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『 棚のない商店街 』 ストーリー 10

 

第十九章 次の町

 

 翌朝、六人は会社の会議室に集まった。

 

 いつもの会議室だった。

 

 壁際のホワイトボード。

 

 大きなモニター。

 

 窓の外に並ぶビル。

 

 けれど、六人の気持ちはいつもと違っていた。

 

 加藤が資料を開いた。

 

「昨日、黒田さんから正式な提案が来た」

 

 画面に一枚の資料が映る。

 

 そこには、今回の実証実験の結果がまとめられていた。

 

 商店街全体の売上。

 

 来店者数。

 

 店舗間の回遊率。

 

 100円ショップ各社の商品別売上。

 

 既存店舗への波及効果。

 

 新規出店。

 

 そして、空き店舗率。

 

 最初は三八パーセントだった数字が、大きく下がっている。

 

「実証実験としては成功です」

 

 加藤が言った。

 

 田島が小さく息を吐いた。

 

 志保は画面を見ながら笑っている。

 

 井上は、すでに次の資料を開いていた。

 

「ここからが問題です」

 

 加藤が言った。

 

 画面が切り替わる。

 

 全国展開。

 

 候補地域、十三都市。

 

 最初の一年で三都市。

 

 次年度に十都市。

 

 その先は全国へ。

 

「本気なんだ」

 

 田島が言った。

 

「本気らしい」

 

 加藤は頷いた。

 

「ただし、会社としても大きな投資になる。だから、今回の六人を中心に新規事業部を正式に立ち上げたいという話です」

 

 誰もすぐには答えなかった。

 

 半年以上前。

 

 同じ会議室で、六人は「地方の商店街を有効に再生すること」という一行を渡された。

 

 あのときは、何をすればいいのか誰も分からなかった。

 

 今は違う。

 

 やるべきことが多すぎるくらい分かっている。

 

「新規事業部ってことは……」

 

 志保が聞いた。

 

「俺たち、このまま続けるんですか?」

 

「その可能性が高い」

 

 加藤はそう言った。

 

 田島が笑った。

 

「じゃあ、一年で終わらないんだ」

 

「まだ正式決定じゃない」

 

「でも、ほぼ決まりでしょう?」

 

「会社の経営会議を通ればな」

 

 井上が資料を見ながら言った。

 

「候補地って、もう決まってるんですか?」

 

「三都市」

 

 加藤が答える。

 

「それぞれ商店街の状況が違う」

 

 画面に三つの地図が並んだ。

 

 一つは人口三万人ほどの地方都市。

 

 一つは観光客が多い町。

 

 もう一つは、駅前の商店街が大型ショッピングセンターに囲まれている町。

 

「同じ方法でいけるんですか?」

 

 涼が聞いた。

 

「それを考えるのが次の仕事だ」

 

 加藤は涼を見た。

 

「最初の町で成功したからといって、そのまま持っていけばいいとは思ってない」

 

 涼は頷いた。

 

 その言葉に、妙な安心感があった。

 

 会社は成功した企画を、そのままコピーしようとしているわけではない。

 

 少なくとも今のところは。

 

「最初の商店街と同じことをするんじゃなくて、最初の商店街で何を学んだかを持っていく」

 

 冴が言った。

 

 加藤が頷く。

 

「そういうこと」

 

 涼はその言葉を聞きながら、商店街の地図を思い出していた。

 

 あの町では、空き店舗があった。

 

 人もいた。

 

 しかし、店へ入る理由がなくなっていた。

 

 だから100円ショップの商品をジャンルごとに分けた。

 

 それが始まりだった。

 

 だが、次の町も同じとは限らない。

 

 もし空き店舗が少なければ。

 

 もし高齢者がもっと多ければ。

 

 もし商店街の中に100円ショップがすでにあれば。

 

 もし既存の店主たちが強く反対したら。

 

 最初の成功は、次の町では弱点になるかもしれない。

 

「だから」

 

 加藤が言った。

 

