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『 色のついた一日 』

 

第四章 アルディの CD

 

シャンゼリゼ通りの歩道をあてもなく歩いていたそのとき、視線の先に目指していた看板が飛び込んできた。

 

大森は思わず息をのんだ。

 

磨き上げられたガラスの壁面に輝く、Virgin Records の巨大な赤いロゴ ——

そこは、まさに自分が探し求めていた店の入り口だった。

 

店内に足を踏み入れると、外の喧騒が一変し、音楽の波に包まれた別世界が広がっていた。

 

天井は思わず見上げるほど高く、背の高い陳列棚が通路の彼方まで何列も整然と並び、その広大なスペースには世界中のありとあらゆる音楽の CD が隙間なくびっしりと並べられていた。

 

その圧倒的な物量の海の前に立ち、大森は胸を高鳴らせると同時に、どこか気後れするような思いを抱きながら目当てのアーティストを探し始めた。

 

「フランソワーズ・アルディ」

 

頭の中でその名を何度も反芻し、アーティスト名のインデックスを端から端まで目で追っていったが、アルファベット順の棚をどれだけ探してもそれらしいタイトルは見当たらない。

 

同じ通路を二度、三度と歩き直し、かなりの時間をかけて隅々まで探し回ったが、見つからない。

 

焦りがじわりと胸を締めつけてきたそのとき、大森は意を決して、近くで作業していた若い女性の店員のもとへと駆け寄った。

 

大森は彼女の瞳をまっすぐに見つめ、「フランソワーズ・アルディ」とはっきりと口にした。

 

だが彼女の眉は少し上がり、「いったい何を言っているのだろう」という戸惑いを含んだ怪訝な表情を浮かべている。

 

自分の発音が拙いのだと悟った大森は諦めず、もう一度だけ少しゆっくりと、本場の発音を意識しながらその名前を繰り返してみせた。

 

その瞬間、彼女の顔がパッと明るい理解の色に変わり、「ああ、アルディね!」と納得の笑顔を浮かべてくれた。

 

彼女が指し示した奥の通路へ、大森は獲物を見つけた猫のように一直線に駆け出した。

 

足の裏の皮が剥け、一歩ごとに走る鈍い痛みなど、その瞬間の脳内ではすっかり麻痺して消え去っていた。

 

彼女が教えてくれた棚に目を凝らすと、そこには穏やかな笑顔のジャケットをまとったフランソワーズ・アルディの CD が鎮座していた。

 

大森は震える手でそのケースを引き抜き、しっかりと手のひらの上で握りしめた。

 

あった —— 心の中でガッツポーズを作り、「よしっ」と低く唸る。

 

モナリザの映像の記録に加え、長年憧れ続けたアルディの CD も手に入れた。

 

これで、ホテルで待つ村田のところへ胸を張って帰れる。

 

レジに進み、いざ支払いとなったとき、大森は少し戸惑った。

 

昼にピザを食べたせいで財布の中には細かい硬貨があふれており、どの紙幣や硬貨をどう組み合わせて払えばスマートなのか見当もつかない。

 

大森が戸惑いながら財布の中身を広げて見せると、店員は最初は不思議そうな顔をしたものの、すぐに察して自ら札と硬貨を一枚ずつ確かめながら金額分をそっと取り出し、最後には温かな笑顔とお釣りを返してくれた。

 

白い紙袋に CD を入れてもらい、大森はそれを大事に抱えて店を後にした。

 

外に出てシャンゼリゼ通りを歩く中、すれ違う人々から声をかけられることもあった。

 

その途中、一軒の土産物店に吸い込まれるように入り、エッフェル塔のミニチュアモデルを手に取ってみた。

 

冷たい金属の感触や細かな造りに感心したが、「実際に自分の足で登るまでは、これは借り物の景色だ」と感じてそっと棚に戻し、店をあとにした。

 

そうこうするうちに日は大きく傾き、オレンジ色の夕陽が長い影を落とし始める。

 

通りの明るさが夕暮れの色に染まっていくにつれ、「この道で本当に合っているのだろうか」という不安が大森の心を覆い始めた。

 

見覚えのあるはずの角も、疲労しきった脳味噌の前には知らない景色のようにおぼろげに見えた。

 

足を止めかけたそのとき、道端でほうきを手に丁寧に歩道を掃いている一人の年配の女性の姿が目に入った。

 

大森は迷わず近づき、ポケットからホテルのフロントでもらった古いマッチ箱を取り出した。

 

表面にはフランス語でホテルの名前と住所が小さな文字で印刷されている。

 

大森はその文字を指先でトントンと叩き、困った顔で見つめた。

 

上品な身なりをしたその女性はマッチ箱の文字に目を凝らすと、すぐに事情を察し、優しく微笑みながら「ついていらっしゃい」と軽くうなずいて歩き出した。

 

大森は痛む足を無理やり動かし、その背中に必死についていった。

 

ほんの二十メートルほどの距離を進み、角を一つ曲がると、すぐ目の前に見慣れたホテルのエントランスがそびえ立っていた。

 

大森は心からの安堵と感謝を込め、何度も深々と頭を下げて「本当にありがとうございました、助かりました」と日本語で繰り返した。

 

その女性は、大森がしっかりと手に握りしめているVirgin Records のショッピングバッグにふと目をやり、中から覗く CD のパッケージの文字に気づいた。

 

彼女はすべてを察したような、いたずらっぽい笑みを浮かべ、「あら、アルディを買ってきたのね?」と言わんばかりにクスリと笑ってみせた。

 

大森も疲労困憊の顔のままで満面の笑みを返すと、彼女はそのまま夕暮れの街の人混みの中へと静かに溶け込むように去っていった。

 

温かな出会いを胸に、大森はホテルの扉を押し開けた。

 

(完)