2013年7月15日、家族で来た2泊3日の四国旅行最終日。後は帰るだけで、高速に乗るべく松山市内を走っていて見つけてしまった橋をご紹介。もちろん嫁さん同伴でありましたが、即ターン(笑)。
タメなく、ドン。
欄干の低さだけ取っても、一目で古いものだとわかる橋。
場所はコチラ。
見たところ、現在の国道33号の旧道にあたる道なのだろう。これは北側から。
ゴミ袋に隠された親柱には、お名前が。
「あまやまはし」。
今いるこの北側が天山地区である。
んで、この親柱外側側面にお誕生日を発見。
「昭和八年四月竣功」。おおっ、戦前橋だ~。
橋そのものは古いが、
さすがに市街地の(たぶん)元国道橋、橋脚はすんごくマッシヴに補強されてる。
で、反対側の親柱を見ると…あら~?
またしてもお誕生日だったんだが、こっちはなぜか昭和八年三月完成。
さっきは四月竣功って。「竣功」と「完成」の違いはまあいいとして、一か月の誤差はどういうこと?意味ワカラン。
つうか、確かに四本の中でこの親柱だけコンクリ製、ほかは自然石だったりするのだが…。それにしてもひと月違いって微妙すぎるしなあ。謎。
まさか、上流側と下流側の高欄、施工した業者が違ったとかか?
見たとこじゃあ違いはわからんけどね~。アーチを連ねた欄干最高!
橋上から上流側を望む。
あれが国道33号の橋。名前は確認し忘れたが、きっと「新天山橋」とかだろう。
欄干は人造石だが、
束柱は自然石。
渡って、南側より。
派手さはないが、どっしりと風格あるなあ。
こっちの親柱は、
なぜかまたひらがなのお名前と、
もう片方は
「天山橋」と漢字のお名前。ちなみに「橋」は旧字。
結局、ひらがなのお名前が二枚とお誕生日もひと月違いで二枚っていう意味不明な銘板構成。なんじゃあこりゃあ。
そういや、戦前橋の金属銘板が残ってるなんてかなり珍しい。
戦後の復刻だったりとか?
最後に、国道からの全景。
結局のところ親柱でスルーされてしまってた河川名は、小野川というみたい。今調べた(笑)。
車で待機する嫁さんの無言の圧に屈し、国道の橋の銘板チェックも割愛して切り上げるわたくしであった(爆)。
以上。
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これでめでたく「記事リスト~愛媛県」を作成できます。都道府県別の記事リストは、記事数が三件以上になったら作る、と決めているので。誰に向けてってわけでもないけど、一応説明を(笑)。