまして茎の部分が強大な球のパイナップル形状になっています。
(スペイン語でパイナップルをピーニャといいますがこの茎の部分も同じ名称で言われています。)
さてテキーラの歴史は以下のように言われております。
話は18世紀半ばに遡ります。
スペイン統治時代のメキシコにおいて西北の地方のシエラマドレ山脈で山火事がありました。ハリスコ州テキーラ村にほど近いアマチタリャの焼け跡には、黒く焦げたマゲイがごろごろと転がっているほどの大惨事となりました。ところが、あたり一面、独特の甘い芳香が漂っています。不思議に思った村人がひとつのマゲイの球茎を手で押しつぶすと、チョコレート色の汁がにじみでてきます。汁をなめてみると、とてもおいしい甘味がありました。
マゲイの球茎が山火事の熱で砂糖を生みだしていたのです。
これを知ったスペイン人がこの汁を絞り、発酵、蒸溜してみると、素晴らしく格別な蒸留酒が誕生したというわけです。
そして蒸溜所が建てられたテキーラ村がこの蒸留酒テキーラの本場となっていきました。
このテキーラ村は私の住んでいますハリスコ州にありまして中心地グアダラハラからテキーラ村への見学ツアーがあります。
(テキーラの飲みながら酔いしれるだけでなく、メキシコならではの催し物たくさんで最高に楽しい旅の思い出になりますので是非お勧めです。)
ただし、竜舌蘭の茎を原料にした醸造酒はすでに存在していました。"月のピラミッド"で知られる世界遺産に登録されている古代都市テオティワカン。その西暦200年頃に竜舌蘭の一種、アガベ・アトロビレンスの搾り汁を発酵させた醸造酒のプルケ(Pulque)がつくられていたとされます。そして新大陸発見とともに蒸溜技術を持ち込んだスペイン人は、すぐにプルケを蒸溜してメスカル(Mezcal)という蒸留酒を作りました。メスカルについての最古の文献は1538年の課税に関する記録だとされています。
よって現在でもアガベからつくられる蒸留酒はメスカルと呼ばれ、その中でもテキーラ村を中心とする特定地域で栽培されたアガベ・アスール・テキラーナを原料として、特定地域で蒸溜したものだけをテキーラと特別に呼んでいます。
さてそのテキーラですが、長い間メキシコ国内で愛される地酒の域を脱することありませんでした。国境を超えてアメリカに、そしてヨーロッパにテキーラが出荷されたのは1873年になります。それでも広く愛飲されるまでには至らなかった。実際、隣国のアメリカへ正規ルートで輸出されるようになったのは1942年以降のことです。
注目を浴びるようになったのは1949年、テキーラベースのカクテル"マルガリータ"が全米カクテルコンテストで入選し、まずファッショナブルな舞台に登場しました。
そしてなんといっても世界中で親しまれるスピリッツとなる最大のきっかけが1968年開催のメキシコ五輪です。
この大会でメキシコの文化が発信されるとともに、テキーラの輸出量も伸びていきます。
1972年にはローリング・ストーンズのミック・ジャガーがツアー中のメキシコ公演で、カクテル"テキーラ・サンライズ"の熱烈なファンとなった情報が世界のバーを駆け巡ります。翌年にはイーグルスのセカンド・アルバムの中に「テキーラ・サンライズ」という曲が収められ、カクテルやスポーツ、音楽を通じてテキーラ・ファンが拡大していきました。
そして、それ以降はウオツカ、ジン、ラムと並び、蒸留酒ビック4として世界で愛されつづけいます。
2006年にはテキーラの産地テキーラ村は「テキーラの古い産業施設群とリュウゼツランの景観」として世界遺産に登録されました。
このメキシコ産テキーラを国内外から守るため、メキシコ政府は1994年に収穫から瓶詰めに至るテキーラの生産過程全般の基準を定め、違反者に対して法的措置を取る事が出来る非営利団体としてテキーラ規制委員会(CRT:Consejo Regulador del Tequila A.C.)が設立されました。
全てのテキーラメーカーはCRTの認可が必要となり、テキーラのラベルには原産地呼称を証明するCRTの記載が印刷されています。
