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『 棚のない商店街 』 ストーリー 11
第二十二章 新規事業部
会社の経営会議で、正式決定が出た。
新規事業部の設立。
名称はまだ仮だった。
目的は、地方商店街の再生支援。
100円ショップ企業との共同事業。
空き店舗の活用。
販売実験。
地域店舗との連携。
そして、全国展開。
六人はそのまま新しい部署へ移ることになった。
加藤が責任者。
井上はデータ分析。
田島は地域連携。
志保はマーケティング。
涼と冴は事業開発。
辞令を受け取った日。
涼は自分の席に戻り、机の上に置かれた辞令を眺めた。
一年前とは違う。
同じ会社なのに、仕事の意味が変わっている。
「涼」
冴が呼んだ。
「何?」
「次の町、決まった」
「もう?」
「来週、現地調査」
冴は資料を渡した。
そこには、新しい商店街の写真が載っていた。
空き店舗。
古いアーケード。
駅から続く道。
人口。
高齢化率。
人流。
すべての数字が並んでいる。
涼は写真を見た。
「また最初からだね」
「うん」
「100円ショップを入れる?」
冴は笑った。
「まだ決めない」
「そうだな」
二人は資料を閉じた。
「現地を見てから」
「うん」
冴は席へ戻っていった。
涼はその背中を見ながら、少しだけ笑った。
一年前。
同じ会議室で、二人は久しぶりに顔を合わせた。
そのときは、過去のことばかり考えていた。
今は違う。
これからのことを考えている。
それが、少し嬉しかった。
第二十三章 最後の日
それから五か月が過ぎた。
六月の終わり。
プロジェクトが始まってから、ちょうど一年が経った。
最初の商店街を訪れる最後の日が来た。
新しい部署の仕事が始まる前に、六人で挨拶に行くことになった。
朝から商店街は忙しかった。
文房具店には学生。
キッチン用品店には主婦。
よりみち台所には近所の人。
八百屋には高齢者。
洋品店には若い女性。
誰かが特別に呼び込んでいるわけではない。
それぞれが自分の目的で歩いている。
涼は商店街の入口に立った。
最初に来たときと同じ場所。
しかし、もうシャッター通りには見えなかった。
空き店舗はまだ少し残っている。
全部が埋まったわけではない。
商店街の問題がすべて解決したわけでもない。
売上が増えたとはいえ、これから先も競争は続く。
人口が減る問題も消えない。
大型商業施設もなくならない。
ネット通販もなくならない。
100円ショップが万能なわけでもない。
それでも、この町には新しい選択肢が生まれた。
それでいい。
涼はそう思った。
隣に冴が来た。
「何考えてるの?」
「最初の日のこと」
「私も」
二人は商店街を歩き始めた。
文房具店。
キッチン用品店。
掃除用品店。
収納用品店。
日用品店。
季節商品店。
そして、よりみち台所。
六店舗だった実験と、その後に加わった店は、もう商店街の風景の一部になっている。
案内所の電器店では、今日も店主が誰かに道を教えていた。
「文房具なら、あっち」
そんな声が聞こえる。
涼は笑った。
「もう、俺たちがいなくても大丈夫だな」
「うん」
冴も笑った。
「それが一番いいんじゃない?」
商店街の中央まで来たとき、冴が立ち止まった。
「ねえ」
「何?」
「今度は、私たちが作るんじゃなくて」
「うん」
「その町の人たちが考えたものを、私たちが手伝う仕事にしたい」
涼は頷いた。
「そのほうがいい」
二人はまた歩き始めた。
少し先で、あの老人が歩いていた。
手には買い物袋。
文房具店で買ったものらしい。
老人は途中で立ち止まり、案内板を見た。
そして、キッチン用品の店へ向かって歩いていく。
涼はその後ろ姿を見た。
最初の日には、100円ショップを探していた人。
今は商店街を歩いている。
それだけだった。
それだけなのに、涼には一年間の仕事がそこに全部入っているように思えた。
「涼」
冴が呼んだ。
「行こう」
「うん」
二人は商店街の出口へ向かった。
振り返る。
いくつもの店。
いくつもの看板。
人の声。
笑い声。
シャッターの上がる音。
店主と客のやり取り。
それらが一つの町の音になっていた。
最初に涼が考えたのは、100円ショップの棚を商店街に置くことだった。
今、その棚はもう重要ではない。
棚が人を呼んだのではない。
棚をきっかけに、人と店がつながった。
店と店がつながった。
商店街と人がつながった。
そして、町の中に「次は何をしよう」という気持ちが生まれた。
それが、再生なのかもしれない。
駅へ向かう途中、冴が言った。
「来週、新しい町だね」
「うん」
「今度は、どんな町かな」
涼は少し考えた。
「行ってみないと分からない」
「そうだね」
冴が笑う。
「じゃあ、また最初から」
「最初から」
二人は駅へ向かって歩いた。
その背中を、午後の光が追いかけていた。
商店街には、今日も人が歩いている。
誰かが買い物をしている。
誰かが店を開けている。
誰かが新しいことを考えている。
そして、まだシャッターの下りた店もある。
物語は終わっていない。
町も、仕事も、人も。
明日になれば、また新しい一日が始まる。
その一日を、どうするのか。
それを決めるのは、そこにいる人たちだった。
涼は駅の階段を上った。
隣には冴がいる。
そのことを、今度はもう、特別なことだとは思わなかった。
ただ、自然だった。
そして二人は、新しい町へ向かう電車に乗った。
