馬橋 (京都市左京区大原小出石町) | 穴と橋とあれやらこれやら

穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

さて、例年恒例の干支ネタ記事。今年は2件をご用意しております。ほんとは干支どおり「午」の文字でやりたいんだけど、悲しいかな手持ちがないので、ベタに「馬」で。意外とたくさんあった。

 

 

で、1件目はストレートに「馬橋」であります。撮影は古く、2010年1月11日。ほぼ16年前だが、橋の姿はほぼ今も変わりない。

 

 

さっそく、ドン。現在地こちら

やたら左側の高欄だけ白く見えるが、実際は右側同様にいい具合に草臥れている。

 

いきなり余談だが、橋自体は変わりないものの、向こうに見えてるスリップ注意標識は現存しない。どうでもいい?

 

 

 

 

お名前はもちろん、

「馬橋」。

 

なぜか、これ以外の親柱を一切撮ってない当時のわたくし。さすがに他の親柱には何の情報もなかったからだ…と信じたい。

 

 

 

 

どうかね、この渋い高欄。

Q地図によれば、完成年は1954(昭和29)年だそうだ。

 

 

 

 

渡って北側より。

こっちは片方の親柱が失われていた。

 

 

ちなみにこの道は市道大原25号線というのだが、わたくし幼少のころは国道367号現道だった。当時ウチの畑が滋賀県の湖西にあって、よく左京区の家から途中越えで行ってたのだが、その際に通るのがここだった。

琵琶湖への湖水浴客、そして若狭方面への海水浴客もすべてこの道を通ってたもんだから、夏場とか離合困難でえらい渋滞になってたりしたなあ。特に1枚目写真の奥あたり、狭かったし。

 

まあ懐かしの昔ばなしですわ…。

 

 

 

 

サイドビュー。

いかにも当時のわたくしらしい、パッとせん写真でスマン。

 

 

 

 

ただ、

すぐ脇に残る先代橋?の石積橋台には気づいたもよう。橋台のサイズから、おのずと道の規格が推し量れる。

 

 

この後も何度かこの橋は通りかかってるが、撮影し直したことはない。ほんとに他の親柱には情報がなかったのか、気になってきた(笑)。

 

 

 

以上。次回もういっちょ「馬」ネタ予定。