現地の人しか知られていない情報ですがこの政府の法律と規制委員会の設置のきっかけが中国人による悪質な事件だったようです。
テキーラの商売が美味しいとわかった中国人は原料を完全も変えた、偽テキーラを格安の値段で売りさばきます。一見テキーラに見え値段も格安なのでバー等に浸透します。ここから事件が起きます。
この偽テキーラを飲んだ客が目が見えなくなる、体を壊すなどの事件が相次いで起こり、原因を辿ってみるとこの中国人によるテキーラのコピーが問題だったということがわかりました。
これ以降政府が本腰になってテキーラを守ることになったというわけです。 (今でもメキシコ人は中国人にネガティブなイメージが残っているようです。)
さてこの最高の蒸留酒テキーラですが樽で熟成させ寝かせる期間によって種類の名称が変わってきます。
製造されすぐに瓶詰めされたものはブランコ
(Blanco/Silver)。
2ヶ月~1年未満樽で寝かせたものはレポサド(Reposado/Aged)
1年以上またはレポサドよりも寝かせたものであれば
アニェホ(Añejo/Extra Aged)
3年ほど寝かせたものであれば
エクストラ・アニェホ(Extra Añejo/Ultra Aged)
寝かせれば寝かせるほど琥珀色を呈してきますが樽の香味が加わりブランデーのようになってきます。
(樽はカナダから特定の木を特別に輸入しているとのことです。)
テキーラ独自の風味を味わいたい場合はブランコ、レポサド、高級感を味わうにはアニェホなどがお勧めです。
もしテキーラをご注文する機会がございましたら上記の種類に注意してみていただければと思います。風味がそれぞれ異なっています。
米国でのバーなどで行きますと米人がテキーラのショットをしたがりますがバーテンダーが出す大抵のテキーラは安めのブランコです。
味わうというより強い酒を一気飲みするための目的だからだと思います。
ちなみに最近はかなりの銘柄がありどれもいい味を出しています。
私のオススメの銘柄はドン・フリオ(Don Julio)、ホセ・クエルボ(Jose Cuervo)、 エル ヒマドール(el Jimador)、エラドゥーラ(Herradura)などです。
メキシコにお越しの際は是非美味しいテキーラを満喫していただければと思います。
以上、長くなりましたが今回はテキーラについてでした。
次回はまた別のテーマについて語らさせていただきます。
どうぞお楽しみに!!
ここ最近、メキシコ国外に出張することが多いのですが、旅先でお会いする方々とお話する際に必ず話題になることがメキシコのテキーラについてです。テキーラについてかなり尋ねられましたので皆さんにとっても興味深いテーマだと思いましては今回はこのテーマについて語らさせていただければと思います。アルコールが好きな方でもお飲みになられない方でも興味を持っていただければ幸いです。
テキーラの話の前にみなさんはお酒についてよくご存じですか?私は飲むのは好きなのですがあまり詳しく知らなくていつも飲み仲間に教えてもらっています。
以下まずお酒についてお話させていただきます。
お酒には醸造酒と蒸留酒があるのはご存知かと思います。
醸造酒は糖分に酵母菌を加えアルコール発酵させたお酒ですね。
果実などを原料とする場合はすでに糖分ですので酵母を加えるだけで発酵できます。
ワインなどがそうですね。
コメや麦など穀物を原料とする場合は発酵の前に糖化する必要がありますので発芽させたりカビを加えたりしてデンプンを糖化させた後に発酵させアルコールを抽出します。
日本酒、ビールなどがいい例ですね。
これらの醸造酒はかなり古代からあったようです。
さて、蒸留酒は日本酒、ビール、ワインなどの醸造酒と比べますと新しい酒で広く知られるようになったのは11-12世紀頃のようです。
蒸留酒は醸造酒を熱して沸点の違いを利用して水よりも低い沸点のアルコールを気化させ、さらにそれを冷却して液化させ、もとの発酵液よりもアルコール濃度(度数)の高い液体となったものです。
