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『 棚のない商店街 』 ストーリー 3
第七章 条件
問題は、その翌週に起きた。
最初に興味を示した企業から、一通のメールが届いた。
会議室に六人が集まる。
黒田から送られてきた条件が、スクリーンに映された。
「商品提供は可能。ただし、販売データを他社と共有しないこと」
井上が読み上げる。
「これは想定してました」
加藤が言った。
「問題は次です」
井上がスクロールする。
「同じジャンルの商品を、他社の商品と比較できる形で展示しないこと」
空気が止まった。
「つまり?」
志保が聞く。
「同じ文房具店に、A社の商品とB社の商品を並べるな、ということです」
「それじゃ、この企画の意味が薄れる」
田島が言った。
「そうなんです」
井上が画面を見た。
「一社につき一店舗なら、商店街の中にメーカー別の百円ショップができるだけになる」
涼は黙っていた。
それでは違う。
自分たちが考えたのは、商店街全体を一つの売り場にすることだった。
同じジャンルの商品を比較できることも、その重要な部分だった。
「でも、企業からすれば当然だよな」
加藤が言った。
「自社商品を他社と並べられたくない」
「だったら、他社にも同じ条件を出せばいいんじゃない?」
田島が言った。
「全社が同じ条件なら、ジャンル別の店舗を複数企業で運営できる」
井上が首を振った。
「契約が複雑になります」
「複雑でもやるしかない」
涼が言った。
自分でも驚くほど強い声だった。
全員が涼を見る。
「一社の商品だけを置くなら、普通の店舗と変わらない」
涼はスクリーンを見た。
「この企画は、商店街全体を一つの店にすることに意味がある」
「永島」
加藤が静かに言った。
「それは分かってる」
「じゃあ……」
「ただ、企業に断られたら終わりだ」
涼は言葉を失った。
加藤は続けた。
「理想を守ることと、事業を成立させることは違う」
会議室が静かになる。
そのとき、冴が資料を閉じた。
「じゃあ、両方できる方法を探しましょう」
加藤が冴を見る。
「具体的には?」
「企業ごとに全部の条件が違うなら、こちらから共通条件を提示する」
「共通条件?」
「一年間の実験です。企業には、商品を売る場所ではなく、実証実験の場として参加してもらう」
冴はホワイトボードの前に立った。
「商品の売上だけじゃなく、来店者数、購買行動、滞在時間、ジャンル別の動きまでデータ化する」
「でも他社との比較はできない」
「企業には個別データを返す」
冴は書いた。
A社にはA社のデータ。
B社にはB社のデータ。
全体のデータは匿名化する。
「それなら、競合企業の具体的な数字は分からない」
井上が言った。
「でも、商店街全体の購買傾向は分かる」
冴が頷く。
「そう」
涼はホワイトボードを見た。
企画が少し変わった。
単純な販売場所ではなくなる。
商店街そのものが、一年間の実験店舗になる。
「それならいけるかもしれない」
加藤が言った。
「ただし、企業側がそれで納得するかは別だ」
加藤はその日のうちに、黒田へ連絡した。
返事が来たのは翌朝だった。
条件は、さらに一つ増えていた。
実証実験終了後、売上が目標を下回った場合、すべての商品を撤去すること。
当然の条件だった。
しかし、その一文を見たとき、涼は妙な感覚を覚えた。
一年後。
この商店街から、商品が一斉に消える。
その光景を想像した。
せっかく人が歩き始めても。
せっかく店が開いても。
数字が届かなければ、棚はなくなる。
そしてまた、空き店舗に戻る。
その可能性を、今は誰も否定できない。
第八章 六つの店
九月に入ると、具体的な準備が始まった。
最初に使える空き店舗は六軒。
商店街の入口に近い二軒。
中央に三軒。
奥に一軒。
六人は何度も歩いて、店舗の位置を確認した。
「文房具はここ」
冴が言った。
「駅から近いほうがいい。学校帰りの学生も使える」
「キッチン用品は?」
涼が聞く。
「中央」
志保が答えた。
「目的買いだけじゃなく、他の店から流れてくる人を取り込める」
田島は店舗の間隔を測っていた。
「掃除用品は奥でもいいかもしれない」
「なぜ?」
「目的がはっきりしているから。掃除用品を買う人は、わざわざ店まで探しに来る」
井上が笑った。
「意外とマーケティングしてるじゃん」
「営業ですから」
六人は少しずつ、店の形を決めていった。
店舗名も考えた。
単純に、
「文房具」
「キッチン用品」
「収納」
では面白くない。
しかし、凝りすぎても高齢者には分かりにくい。
最終的には、誰が見ても一瞬で分かる名前にすることになった。
商店街の入口には大きな案内板。
その横に、紙の地図。
地図には六店舗の場所が載っている。
そして中央に、
「商店街で見つける100円」
という言葉を置いた。
志保が考えたコピーだった。
「いいんじゃない?」
涼が言う。
冴も頷いた。
「買うことより、見つけることを前に出してる」
「それが狙い」
志保が笑う。
「百円ショップって、買う目的がなくても入るでしょう?」
「確かに」
「だから商店街にも、偶然入る理由を作る」
それから準備が進んだ。
空き店舗の清掃。
照明の交換。
棚の搬入。
案内板の設置。
レジの研修。
防犯カメラ。
商品登録。
六人は毎日、商店街へ通った。
最初は遠巻きに見ていた店主たちも、次第に手伝うようになった。
古い脚立を貸してくれる人。
電源の場所を教えてくれる人。
掃除道具を持ってきてくれる人。
そして、最初にワゴンをくれた文房具店の店主は、棚を一つ譲ってくれた。
「これ、まだ使えるから」
その棚には、小さな傷がいくつもあった。
涼はその傷を見ながら思った。
新しいものだけで商店街を作り直すのではない。
ここに残っているものも使う。
人も。
物も。
記憶も。
そうやって、少しずつ新しい形に変えていく。
開店前日の夜。
六店舗すべてに商品が並んだ。
文房具。
キッチン用品。
掃除用品。
収納用品。
日用品。
季節商品。
色も形も違う商品が、棚いっぱいに並んでいる。
一つ一つは、どこにでもある百円の商品だった。
けれど、それが六軒の空き店舗に分かれている。
涼は商店街の端に立った。
入口から見ると、六つの店が一つにつながって見える。
もちろん、普通の店ではない。
レジも別。
店員も別。
入口も別。
それでも、全部合わせれば一つの売り場になる。
冴が隣に立った。
「明日だね」
「うん」
「怖い?」
涼は少し考えた。
「怖い」
冴が笑った。
「珍しい」
「俺だって怖いよ」
「そうだね」
冴は商店街の先を見た。
「一年後、どうなってるかな」
「売れてれば続く」
「売れなかったら?」
涼は答えなかった。
冴も、それ以上は聞かなかった。
明日の朝、この商店街に初めて客が来る。
その客が何を買うのか。
どの店に入るのか。
何分歩くのか。
そして、一年後に何が残るのか。
まだ誰にも分からない。
夜の商店街には、六つの店の明かりだけが残っていた。
シャッター通りだった場所に、久しぶりにいくつもの灯りが並んでいる。
涼はその光を見ながら、明日のことを考えていた。
そして翌朝。
開店時刻の三十分前。
商店街の入口に、一人の老人が立っていた。
手には、小さな買い物メモ。
その紙に書かれていたのは、
「ボールペン」
という四文字だった。