「次は、最初から正解を持っていかない」

 

 六人が加藤を見る。

 

「現地へ行って、またゼロから考える」

 

 涼は少し笑った。

 

 それが、このチームらしかった。

 

第二十章 戻ってきた商店街

 

 最初の商店街では、一月の売上が確定した。

 

 前年同月比一五・八パーセント。

 

 目標達成だった。

 

 井上が数字を読み上げたとき、田島が両手を上げた。

 

「やった!」

 

 志保が笑う。

 

「本当に届いた」

 

 加藤は静かに頷いた。

 

「これで、第一段階は終了だ」

 

 涼は数字を見ていた。

 

 一五・八。

 

 わずか〇・八。

 

 けれど、その数字の中には、半年以上の時間が入っている。

 

 最初の電話。

 

 企業との交渉。

 

 空き店舗の掃除。

 

 商品を運んだ日。

 

 売れない店。

 

 案内板。

 

 夕方の買い物。

 

 商店街の店主たちとの衝突。

 

 そして、少しずつ変わっていった人たち。

 

 数字だけでは分からないものが、そこにはたくさんあった。

 

 午後、六人は商店街へ向かった。

 

 会社から正式な発表がある前に、一度、自分たちの目で見ておきたかった。

 

 駅を出る。

 

 最初に来た日と同じ駅。

 

 同じ道路。

 

 同じ商店街。

 

 しかし、見えるものが違っていた。

 

 入口の看板。

 

 案内所。

 

 100円ショップの店舗。

 

 新しく開いた食材店。

 

 昔からの八百屋。

 

 洋品店。

 

 食堂。

 

 人がいる。

 

 歩いている。

 

 立ち止まっている。

 

 店に入っている。

 

「最初の日、ここに来たとき覚えてる?」

 

 志保が言った。

 

「覚えてる」

 

 田島が答えた。

 

「人がいないと思った」

 

「俺も」

 

 井上が言う。

 

「でも、人はいたんだよな」

 

 涼は商店街を見た。

 

 最初から、人はいなかったわけではない。

 

 人はいた。

 

 ただ、商店街にいる理由がなくなっていただけだった。

 

 文房具店に入ると、最初の日に会った店主がいた。

 

「あら」

 

 店主が笑った。

 

「また来たの」

 

「最後の報告に来ました」

 

 涼が言う。

 

「最後?」

 

「プロジェクトとしては一区切りです」

 

「そう」

 

 店主は少し寂しそうな顔をした。

 

「じゃあ、もう来ないの?」

 

「いや」

 

 涼は笑った。

 

「また来ます」

 

「仕事が終わっても?」

 

「仕事が終わっても」

 

 店主は笑った。

 

「それならいい」

 

 そのとき、入口から声がした。

 

「すみません」

 

 涼が振り返る。

 

 高齢の男性だった。

 

 見覚えがある。

 

 最初の日、商店街で100円ショップの場所を尋ねた男性。

 

 あの日と同じように、小さなメモを持っている。

 

 涼は思わず笑った。

 

「何をお探しですか?」

 

 男性はメモを見せた。

 

「ボールペン」

 

「こちらです」

 

 店主が案内する。

 

 男性は棚の前に立った。

 

 以前より商品が増えている。

 

 しかし、棚には大きな表示がある。

 

 黒。

 

 青。

 

 赤。

 

 太字。

 

 細字。

 

 男性は一本を手に取った。

 

「これ」

 

 試し書きをする。

 

「前に買ったのと同じかな」

 

 店主が笑った。

 

「覚えてますよ」

 

「そうだった?」

 

「最初のお客さんでしたから」

 

 男性は少し照れたように笑った。

 

「そうだったね」

 

 ボールペンを一本買った。

 

 それから、メモ帳を手に取る。

 

「これも」

 

 店主が袋に入れる。

 

 男性は店を出る。

 

 そのまま帰るのかと思った。

 

 しかし、案内板の前で立ち止まった。

 