ビール(状のもの)を蒸溜すればウイスキーに、ワイン状からブランデー、日本酒から泡盛、焼酎などが例です。
蒸留酒のもっとも古いものは中国の白酒(パイチュウ)、中近東のアラックではないかと言われていまして、特に中国では宋の時代(10~13世紀)に醸造酒より長期保存がきくということで人気があったようです。
日本では14世紀に沖縄に蒸溜技術が伝わり、泡盛の製造がはじます。その後、九州で焼酎がつくられようになりました。
ヨーロッパでは中世になってから数々の蒸溜酒が生まれていきました。
フランス、イタリア、スペインなどのブランデー、アイルランドやスコットランドのウイスキー、ロシアやポーランドのなどのウオツカ、北欧のアクアヴィット、オランダのジュネヴァ(ジン)などさまざまな土地で、入手可能な原料を使って個性的な香味が誕生します。
スペインの大航海時代には蒸溜技術がヨーロッパから海を渡り、カリブの島々や新大陸に伝播しラムが生まれます。キューバーのモヒートやヘミングウェイが愛好したダイキリなどのラム酒ベースのカクテルは有名かと思います。
そしていよいよメキシコのテキーラが誕生します。
テキーラの原料は竜舌蘭(マゲイとも言われます)の一種、アガベ・アスール・テキラーナの茎です。 (メキシコだからといってサボテンが原料ではありません。)
この植物アガベですがアフリカのアロエに似ておりまして茎の部分が強大な球のパイナップル形状になっています。
(スペイン語でパイナップルをピーニャといいますがこの茎の部分も同じ名称で言われています。)
さてテキーラの歴史は以下のように言われております。
話は18世紀半ばに遡ります。
スペイン統治時代のメキシコにおいて西北の地方のシエラマドレ山脈で山火事がありました。ハリスコ州テキーラ村にほど近いアマチタリャの焼け跡には、黒く焦げたマゲイがごろごろと転がっているほどの大惨事となりました。ところが、あたり一面、独特の甘い芳香が漂っています。不思議に思った村人がひとつのマゲイの球茎を手で押しつぶすと、チョコレート色の汁がにじみでてきます。汁をなめてみると、とてもおいしい甘味がありました。
マゲイの球茎が山火事の熱で砂糖を生みだしていたのです。
これを知ったスペイン人がこの汁を絞り、発酵、蒸溜してみると、素晴らしく格別な蒸留酒が誕生したというわけです。
そして蒸溜所が建てられたテキーラ村がこの蒸留酒テキーラの本場となっていきました。
このテキーラ村は私の住んでいますハリスコ州にありまして中心地グアダラハラからテキーラ村への見学ツアーがあります。
(テキーラの飲みながら酔いしれるだけでなく、メキシコならではの催し物たくさんで最高に楽しい旅の思い出になりますので是非お勧めです。)
ただし、竜舌蘭の茎を原料にした醸造酒はすでに存在していました。"月のピラミッド"で知られる世界遺産に登録されている古代都市テオティワカン。その西暦200年頃に竜舌蘭の一種、アガベ・アトロビレンスの搾り汁を発酵させた醸造酒のプルケ(Pulque)がつくられていたとされます。そして新大陸発見とともに蒸溜技術を持ち込んだスペイン人は、すぐにプルケを蒸溜してメスカル(Mezcal)という蒸留酒を作りました。メスカルについての最古の文献は1538年の課税に関する記録だとされています。
よって現在でもアガベからつくられる蒸留酒はメスカルと呼ばれ、その中でもテキーラ村を中心とする特定地域で栽培されたアガベ・アスール・テキラーナを原料として、特定地域で蒸溜したものだけをテキーラと特別に呼んでいます。
さてそのテキーラですが、長い間メキシコ国内で愛される地酒の域を脱することありませんでした。国境を超えてアメリカに、そしてヨーロッパにテキーラが出荷されたのは1873年になります。それでも広く愛飲されるまでには至らなかった。実際、隣国のアメリカへ正規ルートで輸出されるようになったのは1942年以降のことです。