「台所用品は?」

 

 店主が答える。

 

「商店街の真ん中です」

 

「じゃあ、見ていこうかな」

 

 男性は歩き出した。

 

 涼はその背中を見ていた。

 

 最初の日と同じ人。

 

 同じボールペン。

 

 けれど、違う。

 

 あの日は100円ショップを探していた。

 

 今日は商店街を歩いている。

 

 涼はそれだけで十分だと思った。

 

第二十一章 新しい店

 

 商店街の奥では、あの女性の店が開店していた。

 

 店名は、

 

「よりみち台所」

 

になった。

 

 小さな店だった。

 

 野菜。

 

 豆腐。

 

 調味料。

 

 一人分の料理に使いやすい量の商品。

 

 簡単なレシピも置いてある。

 

 店の入口には、今日のおすすめが書かれていた。

 

「いらっしゃい」

 

 女性が笑う。

 

「どうですか?」

 

 冴が聞く。

 

「忙しいですよ」

 

 女性は嬉しそうだった。

 

「思ってたより忙しい」

 

「よかった」

 

「でもね」

 

 女性は笑った。

 

「八百屋さんに怒られました」

 

「え?」

 

「うちができてから、八百屋さんの売上が落ちるんじゃないかって」

 

 涼が驚く。

 

「どうなりました?」

 

「逆でした」

 

 女性は笑った。

 

「私の店で少量を買った人が、今度は八百屋さんで買うようになった」

 

 冴が笑う。

 

「商店街の中で使い分けるようになったんですね」

 

「そう」

 

 女性は店の奥を見た。

 

「一つの店で全部買う必要がなくなったんです」

 

 その言葉に、涼は立ち止まった。

 

 一つの店で全部買う。

 

 それは、これまで便利さの象徴だった。

 

 大型店。

 

 ショッピングセンター。

 

 100円ショップ。

 

 何でも一か所にある。

 

 けれど、全部が一つの店にある必要はないのかもしれない。

 

 店を分けても、つながっていればいい。

 

 むしろ、分かれているからこそ、人は歩く。

 

 人と話す。

 

 店を知る。

 

 町を知る。

 

「どうしたの?」

 

 冴が聞いた。

 

「いや」

 

 涼は笑った。

 

「この企画、最初に思ってたよりずっと大きいなと思って」

 

「そうだね」

 

 冴も笑った。

 

 午後、六人は商店街の会長のところへ行った。

 

「一年間、お世話になりました」

 

 加藤が頭を下げる。

 

 会長は笑った。

 

「一年なんて、あっという間だったな」

 

「本当に」

 

「最初は、どうせ一年で終わると思ってた」

 

 田島が笑う。

 

「言ってましたね」

 

「今もそう思ってるよ」

 

 会長が笑った。

 

「会社の仕事だからな」

 

 そして、少しだけ表情を変えた。

 

「でも」

 

 商店街を見る。

 

「ここはもう、前の商店街には戻らないと思う」

 

 涼が顔を上げた。

 

「それは、いい意味で?」

 

「もちろん」

 

 会長は笑った。

 

「前より忙しい」

 

「大変じゃないですか?」

 

「大変だよ」

 

 即答だった。

 

「でも、店が忙しいほうがいい」

 

 その言葉に、六人は笑った。

 

「それにね」

 

 会長は続けた。

 

「最近、商店街の店主がよく話すんだ」

 

「何を?」

 

「次は何をやろうかって」

 

 涼はその言葉を聞いた。

 

 次は何をやろうか。

 

 それは、プロジェクトが始まった頃には聞いたことのない言葉だった。

 

 あの頃は、

 

 どうすればいい。

 

 誰が来る。

 

 いつまで続く。

 

 店は埋まるのか。

 

 そんな言葉ばかりだった。

 

 今は違う。

 

 次は何をやろうか。

 

 自分たちの町のことを、自分たちで考えている。

 

 それなら、プロジェクトは成功したのかもしれない。

 

 売上だけではなく。