注目を浴びるようになったのは1949年、テキーラベースのカクテル"マルガリータ"が全米カクテルコンテストで入選し、まずファッショナブルな舞台に登場しました。
そしてなんといっても世界中で親しまれるスピリッツとなる最大のきっかけが1968年開催のメキシコ五輪です。
この大会でメキシコの文化が発信されるとともに、テキーラの輸出量も伸びていきます。
1972年にはローリング・ストーンズのミック・ジャガーがツアー中のメキシコ公演で、カクテル"テキーラ・サンライズ"の熱烈なファンとなった情報が世界のバーを駆け巡ります。翌年にはイーグルスのセカンド・アルバムの中に「テキーラ・サンライズ」という曲が収められ、カクテルやスポーツ、音楽を通じてテキーラ・ファンが拡大していきました。
そして、それ以降はウオツカ、ジン、ラムと並び、蒸留酒ビック4として世界で愛されつづけいます。
2006年にはテキーラの産地テキーラ村は「テキーラの古い産業施設群とリュウゼツランの景観」として世界遺産に登録されました。
このメキシコ産テキーラを国内外から守るため、メキシコ政府は1994年に収穫から瓶詰めに至るテキーラの生産過程全般の基準を定め、違反者に対して法的措置を取る事が出来る非営利団体としてテキーラ規制委員会(CRT:Consejo Regulador del Tequila A.C.)が設立されました。
全てのテキーラメーカーはCRTの認可が必要となり、テキーラのラベルには原産地呼称を証明するCRTの記載が印刷されています。
現地の人しか知られていない情報ですがこの政府の法律と規制委員会の設置のきっかけが中国人による悪質な事件だったようです。
テキーラの商売が美味しいとわかった中国人は原料を完全も変えた、偽テキーラを格安の値段で売りさばきます。一見テキーラに見え値段も格安なのでバー等に浸透します。ここから事件が起きます。
この偽テキーラを飲んだ客が目が見えなくなる、体を壊すなどの事件が相次いで起こり、原因を辿ってみるとこの中国人によるテキーラのコピーが問題だったということがわかりました。
これ以降政府が本腰になってテキーラを守ることになったというわけです。 (今でもメキシコ人は中国人にネガティブなイメージが残っているようです。)
さてこの最高の蒸留酒テキーラですが樽で熟成させ寝かせる期間によって種類の名称が変わってきます。
製造されすぐに瓶詰めされたものはブランコ
(Blanco/Silver)。
2ヶ月~1年未満樽で寝かせたものはレポサド(Reposado/Aged)
1年以上またはレポサドよりも寝かせたものであれば
アニェホ(Añejo/Extra Aged)
3年ほど寝かせたものであれば
エクストラ・アニェホ(Extra Añejo/Ultra Aged)
寝かせれば寝かせるほど琥珀色を呈してきますが樽の香味が加わりブランデーのようになってきます。
(樽はカナダから特定の木を特別に輸入しているとのことです。)
テキーラ独自の風味を味わいたい場合はブランコ、レポサド、高級感を味わうにはアニェホなどがお勧めです。
もしテキーラをご注文する機会がございましたら上記の種類に注意してみていただければと思います。風味がそれぞれ異なっています。
米国でのバーなどで行きますと米人がテキーラのショットをしたがりますがバーテンダーが出す大抵のテキーラは安めのブランコです。
味わうというより強い酒を一気飲みするための目的だからだと思います。
ちなみに最近はかなりの銘柄がありどれもいい味を出しています。
私のオススメの銘柄はドン・フリオ(Don Julio)、ホセ・クエルボ(Jose Cuervo)、 エル ヒマドール(el Jimador)、エラドゥーラ(Herradura)などです。
メキシコにお越しの際は是非美味しいテキーラを満喫していただければと思います。
以上、長くなりましたが今回はテキーラについてでした。
次回はまた別のテーマについて語らさせていただきます。
どうぞお楽しみに!!